【APH】無題ドキュメントⅥ
大きく開かれた窓の向こう、翻るカーテンの向こう側の空はかつての神聖ローマの瞳の色を映し、彼が昏睡にあったベッドには、黒鷲の尾羽が残るのみだった。
「おれにどのような名前がつくのかは解らないし、ずっとこのまま飼い殺されるのかもしれない。邪魔になれば切り捨てられるだろう」
子どもは淡々と話し続ける。自分の存在がどんなに危うい立場にあるのか理解しているのだろう。そして、諦めているのか。
『生きながらにして死んでいくってのはどんな気持ちだったんだろうな?』
名もなき国の子ども。
…この子もまた、彼と同じような運命を?
列強犇く欧州で、この子どもの存在は酷く危険だ。関われば、この身を滅ぼすことになるかもしれない。
「…世話にはなっているが、このまま、プロイセンのところに身を寄せていていいものか、正直、迷っている」
「国」としての本能がそう訴える。それでも、
「ならば、私のところにお出でなさい。野蛮で粗野なプロイセンのところでは何かと不自由でしょう。よろしければ、私があなたの面倒を見ましょう」
今や、自分は揺るぐことのない列強のひとり。あのときとは違う。子どもを保護することなど訳もない。いずれ、領邦のどこかを譲って、名前を与えてやればいい。…そう、そうすることが一番いい。この子どものためにも。
オーストリアは笑みを浮かべた。
「…本当か?」
「ええ」
「…でも、プロイセンが」
「プロイセンには私が話をしましょう」
ええ、これで全てが丸く収まるのです。こうすることが、一番いいのです。
私は、今度こそこの手を放したりはしない。
庭に連れ出したかつて一緒に戦い、剣を交えた顔馴染みの亜麻色の長い髪が冷たい風に靡くのをプロイセンは見やる。…あれから、どれだけ時は流れたのか。数十年前の戦場で見たきり、ハンガリーに合うのは随分と久しい。
「…驚いたわ。本当にあの子、神聖ローマにそっくり…」
ふわりと揺れる髪からは甘い香りが漂う。それに違和感を覚えたのを誤魔化すように、プロイセンは冬枯れした枯れ木の枝に指をかけた。
「あの子どもは、神聖ローマじゃねぇよ」
「解ってるわよ。……でも、あの子が成長してたら、今みたいになっていたのかしら?」
作品名:【APH】無題ドキュメントⅥ 作家名:冬故