「FRAME」 ――邂逅録1 不易編
反社会組織の幹部であり、世界からも、魔術協会からも狙われる衛宮士郎を助けてくれと、彼女はエミヤを召喚して訴えてきた。
だが、士郎を説得する間もなく、魔術師に討たれてしまった。
口惜しいとしか言いようがない。
守護者として働いて座に戻るたび、常にやりきれなさを感じているエミヤだが、これ程に憤ることはなかった。
「私を間違いではないと言い切ったお前が……」
目を閉じて、士郎とまみえた瞬間を思い出す。
「銃を手に弾丸を投影し、無限に出せると言って……」
剣ではなく、弾丸などを投影していると知った衝撃は大きかった。
「剣を銃に変えたのは、隻眼となって剣では不利だったからなのか? たわけめ……」
片手で額を押さえ、また苦いため息を吐いていた。
***
英霊は座に本体を置き、召喚に応じて霊体をその時と場所に送られる。
英霊によっては複数の霊体を複数の時と場所に派遣することができるようだが、守護者となったエミヤの場合は、一度に数体を違う時と場所に送られることはなく、常に一体ずつしか召喚には応じられないようにできている。
座の本体に戻れば、霊体が体験したことや記憶を吸収し、召喚に応じて出る時には経験値以外の記憶は、きれいさっぱりリセットされている。
それはエミヤの仕事柄必要なことでもあった。
毎度毎度の召喚で人を殺しに行くのだ、記憶を持ったままでは“仕事”に差し障りが出てしまう。
本体の配慮なのか、それとも契約主である世界の思惑なのか、判然とはしないが、エミヤは己の精神に軋みを感じながらも常に真っ新な記憶で、人類のために人を掃除する。
ただ、第五次聖杯戦争の記憶だけは、それとは逸する記憶であり、エミヤの糧となる方が大きいため、霊体となっても削除されずに残っていた。
今回の召喚はそれほど大きくはない組織の殲滅という“仕事”だった。
さほど難しいことでもなく、人質の数も少ないため、すぐに終わるだろう、とエミヤはあたりを付けつつ、現界していく肉体を感じながら降り立った。
「いっ!」
足元から音がした。
思いもしなかった音にエミヤは顔を下ろす。
足の下に何かがある感覚。
召喚された途端、何かを踏みつけたらしい。
動物でもいたのかと思ったが、ソレは地面に寝転んで双眼鏡を持っている。
「なんだ、これは?」
「…………なんだ、これは、っじゃ、ねえ!」
がば、と起き上ったソレにエミヤは片脚を撥ね退けられ、数歩下がる。
「てめえっ、いきなり、なんっ…………な、ん……」
ぱくぱく、と陸に上がった魚のように口を動かすソレは、人、そして男、そして……。
「衛宮士郎?」
「アーチャー?」
互いに驚きで声が大きくなった。が、すぐにお互いの口を押さえ合ってしゃがみ込む。
額をつき合せて、睨み合う。
「貴様、何をしている!」
「お前こそ、何してんだ!」
「私は、“仕事”だ」
「俺も、“仕事”だ」
小声での応酬。互いに引き下がることなく睨み合いを続ける。
「…………いったん、落ち着かないか?」
「む。まあ、いいだろう」
士郎の提案に、エミヤは渋々ながら頷いた。
ひとまずしゃがんだままで、互いに距離を取る。士郎は双眼鏡を持って、少し待て、と言う。エミヤは黙って、己の仕事のために、目的の組織のたむろする建物へと目を移した。
崖を背後にした小さな集落がある。だが、そこに人の生活というものはなく、畑は轍に潰され、素朴な造りの家はあらかた壊され、錆びたトタンで覆われた四角い建物があるだけだ。
住民はほとんどが殺害されたか逃れたらしく、エミヤの持つ情報では、老人ばかりが十人程度、人質となっているらしい。
エミヤの成すべきことは、この組織の殲滅だ。
(こいつも仕事だと言ったか……)
では、目的は大差ないかもしれないと、そんなことを考えつつ、建物の周りの動きに注視する。
夜の更けた集落は静かなもので、あのトタンの建物や銃を持った者たちがいなければ、のどかな風景だ。
「今夜は動かないみたいだな。俺もそろそろ交代だから、行こうか」
手早く荷物をまとめた士郎に言われるが、エミヤは首を捻る。
「あ、あ……っと、アンタも、仕事だったな、悪い」
「お前の……、いや、お前たちの目的は、あれか」
顎をしゃくってエミヤは崖下の建物を示す。二人はそれを見下ろせる崖の左側の続きにいる。低木が生え、身を隠しながらの偵察にはもってこいの場所だった。
「あ、ああ、そうだ」
「ふむ。私も同じだ。邪魔だけはしてくれるなよ」
言い置いてエミヤは士郎に背を向ける。
「ちょっ、ま、待て、待てよ!」
霊体化しようとしたエミヤの腕を士郎が掴んだ。
「なんだ」
「なら、一緒にやろう」
「は?」
眉間にシワを寄せるエミヤに、士郎は思いがけないことを口にした。
「は、じゃない。目的が同じなら、一緒にやればいいだろ」
「ば、馬鹿か、貴様! 私の仕事をなんだと思っ――」
「同じだろ」
真っ直ぐな瞳だった。エミヤが声を詰まらせるほどに、琥珀色の瞳は真っ直ぐで、輝きを失っていない。
(ああ、まったく、この瞳は、どうしようもなく私を乱すな……)
諦めの入ってきたエミヤは小さくため息をついた。
「やることは同じだろ。だったら、協力しよう」
「…………。はあ……、ああ、わかった、協力しよう」
半ば投げやりに答えたエミヤは、なぜこんな申し出を受けてしまったのか、と己に疑問をぶつけたくなった。
仲間に紹介するから、と士郎に連れられ、彼らのベースキャンプに足を踏み入れる。
林の中にいくつかのテントが張られ、士郎の姿を見ると仲間らしき者たちが何かしら声をかけてくる。
いちいち足止めされ、そいつは誰だ、とエミヤを指さす仲間に、士郎は何度も同じ答えを繰り返す。
「えーっと、親戚です」
エミヤは額を押さえ、何も言えなかった。
(他にもっともらしい言いようがあるだろうが……)
士郎の語彙の無さにも辟易するが、それで押し通せると思っているこいつの脳ミソをどうにかしたい、とエミヤはため息をつき通しだ。
「シロー、嘘なら、もっと上手に吐け」
士郎は、リーダーであるシェードという壮年の男にエミヤを紹介したが、彼は苦笑しながら、あっさりと士郎を看破した。
「あー、うー……」
反論もできず、士郎は唸っている。
「で、でもさ、でも、腕は確かだし、こ、こいつは、」
「わかった、わかった、お前が信用していることはわかったから。けどな、おれたちも遊びで命を懸けているわけじゃない。わかるだろ?」
まるで子供に諭すように、シェードは士郎の頭を軽く撫でる。
「……わかってる。だけど、こいつの目的も同じなんだ! だから、協力すれば、こっちの被害も少ないはずだろ」
引き下がらない士郎に、シェードはやや目を丸くする。
「シロー、だからと言ってだな、」
「証拠を見せればいいのだな?」
助け舟を出すつもりはなかったが、怪しい者だと疑われるのは不快だった。
「え?」
士郎は驚きながら、シェードは訝しげにエミヤを振り向く。
「そうだな……、奴らの補給路を把握しているか?」
「い、いや、まだ、それは調べてるところで……」
作品名:「FRAME」 ――邂逅録1 不易編 作家名:さやけ