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「FRAME」 ――邂逅録1 不易編

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 呟いて矢を放ち、タイヤをパンクさせると、トラックは横転した。わらわらと十数人ほどの男たちが出てきた。エミヤはすぐに夫婦剣を投影する。
 狙撃される前に片っ端から斬るつもりで踏み出した足元に銃弾が撃ち込まれる。近づけず、かといってここで足止めしなければ、建物にいるSAVEの者と人質に被害が及ぶ。
 ぎり、と歯を食いしばった。
「エミヤ!」
 目を剥いて、その声に振り返る。
「え、衛宮士郎っ?」
「無事か!」
「何をしてっ、」
「車がこっちに、向かってくるのが見えたんだ」
「偵察はどうした! 援護は――」
「これだって援護だろ!」
 エミヤは押し黙る。
「シェードたちも人質の移送で手一杯だ。俺たちで片付けるぞ!」
 背中を合わせて、士郎が夫婦剣を投影する。
「幸運なことに、こっちには、誰も気づいてない」
 にっ、と笑う士郎は、暗に投影はやり放題だと告げている。
「は……。まったく……、未熟者のくせに、指図をするな!」
エミヤも言いながら、不遜に笑った。


「はー……」
 ごろん、と地面に寝転んだ士郎に、エミヤは歩み寄る。
「銃器相手って、キツいなー」
 エミヤを見上げ、士郎は、へへ、と笑った。
「ケガはないか?」
「ああ。全然」
 エミヤの差し出した手に士郎は瞬く。
「投影は久しぶりか?」
「はは、やっぱ、バレたか」
 苦笑いを浮かべながら、士郎はエミヤの手を取って、身体を起こした。
「銃を使う方が多くなった、っていうのが、正解かな……」
 すまなさそうに言う士郎に、エミヤは目を伏せる。
「それがお前の戦い方だろう。何も恥じることなどない。お前は、お前自身の闘いを生きているのだから、それでいい」
 エミヤを見上げる士郎は、驚くとも違う、どこか、遠くを見るような目をしている。
「だが、いざという時に使えない、などという、本当に使えん奴になってしまう前に、日に一度でいいから魔力の流し方を復習しておけ。小さなナイフの投影でもいい、魔術回路を使わなければ錆びるぞ」
「っう……、はいはい、わかったよ! っんっとに口を開けば小言ばっかだな」
「何か言ったか?」
「いいえ、言ってません」
 ブツブツと文句を垂れていた士郎は、むっつりとしながら答える。
「だが、まあ……、よくやった、と言っておこう」
「……珍しい、アンタが俺を褒めるなんて」
「やかましい、褒めてなどいない」
「褒めただろ?」
「違う、口が滑った」
「やっぱ、褒めてんじゃん」
 ぎろり、とエミヤが睨めば、士郎はあらぬ方を向いて口笛を吹いた。
「夜に口笛など吹くな」
「アンタは、おかんかよ!」
「貴様、よほどあの世に送ってほしいようだな」
 エミヤが士郎の首に腕を回して締めあげていると、
「おーい……、って、お前ら、ほんっと、仲良しだよなぁ」
 シェードたちが現れ、呆れられる。
「仲良しなどではない!」
「仲良くなんかない!」
 ハモる二人に、SAVEの面々は大笑いだった。



