二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

「FRAME」 ――邂逅録2 弧愁編

INDEX|2ページ/10ページ|

次のページ前のページ
 

 次第に薄紫へと色を変える空に手を伸ばす。
 届くはずのない空に手を伸ばしたところで、何を掴めるわけでもない。
 記憶が無いというのは、こんなふうに頼りないものじゃないだろうか、と士郎の胸は痛くなった。


 別れ際、こんなふうに背中を預け合うことができるとは思わなかったと、案外、楽しめたと、エミヤは笑った。
 その笑顔に満足を感じながら、士郎はやはり、胸が詰まるような気がしていた。
(忘れないでくれよ……)
 楽しめたと思うのなら、自分と会えたことをよかったと思うのなら、忘れないでいてほしいと言い募りそうになった。
 だが、それは、士郎が言っていいことではないと知っていた。守護者となった者の変えようのない理を、士郎はどうこう言える立場ではない。エミヤが求めた正道を、士郎が否定するわけにはいかないのだ。
(アンタを否定することだけは、俺は、絶対にしない……)
 今、士郎が目にするエミヤは、眩しいほどにひたむきだった。
 卑屈でもなく、投げやりでもなく。ただ顔を上げ、真っ直ぐに前を見ている。自らの道だけを見据えて進んでいる。
 それを穢すわけにはいかない。
 士郎は精いっぱい笑おうとした。エミヤに負けないくらいの笑顔で見送ろうと思った。
 どれくらいその強がりが功を奏したかはわからなかったが、エミヤが笑っていたので、それほど悪いものではなかったのだろう。
 エミヤは消えた。士郎が驚くほどの笑顔を残して。
『達者でな……』
 その声だけが、姿が消えた光景に残っていた。
 士郎は、その場をすぐに離れることができない。
「アーチャー……」
 それは、クラス名だと指摘された。懐かしい呼び方をして、士郎は、ふ、と笑った。
「あんたも、がんばれよ!」
 もう声は届かないだろうが、士郎は口にせずにはいられなかった。



***

『シェード、爆撃機がっ!』
 雑音とともに聞こえた無線の声に、シェードは目を剥く。
「なに? まだ交渉中だぞ!」
『こっちに向かってくる!』
 雑音交じりの声が無線機から聞こえた直後、爆音とともに地揺れが起こった。無線の交信は途絶えている。
「くそっ! 何考えてやがんだ、多国籍軍は!」
 シェードは苛立ちを隠すこともせず、荷物をまとめて離脱することを支持する。
「シェード、まだ人質が……」
「シロー、今はとにかく撤退だ。このままじゃ、おれたちまで潰されちまう」
「けどっ、」
 ぐい、と襟を引き寄せられ、士郎は口を閉ざす。
「今は逃げるんだ、いいな」
 シェードの低く唸るような声に士郎はどうにか頷いた。
 人質を助けられないことに憤っているのはシェードも同じなのだとわかる。だが、仲間の命を危険にさらすことはできない。士郎は渋々だが頷くしかない。
 撤退すると決まればSAVEの者はみな行動が速い。ジープがすぐに外に着けられ、通信機器などが積まれていく。拠点にしていた建物をシェードに続き、出ようとしたところで、ジープに乗り込んだ仲間が目の前で吹き飛んだ。
「な……」
 シェードは建物内に舞い戻り、身を潜めて空を見上げ、舌を打つ。
「そういうことかよ……」
 何に気づいたのか、車は無理だと言って、シェードは最低限の武器だけで逃げ切れと新たに命じる。
「シェード、いったいどういうことだ?」
 困惑顔の仲間に、シェードは肩を竦めた。
「奴らは、おれたちもまとめて消すつもりさ」
 一同がざわつく。士郎も蒼白になった。
「交渉決裂で人質を殺される恥をかくより、無かった事にしたいんだろうよ」
「そ、そんな!」
 いまだ信じられないと言いたげな士郎の肩をシェードは軽く叩く。
「生き延びるぞ、シロー。みんな、よく聞けー。おれたちは邪魔ものらしい。けどな、素直になれないのがおれたちだよなぁ。生きて帰るぞー。んじゃ、いつものバーで集合なー!」
 緊迫感のないシェードの言いように、それぞれに応えて、仲間たちは散開していく。
 シェードは士郎の襟首を掴んだ。
「こっちだ、しっかりついてこいよ!」
「み、みんなは?」
「ああ、あいつらはダイジョブさ。生き方を知ってる」
 にっ、と笑ってシェードは建物に隠れながら歩き出す。
「地図とコンパスは持ってるな? 食料は、まあ、近くの村で助けてもらえばいい。とりあえず、この地区から脱出するぞ」
 頷いて、士郎はシェードに続いた。

