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「FRAME」 ――邂逅録2 弧愁編

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「お前……、ほんとに、あそこから、生還したんだな……」
 改めて確認するようなアランの言葉に士郎は目を伏せる。自分一人で生き残ったのではないと、胸の内で呟いた。



「トレースオン」
 右手に持った銃に鉛弾を投影する。
 撃鉄を上げ、引き金を引いた。サイレンサーを付けているため音は響かない。
「ずれたな」
 士郎はムッとして的にしていた石を見つめる。
 下水溝から川原に出て、士郎は川の中の石を的にして銃を撃った。
 右手に銃を持って左目で照準を合わせるのが難しい。だが、右手で剣を扱うのはもう難しいため、やはり右手には銃の方がいい。
「もう少し練習が必要か……」
 すぅっと新鮮な空気を吸う。
 星がたくさん瞬いていた。
「俺は……何をしているんだろうな……」
 虚無感は拭えないまま、士郎は下水溝を拠点にした組織で、ただ息をしているだけだ。そして、身を守るために、銃の扱いを覚えようとしている。剣は左腕でしか使えない。魔力で動かす右腕では、日常生活が精いっぱいだ。
 色々と、修行が必要だと考えながら、川原から下水溝に戻り、自分のねぐらへ戻ろうとすると、小さな悲鳴が聞こえた。
 どうせ喧嘩だろうと思ったが、揉め事でケガ人が出るのも忍びなく、士郎は足を向けることにする。
 薄暗いランタンの灯りに照らされたその光景に、士郎は目を据わらせた。
 アランの組織がエミヤシロウを迎えた、という話はあちこちに広まり、組織は急激に大きくなっていた。人が増えると揉め事も増える。鬱憤の溜まる人間も出てくるもので、人の三大欲というのは、当然こういう場所では顕著に表れるのが定石と言えば定石。
「よーう、あんたも混ざる?」
 若い男が士郎に気づき、声をかけてきた。
 まだ幼さを残す少年を男が四人で押さえつけている。
 何が行われようとしているかなど一目瞭然だった。
「はぁ……、そういうことは、他所で済ませて来い」
 呆れながら言った士郎は、つかつか、と前の若い男の前に立つ。
「えー、面倒だし、お金もかかるだろー?」
 悪びれもせずニコニコとして答える男に、士郎の目尻が引き攣った。
「だったら、自分で処理しろ。そんなこともできないお子様か?」
「んだと?」
 若い男が笑い顔を引っ込めた。
「あんたが相手してくれる、ってんなら、こいつ、もういらねぇけど?」
 立ち上がった男が士郎の肩に触れる寸前、男の喉元に刃が当たった。
「ヒッ」
「首、飛ぶくらいの覚悟があるんならな」
 若い男は動かなくなったが、少年を押さえていた三名が立ち上がった。人数がいればどうにかできると思ったのか、目標を士郎に定めてきた。
「あんた、アランのお気に入りなんだってな?」
「おれらもあやかりたいもんだよなぁ」
 下卑た笑いを浮かべる男たちに、士郎は銃を構えたが、男たちは怯まない。
「アランは勝手に武器を使うなって言って、弾もいちいち数えてんだぜ? そんなの使っちまったら、あとでお仕置きされるんじゃないのか? いっくらお気に入りだ、つっても、なぁ?」
 揶揄を含む声で男たちが近づいてくる。
 撃鉄を上げ、士郎はためらいなく引き金を引いた。的を絞れなかったため、誰にも当たることはなかったが、男たちは仰天したまま足を止めている。威嚇にはなったようだ。
「あいにく、俺の弾は自前でね」
 す、と冷めた笑みを浮かべた士郎に、男たちは青くなった。
「次に見た時には、当てるぞ」
 男たちは逃げていく。押さえ込まれていた少年も、いつの間にか姿を消していた。
「何やってんだろ、俺……」
 下水溝の組織で過ごして半年が過ぎた。日々は勝手に過ぎていく。
 士郎には、理想すらもう、見えなくなっていた。



「すっげぇなぁ、お前!」
 馴れ馴れしく肩を組んできた男に一瞥をくれ、士郎はその腕から逃れる。
「なぁんだよ、いいだろ? 仲良くしようって、ブーラウーンさん!」
 士郎を通り名で呼ぶ男は、士郎のいる組織の幹部の一人だ。いつもヘラヘラとしていて、やはりヘラヘラしながら狂ったように人を撃つ要注意人物。
 実行部隊と行動をともにしない士郎は見たことはなかったが、その狂いっぷりは凄まじいのだと聞いていた。
 この組織の創始者であるアランは一年ほど前に死んだ。
 その死に様は、本人が口にしていた革命を起こすための犠牲などとは、ほど遠い話で、仲間内の揉め事で呆気なく殺されたのだ。それを期に、創始当時のアランの仲間は組織を抜けていった。
 アランの遺志を継ぐ者などもういないこの組織に、士郎はいまだに残っている。ここを出ても行く当てなどないのが現状だ。
 アランのいなくなった組織は、本当にどうしようもなく破壊行為をするだけの烏合の衆になり下がっていった。それを士郎はわかっていながら、何も口を出すことはない。
 この組織にとっても、士郎はここにいればいい、というだけの存在だった。互いに干渉しない、という風潮がいつの間にかできていた。
「うるせぇよ。暑苦しいのは嫌いなんだ」
 男は諦めずに腰に手を回してきた。その手つきがいやらしいものだということも、この男がその手の誘いをしていることもわかっていながら士郎は無視を決め込む。そうでなければ、身の危険なのだ。僅かな隙も見せられない。この組織には、どうにかして士郎を手籠めに、と思っている者が多い。
 士郎は常にピリピリと神経を張り詰めている。こんな生活がアランのいなくなったころから続いている。
「サイトでお前の顔と名前出したらさぁ、五分で千人超えちまったんだよぉ!」
「ああ、そうかよ」
 忌々しげに腕を振り払い、士郎はさっさと歩き出す。
 テログループもネットで人員を募集している。おかしな時代だ、と士郎はうんざりと短くなった煙草を汚水に吐き出した。
 男が背後で何かを言っていたが、もう追っては来ない。士郎は下水溝を出て、川へ向かった。
「は……」
 汚水の臭いが鼻の奥に残っている気がして、深呼吸を繰り返す。
 夜空には星が瞬いていた。
「空は……青いのか……?」
 もう長いこと夜空しか見ていない。士郎はずっと下水溝にいる。
 昼間は人目があるため、士郎は外に出られない。だから、夜にだけ士郎は外に出る。
 白昼、この辺りで出歩けばすぐに噂が立ってしまうのだ。有名になるのも楽じゃない、と士郎はまた、うんざりとして思う。
 士郎の顔を見知っているとなると、反政府組織や反社会勢力の者だ。どうにかして士郎を手の内にしようとしている組織は後を絶たない。
 士郎の姿と素性が世界に知れ渡ったのは、あの一件から二ヶ月ほどが経ったころ。どこかから洩れた探査機の映像が動画サイトに投稿されてからだ。
 そこからあの一件が明るみに出て、世界は揺らいだ。反社会組織があちこちでテロを繰り返し、今や世界の国々はテロ対策に忙しい。
 あれから二年と少し。士郎は流れ着いたこの組織の幹部に一目置かれる存在として身を置いている。
 士郎が何をするというわけではない。作戦を立てるわけでも、テロを行うわけでも、民間人を攫ってくることも、人を殺すことも。