【APH】無題ドキュメントⅥ
『自分の保身のためなら、平気でお前は色んなものを切り捨て、妥協する』
プロイセンに言われた言葉を思い出す。…ああ、本当にその通り。…でなければ、私はここにはいない。私は国なのだ。どのような謗りを受けようが、生き延びねばならない。…それでも、人であるが故の良心はある。非道に切り捨てることも出来ない。それをプロイセンは見透かしているのだろう。
それが、私の弱さだ。
プロイセンといると惨めなまでに劣等感を抱かずにはいられない。本当は野蛮で粗野と嘲りながら、そうなりたくてもなれなかった、そんな自分を認めたくも無い。
目を閉じる。そうすれば見たくないもは見えない。
耳を塞ぐ。訊きたくない言葉は聞こえてこない。
私は、私だ。
オーストリアは息を吐くと、瞳を瞬かせた。
「…プロイセンから訊きました。黒い森にいたと」
「…ああ。気が付いたら、そこにいた。…黒い、どこまでも暗い森だった。目を開けているのかも閉じているのかも解らないような。…でも、森にいたことは余りよく覚えてないんだ。…明かりが、光が射してその方向に歩いていったら、そこにプロイセンがいたことしか今は覚えてない」
淡々と答え、茶器を取る子どもを見つめる。面影を探すようなその視線に気付いているのかいないのか、子どもはソーサにカップを戻し、オーストリアを見やった。
「…怖かったでしょう。そんな森にひとりで」
「怖くはなかったと言えば、嘘になるが…他分、森はおれを守っていたんだと思う。機が来たから、森はおれを外へと出したんだ」
子どもの言葉は他人事のように淡々としている。子どもらしい表情は一切なく、言葉の端々も老成している。まるで、最後に見た神聖ローマのように。
身体をばらばらに引き裂かれる痛みとは、どのようなものでしょう。
条約締結の調印の席。青い顔をして脂汗を滲ませ、それでも皇帝に付き従い、背筋を伸ばし立っていた神聖ローマは調印書に皇帝のサインが印された瞬間、声すら上げることなく、その場に崩れ落ちた。
駆け寄り抱き上げた、細り、羽根のように軽い身体は高熱を発し、意識もなく弛緩した身体は死人のよう。抱き
上げた腕の中でぐにゃりと崩れるばかりだ。
…人形のようだ…。
作品名:【APH】無題ドキュメントⅥ 作家名:冬故