 この逃避行で人と撃ち合うことなどなかった。ただ、上空から爆弾を落とされ、町はどんどん破壊され、逃げ道は着々と塞がれていった。
 煙と埃で息が苦しかった。目が痛かった。どこに向かえばいいかもわからなかった。
 どうしてだ、と疑問ばかりが浮かんだ。
 だが、爆撃のあおりをくって負傷したシェードに肩を貸し、士郎は歩くことをやめない。
(俺たちは、人質となったボランティアと村人たちを解放してもらおうとしただけだ。それを依頼したのはあっちじゃないか、そのために交渉していたっていうのに、どうしてだ……)
 埃に目を眇め、辺りを見回す。瓦礫が散乱していて、方向もよくわからない。煙ではっきりとは見えないが、今いるのは、交渉していたテログループの拠点のようだ。
 この地区を抜けるどころか、中心部まで追い込まれてしまっている。
 町外れから、そんなところまで押し戻されてしまっていることに、士郎はやっと気づいた。
「はは……、なんで……」
 膝が震え、シェードを支えていられずに、士郎は膝をつく。気力が尽きていく。何もかもが潰されていく。他の仲間は無事だろうか、果たして何人と再会できるだろうかと思いながら、きっともう、顔を見ることはないと、どこかで諦めがついている。
「どうして……」
 悔しさだとか、憤りだとか、怒りだとか、そんな感情はなかった。ただ、呆然としてしまう。
「どうしてだ……」
 霞む視界に人影が見える。
(あれは……)
 見覚えのある人影が立っている。弓を片手にこちらを見ている男がこちらに歩いてくる。
「……アーチャー…………」
 思わず口を突いて出たのは、懐かしい呼び名だった。
「衛宮……士郎……」
 驚きに満ちた鈍色の瞳が士郎を映している。
 倒れ込んでいたシェードがごろりと寝返って、ふはっ、と笑った。
「元気、そうじゃ、ねぇか……」
 シェードの言葉にエミヤは訝しげに眉を顰めた。
(覚えていない……)
 士郎は当たり前だ、と思いながら、さらに打ちのめされた気分でぺたりと座り込んでしまった。
 半年前の記憶がない今のエミヤにとってシェードは初対面だ。
 だが、シェードにはそんなエミヤの事情などわからない。
「こいつ、頼んだぜ」
 士郎の背を軽く叩いて、シェードは血を吐いた。
「シェード!」
 肩を揺すると、シェードは咳き込みながら目を細める。
「シロー、こいつと、逃げろ。お前は、まだ、若いんだ、死ぬには、早ぇよ。おー……い、エミヤ、頼ん、だ、ぞ……」
 苦しい息のもと、シェードは不遜な笑みを崩さずに言う。
「シェード、なに言ってんだよ!」
「シロー、悪い……な、みんな、には、遅刻する……って、言っといて、くれ」
 シェードの脇腹からは止め処なく血が流れ出ている。その顔色も土気色で、早く手当てしなければ手遅れになると一目でわかる。