【APH】無題ドキュメントⅥ
決して、力があるとは思えないこの腕に収まった小さな身体は。そして、この「国」が「死(消失)」の過程にたったことを目の前にし、オーストリアは怯えた。
いつか、私もこうなるのでしょうか?
根底にある本能的な恐怖は、オーストリアの心を激しく乱した。
嫌だ。私はああはなりたくない。
死にたくない。
閉じることなく開かれた空色の瞳が鉛色に色を変えていく。発熱し、火照り赤かった頬は土気色になり、唇は血の気を失って乾き、体温が失われていくのをオーストリアは慄きながら、ただ見ていた。
見ているしかなかった。
「…しぬのか。おれは」
乾いて罅割れた唇を潤すためにガーゼに水を含ませ、唇を濡らす。見開かれた鉛色の瞳は天井をぼんやりと見ている。子どもらしいかった丸みを落ちた頬は削げ、愛らしかった子どもの影は見る影もない。小さく嗄れた声が神聖ローマから発せられたものだと言う事に気付くのが遅れ、オーストリアは言葉の意味を理解するのに数秒を要した。。
「何を言っているんですか。まだ、神聖ローマ帝国は存在しているではありませんか」
「……そんなもの、はじめからなかったんだ」
「何を馬鹿なことを…」
「……はやく、らくになりたい」
呼吸がまた細くなる。オーストリアはそれにどう答えればいいのか解らず、唇を閉じた。
「…ころしてくれ」
虚ろな瞳は空を見つめ、か細い声がひっそりと言葉を漏らす。
「何、言って…」
神聖ローマから漏れた言葉は波紋のように広がり、オーストリアの中で飽和していく。それを見、うっすらと神聖ローマは微笑を浮かべた。
「……ま、りあ、おまえなら、ひとお…いに…おれ…らくに…てくれるだ…うに」
ふっと息が切れるのと同時に、神聖ローマの瞳がゆらりと色を変え、濁る。それきり、神聖ローマが意識を取り戻すことはなかった。それでも、彼は生きていた。
まだ彼が、彼の存在が纏まりのない領邦を繋ぐものだったから、生かされたのだ。そんな惨い様を目にしながら、オーストリアは何もしなかった。ただ、こんこんと眠る神聖ローマを見ているだけだった。恐怖に慄きながら。
そして、神聖ローマの姿はある日突然、消えた。
「ああ、やっと…」
神が彼を…。
安堵したのは、どちらだっただろう。
作品名:【APH】無題ドキュメントⅥ 作家名:冬故