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「FRAME」 ――邂逅録2 弧愁編

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 握手くらいは交わしたかったが、それも難しい状況だ。
「……エミヤ、助けてくれて、ありがとな。無駄になっちまったけどさ」
 二度目の再会で命を救われたことの礼も言えないままだった。そして、今も助けられた。出会った記憶を持っていなくても、エミヤは一時は消し去りたいとさえ願った自分を助けてくれた。それはもう、エミヤが過去に拘らないという証明だ。苦しい道をこれからも真っ直ぐに歩いていくという証に思える。
(アンタががんばってるってわかるから、もう、それだけで、十分だ……)
 理想の存在は、いつまでも士郎の中で夢と憧れのままだった。今もその理想を叶え続ける姿に安堵する。
 エミヤを見上げ、笑った。驚愕に満ちた表情のエミヤの向こうには、青い空が霞んで見える。
「空は……青いな……」
 エミヤが言った言葉を、ぽつり、と呟く。
(俺も癖になったみたいだ……空が青いって確認するのが……)
 もしかしたら、どこかでエミヤも同じ青い空を見ているのかもしれないと、あれから士郎は、よく空を見上げていた。
 記憶のないエミヤが空を仰ぐのなら、士郎はそのエミヤを想って空を仰ぐ。
 がんばっているか? 俺も、がんばっているぞ、と。
(もう、これが最後になるけど……)
 理想と認めた者が目の前にいるのなら、最期にその姿を見ていられるのなら、これはとても幸運なことだろう。
 眩しい存在が目の前にいる。自分の手では掴めなかった理想を叶えた存在が、目の前に。
 それだけで、士郎は全てを諦める。いや、とっくに士郎は諦めていたのだ。
 ただ、幕を引くタイミングが掴めなかったというだけだ。
「こ……っ、のっ、たわけっ!」
「え?」
 怒鳴られたとともに、景色が一変した。青い空は血気に覆われた空に、砂埃の舞う地は剣の突き立つ大地に。
「ア……アーチャー……?」
 呆然と、懐かしい呼び名を呼んでしまっていた。



***

 砂埃の中で士郎はエミヤと契約した。
 士郎が望んだことではない、決して。
 契約をして意識が遠のいていく時に見えたエミヤの心配そうな顔と、確かな腕の感触と、抱き止められた温もりに、士郎は、こういうときにも涙が出そうになるのだと知った。
 エミヤという英霊を使い魔とした士郎は、魔力の大部分を奪われるため、ほとんど意識を浮上させることはなく、何度か目を覚ましたものの、すぐにまた眠りにつく。
 目を覚ます度に、エミヤの顔があり、たいてい抱えられていることに、士郎は思いもかけず安心しきっていた。それがまた眠りを助長してしまっていたのだろう。
 士郎が完全に覚醒したのは一週間後、魔術協会の施設に入ってからだった。
 協会の施設は、内装も調度品も白に統一されていて、殺風景だが普通の部屋だ。ワンルームではあるが、バス、トイレ、洗面は別々になっており、キッチンは無いが冷蔵庫はある。
「あれさえ、無けりゃな……」
 窓の向こう側にある鉄格子。
 ここは魔術協会の所有する“監獄”だ。
 魔力を相殺する鉄格子で囲まれた部屋は、一見マンションの一室と変わらない。だが、窓の外には人も魔力で編まれた使い魔も通ることのできない格子がある。
 士郎は、皮肉げな笑みを浮かべて、白い革張りのソファに腰を下ろす。扉の前に立つエミヤへ目を向けると、腕組みしたままで扉をじっと見据えている。黒い装甲ではなく、暗い色のシャツとブラックジーンズに身を包んでいる。
(俺も着替えてるから、意識のない間に誰かが用意したんだろうけど、って、ああ、あのナリじゃな……)
 下水溝にずっといたため、着ていた服は相当異臭を放っていただろう、ということを思い出した。
「アンタも災難だな、こんなところに閉じ込められて」
 士郎は呆れ声で言った。
「想定内とは言えないが、仕方がない」
「諦めるのが早いんだな」
「諦めてなどいない。様子見だ」
「そっか……」
 士郎が、何を話すべきかと思案していると、扉の向こうから声がかかる。
 扉の脇の壁に取り付けられた取り出し口のようなところが開いた。こちらの部屋側には取っ手もなく開けられない造りになっていて、食事や支給品の受け渡しをするためのもののようだ。エミヤは無言で差し出された物を受け取り、士郎に手渡す。
「着替えろ、だそうだ」
「聞こえてるって」
 着替えを受け取り、士郎はシャツを脱ぐ。
 ノリのきいたワイシャツに袖を通し、スラックスをはき、ジャケットを羽織る。
「おい、これは」
 ネクタイをエミヤが手に取ると、士郎は苦笑を浮かべる。
「結べねぇから」
 だらりと下がった右腕を指さす。
「ああ。そうだな。ならば……」
 エミヤが、さっとネクタイを士郎の首に巻き付けて、文句を言う間も与えずに結んでしまう。
「チッ」
 舌を打ちながら士郎は立ち上がる。その身体をエミヤが支えようとするので、士郎は手で制した。
「手を出すな」
 そう言って扉の前まで壁づたいに歩く士郎の後にエミヤは続く。
「アンタな……、俺、よちよち歩きじゃねえんだぞ……」
「大差ない」
「うるせぇよ」
 苛立たしげに言いながら、士郎は扉の前に立つ。この扉も内側からは開けられない。開き戸なのに、ドアノブがないのだ。おまけに電子ロックと魔術も施されている。
 ゆっくりと扉が開くのを見て、士郎はその扉の重厚さがわかった。これでは物理的な損害も与えることは難しい。殴ったり蹴ったりで、どうにかなる代物ではない。
 士郎が扉の外に出ると、協会の人間は扉を閉めようとした。が、エミヤが扉を片腕で押し止めている。
「つ、使い魔はそこで、待機です」
 突然手が伸びて来て、驚いた様子の協会の男が息を呑みながら言う。
「待つわけがないだろう」
 ぴり、と空気が張り詰めた。扉を閉めようとしている男は、蒼白になって泡をくっている。士郎はエミヤに向き直った。
「おとなしく、お留守番、だってさ」
 士郎が扉に手をかける。
「何を! 待て! 衛宮士――」
「自分のことくらい、自分でどうにかできる」
 揺れる鈍色の瞳に、士郎は驚いたが、表情には出さなかった。
「話、するだけだって」
 笑って士郎はエミヤを部屋へと押し込み、扉を閉めた。扉が閉まるとともに、電子ロックがかかる。
 ドアノブも無く物理的な鍵と、なんらかの魔術も施されているため、人である士郎にも、エミヤにも内側からは開けられない。
 ドン、と鈍い音が扉の向こうから響いた。エミヤが扉を殴ったのだとわかった。
「エミヤ……」
 口内で呟き、士郎は俯く。まるで二度と会えなくなるような不安感が胸を掠める。エミヤを見送った光景が脳裡に浮かぶ。
 扉が締まる瞬間までエミヤは士郎を見ていた。その瞳に士郎は動揺している。協会の人間に肩を貸されて歩く間も、ずっとエミヤの顔がちらついていた。


 尋問とは名ばかりの、これはいじめではないか、と士郎はきっちり締めたネクタイを緩めながら思う。
 何しろ、死んだ仲間たちの素性や前歴や、逮捕歴まで事細かに説明されて、どれほど悪行を重ねていたかということを厭味たっぷりに聞かされる。
 そんなことは知っている、と辟易しながら、士郎は取調室のような部屋の天井を見て過ごしていた。