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「FRAME」 ――邂逅録2 弧愁編

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 アランはそう言いながら立ち上がり、さっさと行ってしまう。
「なんだ、あいつ……?」
 訝しく思うものの、士郎にはまだやることがある。重い身体を起こし、立ち上がる。右脚を引きずりながらアランに続いた。

「名は?」
 アランが向かったのは、ボロい安宿だったが、士郎はずっと野宿を続けていたため、屋根があるだけましだと思えた。
 携帯食を渡され、士郎が黙々と食べていると、名を訊かれる。
「衛宮士郎」
「え……? エミヤシロウ? ほんとか!」
 アランの驚きぶりに、士郎は首を傾げる。
「あのエミヤシロウ、なのか?」
 驚愕しながら、何度も名前を訊き返すアランに、士郎はさらに不可解になる。
「あの? あのって、何が? あんた、俺のことを知っているのか?」
 士郎が訊くと、アランは英字新聞の切り抜きを取り出して見せた。
「この、エミヤシロウ、なんだな?」
 大きな見出しのついた新聞記事には、カラー写真が載っている。砂煙の中で膝をついた男が、カメラを見ている。いや、睨みつけているように見える。
「これ、お前だろ?」
 興奮気味にアランは士郎に訊くが、士郎は身に覚えがない。
「知らない」
「嘘だろ? この顔、ほら、血が出てる、お前も、右側に傷があるじゃねぇか!」
 写真を指さしながらアランは必死になっている。
「そんな写真、撮った覚えはない」
 そっけなく言う士郎に、アランは苛立ちながら説明する。
「写真じゃない! これは、探査機の画像だ! 動画サイトに投稿された、多国籍軍の失態の証だ!」
「探査……機……」
 士郎の顔色が変わったことに、アランは、やっぱりか、と口端を上げる。
 確かにあの時、探査機を睨みつけた。仲間を殺し、エミヤを殺した、あの爆撃を世界に曝してやると、士郎は上空を睨んだ。
「やっぱ、お前なんじゃねぇか」
「多国籍軍の、失態って?」
 呆然と訊き返す。
「ああ、捕虜になった民間人と、交渉していた組織もろとも、闇に葬ろうとしたってな! おかげで、おれたちは動きやすくなった」
「動きやすく? どういう……?」
「ああ、おれたちも、革命を起こすのよ! 誰が国をまとめても貧富の差はなくならねぇ、だから、おれたちで変えてやるのさ」
 アランは見た目のわりに熱いことを言う。士郎はその熱弁をぼんやりと聞いていた。
(誰かが曝したのか……)
 酷い虚無感に襲われる。
 士郎が成し遂げなければならなかったことは、すでに終わっていた。
 あの非道の行いを弾劾しているのは、自分ではなく、世界中の不穏分子だ。
(俺は……何も、してない……)
 力が抜けるようだった。張り詰めていた糸がぷっつりと切れた。
「な、おれたちと来いよ! お前も、奴らが憎いだろ?」
(憎い?)
 そんな顔も知らない者たちを憎いと思ったことはなかった。ただ、士郎は真実を曝すことだけを目標にしていただけだ。怒りや憤りは感じるものの、特定の相手が憎いだとかそういう感情ではなかった。
 目的は無くなった、目標は見失った。
 何を糧に生きればいいというのだろうか。
 だが、シェードは生きろと言った。
 仲間に伝えてくれと言った。きっとシェードもわかっていたはずなのに、その仲間もみんな、遅刻するということを……。
(みんないなくなって、俺だけが……)
 不意に浮かんだのは、エミヤの背中だった。いや、聖杯戦争のころの、赤い外套を翻す、アーチャーであった、エミヤの姿。
(アーチャー……)
 理想は理想のままだった。近づくこともできずに、自分の立っていた場所はもろくも崩れていく。
(もう……どうでもいい……)
 アランの誘いに頷いていた。
 士郎には目指すものも、成し遂げることも、何も無くなった。


 アランが率いる組織は三十人ほどで、下水溝を拠点に、あちこちに隠れ家を持っている。
 士郎を連れて戻ったアランは、仲間によくやった、と囃し立てられていた。そんな様子を、士郎はどこかぼんやりと眺め、すぐに視線を逸らした。
 仲間たちの姿と重なって見える。同じ目的のために力を合わせて、笑い合う姿は、今の士郎にとって、一番見たくない光景だった。
 下水溝の中で、士郎にあてがわれた場所はツギハギだらけの布で仕切られただけの、部屋とも呼べないところだった。木箱の上にランタンと寝袋が置いてあるだけ。
 コンクリート壁に寄せられた木箱に座り、右脚を抱える。下水溝は臭いもさることながら湿気も多く、傷痕がどうにも疼く。
 何をしてくれとも、一緒に戦ってくれとも、言われなかった。
 士郎にはただこの組織にいてくれるだけでいいのだ、とアランと仲間たちは言う。
 どういうことなのかと訊けば、エミヤシロウは英雄なのだ、と予想をはるかに超えた答えが返ってきた。
 士郎が目を据わらせて疑っていると、アランたちは本当だ、と必死に説明する。
 “お前の存在は英雄なのさ”
 その言葉だけを、SAVEの仲間と一緒に聞くことができたら、士郎は心から喜んだだろう。だが、その言葉の前には、“世界を敵に回す”、という言葉が付く。
 世界を敵にした英雄など、士郎の目指したものでも、理想でもない。まして、シェードたちと目指したことでもない。
「俺は……」
 こんなところで、何をやっているのだろう、と、湿ったコンクリート壁に頭を預けていた。

 下水溝の組織に転がり込んで、贅沢なものではないが食事をしているので、士郎の体力は戻ってきている。身体に流す魔力量も申し分ない。ここにきて、やっと士郎は自身の身体に目を向けることにした。
 この身体で何が使えて、何が使えないのかを知る必要がある。こういう組織にいるということは、何かしらの戦闘があることも想定される。
 “いざという時に使えない、では困る”
 そう言ったエミヤに回路が錆びるぞと指摘されたことがあった。
(アー……)
 色々なことを思い出しそうになって、士郎は軽く頭を振った。
 気を取り直して、曇った鏡をシャツの袖で拭き、顔を映す。
「目は……、やっぱ、潰れたのか……」
 士郎は初めて自分の傷を確認した。あの地から逃れるために、止血だけを施した傷は酷い痕を残している。
 右の目から頬にかけてと、右脇腹、右腕、右脚。
 右脚は歩くのに必要だったために魔力を一番使ったので、動かないのが不思議なくらい無傷だが、右顔面と右脇腹と右腕は血止めだけで応急処置もできなかった。
 シャツを脱ぎ、右腕を肩の位置まで上げ、ランプの灯りで確認する。
 これが腕なのか? と疑問を浮かべてしまうように歪な右腕は、関節が曲がらない。かろうじて手首は動いている。指はどうにか動くが物を掴めるかどうかはあやしい。
「肘か」
 左手で場所を確かめながら、あたりをつけ、左の拳で打った。次いで、コンクリート壁に腕をぴったりと付け、今、打った、肘となるあたりを握る。そのまま力任せに曲げる。
「っく!」
 右上腕に体重を掛け、そのまま一気に骨を折った。
「ぅぐっ、く……」
 歯を喰いしばっていると、
「ヒッ! お、お前、何やってんだよ!」
 いつからいたのか、アランが青ざめている。
「動かすのに不自由だから折ったんだ」
 静かに答える士郎に、アランは呆然としている。