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「FRAME」 ――邂逅録2 弧愁編

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 ただ、士郎はこの組織の広告塔のようなものだ。その名と姿で、組織の名と士気を上げ、組織の正当性を訴え、組織の強化を図る。士郎はこういう組織にとって、かっこうの旗印となるのだ。
 川原の石に腰を下ろし、右脚を抱え込んだ。
 重く怠い感じは、少々疲れているからだとわかる。魔力を流して右腕と右脚を動かしているため、疲れてくると魔力の流れが滞り、動きが鈍くなる。
 魔力を蓄えるためには、身体を健康に保たなければならないが、食事も偏り、あまり食欲のない士郎は、健康とも言い難い。
「は……」
 ため息をつく。
(いつまで俺は、こうして生きていくんだろうな……)
 士郎の目的は、士郎が何もしないままに果たされた。士郎が真実を曝してやると思っていたことは、すでに明るみに出た。
 その結果が、罪もない人々の生活を脅かすことになってしまった。
(正義の味方どころか、悪だ……)
 いまだにその理想を追い続けている、などと言わない。だが、その理想と真逆のことをしている自分が許されるものではないと思っている。
(誰か、俺を殺せよ……)
 何をグズグズしているんだ、と士郎は抱えた膝に額を落とした。


 “やっと来た”
 士郎は直感で思った。
 媚薬のようなものを盛られて、最悪な状況に現れたエミヤに、自分を殺してくれる者が、ようやく訪れた、と。
 だが、士郎の期待に反し、エミヤは潰すと言った組織から士郎を連れ出してしまった。
 何も考えていない、と言ったエミヤに驚いたのは言うまでもない。
 守護者としての“仕事”を全うしなければならないはずのエミヤが、どうしてその組織に身を置いている者を殺さないのかが不思議でならなかった。
 やはり聖杯戦争以外の記憶は持ち合わせていないエミヤに、士郎は何も言えない。
 何をしているのか、とエミヤに問われても、まっとうな答えなどありはしない。過去に何があったとしても、今、目の前にいるエミヤには、この現状が全てだ。
 破壊行為を繰り返す組織の幹部に薬を盛られて強姦されそうなところをエミヤに救われて……。
 そんな姿を晒しておいて、これで会うのは三度目だ、とは言えなかった。

 エミヤに連れられるまま壊れた遺跡の穴ぐらに入り、薬でままならない身体をどうにか宥めようとした。高熱を出した時のように、頭が朦朧としている。薬のせいだということはわかっているが、どうすることもできない。
 水でも大量に飲めば薄れるだろうかと、いい加減なことを考えつつ、どうしてエミヤと出会ってしまうのかと悲しくなった。
 殺してくれるかと思えば、それもしないエミヤに、どう接すればいいかわからない。しかも、こんな情けない状況で。
 士郎が飲まされたものが媚薬だと気づいたエミヤは、なんの気まぐれか、介助してやると言い、されるがままにエミヤに委ねてしまった。
 抗う術も気力もない。ただ熱い身体をどうにかしてほしかった。
 話すことなどない、言葉も浮かばない。
(なんで、俺……、アンタとこんなこと、してんだ……)
 思いもよらなかったエミヤの激しさに息を切らせ、縋り付いて、今、この手の届くところに存在している確かさを士郎は感じた。
(ああ、俺……)
 とんでもない我が儘を思う。
(口には……しないけど……)
 汗に混じった涙がひと雫、エミヤの肩に落ちた。
 ――アンタが、欲しいよ。



 目が覚めると抱きしめられていた。
 何が起こったのか、自分が何をしたのか、次第に思い出してきて、士郎は呆然とした。
「起きたか」
 低い声が聞こえて、すぐに身体を起こしてエミヤから離れた。
 身体が重く、右腕と右脚が動かない。
 何を言えばいいかわからず、士郎は衣服を整えながら礼を言うと、立ち上がったエミヤは魔力を貰ったのでイーブンだと言う。
(何が……、イーブンなわけ、ない、だろ……)
 情けなくて仕方がなくなる。
「衛宮士郎、どこか痛めているのか?」
 ハッとして、エミヤから右半身を隠す。疲れただけだと答えれば、エミヤは出ていった。
「っはぁ……」
 大きく息を吐いた。何度か深呼吸を繰り返す。エミヤがいる間、士郎はずっと息が詰まりそうだったのだ。
 なんてことをしたのか、と後悔ばかりが胸に刺さる。
「なんで……」
 日干し煉瓦の崩れた土を握りしめる。
 どうして出会ってしまうのか、どうしてこんな時にと、士郎は唇を噛みしめるしかなかった。


 爆音が聞こえる。
 エミヤはもう行った。エミヤには守護者としての“仕事”がある。わざわざ食料を手に入れて戻った姿には驚いたが、エミヤはすぐに立ち去った。
 ここも空爆が行われるようだ。
「ちょうどいい……」
 これで終わることができる。これでもう、苦しさを感じなくていい。
「シェード、これって、命令違反、かなぁ……」
 士郎は小さく息を吐く。
 何もできなかった。SAVEの仲間たちに顔向けできることは何一つ。
 世界に真実を曝してやると意気込んだものの、それは、誰かが勝手にやり遂げていた。
「何をしている!」
 その声に驚いて、顔を上げる。
「…………アンタ……」
「行くぞ、立て!」
 エミヤに左腕を掴まれて引っ張られる。
 士郎には何が起こっているのかがわからない。
 なぜ立ち去ったはずのエミヤがここにいるのかも、そのエミヤが必死に腕を引くのかも。
 エミヤの視線が動かない右腕と右脚に向かったのがわかり、思わず顔を背けてしまった。
「この、たわけ!」
 エミヤに抱き上げられて、士郎は驚きどころではない。下ろせと言えば、黙っていろ、と怒鳴られる。
 ただ、黙っているから横抱きはやめてくれと指摘すれば、凛の時の癖が出た、とエミヤは士郎を肩に担ぎなおした。
 聖杯戦争のことを思い出す。アーチャーであったエミヤと凛は本当にいいコンビだったのだ。
(なのに、アンタは、なんだって、こんなところで、俺を担いでいるんだよ……)
 岩陰に滑り込んだエミヤに抱き込まれて外套で頭まで包まれた。その温もりが昨夜のことを思い出させて、こんな状況なのに、顔が熱くなってしまった。
 轟音と爆風の後、爆撃機の音が遠ざかり、エミヤの腕からようやく解放される。
 立ち上がったエミヤが右手を差し伸べてきた。
(アーチャー……)
 この手と握手を交わした。ともに戦って、面白かったと言ったエミヤと、最後に握手を交わした。背中を預け合ったのは、あの時だけで、その後は命を救われた。今回もまた、空爆から助けられた。今、その手をこんなにも取りたいと思うのに、士郎の右腕は動かない。
「ああ、すまない」
 士郎の腕が動かないことを思い出したエミヤが腰を屈めて右腕を取ろうとする。その心遣いが、胸に痛い。
「アンタは、俺のこと……」
 覚えていないのだろう、と訊こうとして、背後の気配に振り返る。
(魔術師……? 囲まれている?)
 気づくのが遅かった、と士郎が臍を噛んだ時、エミヤの呻きが聞こえた。
「エミヤ……?」
 苦悶の表情を浮かべる姿に、魔術師がエミヤを戒めたのだとわかった。
(目的は俺だ。エミヤに危害は加えないだろう……)
 士郎はエミヤを見上げる。
(最後に会うことができたから、もうこれでいい)