「終わったなー!」
 シェードの音頭で乾杯がはじまった。
 酒はないので、コーヒーが振る舞われた。人質も無事に救出し、この辺りを騒がせていた物騒な組織も壊滅。
 シェードの率いるSAVEとエミヤは、無事に“仕事”を終えた。
「エミヤ、これ、シローに返しておいてくれよ」
 手渡されたのは、コンパクトなデジタルカメラだった。
「自分で――」
「いいだろぉ、お前ら、いつも一緒にいんだから、どうせ、この後も話し込むんだろ?」
「いや、そういうわけでは……」
「隠すなって、誰も悪いなんて言ってねえよ。あっーと、そうだ、言い忘れちまう前に言っとかねえとな。助かった。できることなら、また頼みたいくらいだ」
 にっ、と笑うシェードに、エミヤは目を伏せる。
「申し訳ないが、ご期待にはそえない」
 はっきりと言うエミヤに、シェードは苦笑しながら、わかってたさ、と肩を叩く。
「なんか、訳アリなんだよな? シローはなーんにも話してくれねぇけどよ」
「まあ、そういうことにしておいてくれ」
 エミヤが言うと、シェードはまた一つ肩を、ぽん、と叩く。
「死ぬなよ。お前みたいな奴は、死なすには惜しいから」
「死にはしない」
 そう答えるしかなく、エミヤは仲間の許へ歩いていくシェードを見送った。

 テントの設営場所から少し離れ、林の木々が切れると明けようとする空が見えた。
「衛み……」
 士郎を呼ぼうとして、エミヤは口を噤む。
 明けはじめる空に手を伸ばす士郎に声を失う。
 手にしていたデジタルカメラを構えて、シャッターを押した。無音にしていたシャッター音は鳴ることもなく、静かにその光景を切り取った。
 薄紫に明ける空、手を伸ばす士郎の影。
 何よりも焼き付けておきたい光景だった。
「あれ? アンタ……」
 エミヤの足音に気づいたのか、振り返った士郎は、少し驚いた顔をしている。
「カメラを忘れていただろう」
「あ、シェードに貸して、そのままだったな」
「返してくれと渡された」
「サンキュー」
 カメラを受け取った士郎は、そのままポケットにしまう。
「アンタは、もう戻るのか?」
「そうだな。そろそろ還ることになるだろう」
 士郎はじっとエミヤを見つめる。視線の高さは聖杯戦争の時と比べ、ずいぶん近くなっていた。だが、いまだエミヤの方が身長は高い。
「成長したな」
 エミヤの言葉に士郎は目を丸くする。
「きゅ、急に、なに、言って……」
 しどろもどろになる士郎に、エミヤは吹き出す。
「な、なに、笑ってんだよ!」
 腹を押さえて笑うエミヤに士郎は怒るが、すぐに可笑しくなってきたようで、笑いだした。
 ひとしきり笑って、士郎は、ぽつり、と呟く。
「残酷だよな、世界との契約ってさ」
 座の本体に記憶は溜め置かれるが、次に召喚された時、エミヤには聖杯戦争以外の記憶が無い。人であった頃の記憶もあるにはあるが、それはもう、遠い彼方のもので、判然とはしないものだ。
 そのことを聞いた士郎は悲しいな、と言っていた。
「残酷……? そうでもない。座に在る時は覚えている。失うわけではないからな」
「……そっか」
 士郎は笑う。やはり悲しそうに。なぜそんな顔をするのかと、エミヤは首を傾げる。
「もしまた、この世界に召喚されても、俺のことは、覚えてないんだよな? 今の俺のことを、この、ひと月のことを……。次、もしアンタと出会っても、俺とここで過ごしたことを知らないんだろう?」
 驚きで何も言葉が浮かばなかった。
 士郎にそんなことを言われるとは思いもよらなかったのだ。まるで、士郎は自分のことを覚えていてほしいとでも言っているようだ。
(なぜ……そんなことを……?)
 不可解でならない。エミヤはどうして士郎がそんなことを思うのか、問おうとしたが、
「俺だけが、覚えているんだな……」
 そう言って俯いた士郎に、エミヤは何も言えなくなる。
 なんと声をかければよいか、と悩んだあげく、
「衛宮士郎」
 静かにその名を呼ぶ。
 顔を上げた士郎を真っ直ぐに見つめ、す、と右手を出すと、士郎は迷うことなくその手を握ってきた。
「お前とこんな戦い方ができるとは、なかなかに面白かったぞ」