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「FRAME」 ――邂逅録2 弧愁編

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 監禁部屋に戻り、扉が開くと、エミヤがすぐ前で待っている。
「エミ……ヤ……?」
 驚いていると、腕を引かれて、抱き寄せるように身体を支えられた。
 背後で重い音とともに扉が閉まり電子ロックがかかる。
「ど、どうした? ずっとここにいたなんて、ないよな?」
 どうにか笑いながら言って、反論を待っていたが、エミヤは戸惑ったような顔で頬に触れる。
「エミヤ?」
「何も……、なかったのか? 何か、されたのではないか?」
「な、何もないって、話、聞いただけ。へ、変な奴だな」
 士郎は心配なんておかしい、と笑い、エミヤの腕から逃れた。
 右脚を引きずりながらソファに座る。エミヤは何か言いたげに士郎を見ているが、士郎からは何も言えなかった。
 士郎も戸惑っているのだ。エミヤとどう接していいのかがわからない。士郎と過ごした記憶を持たないエミヤには、何も言うつもりはなかった。ただ契約を請われたから契約をしただけで、これからどうすればいいのかなど、皆目、見当もつかない。
 会話はないまま、一時間もしないうちにまた呼び出される。エミヤはまた心配そうな顔で士郎を見送る。
(どうしたんだ、アイツ……)
 エミヤのことが気がかりだった。だが、士郎には今、エミヤだけに気を取られているわけにはいかない。ここから出るために、従順、かつ、したたかに監察官たちの目を欺かなければならない。
(まあ、まだ、調整には時間がかかるから、ちょうどいいけど……)
 士郎は身体の不自由さを前面に見せることにして、身体的に何もできないと思わせている。だが、魔術回路の調整が済めば、普通に動くことはできるようになる。エミヤと契約したために多少余分に魔力を必要とするが、それでも投影を問題なくできるくらいの魔力量はある。
 士郎は身体的なことに対しては、すでに計算済みで動いていた。あとは報告書のため、という調査をのらりくらりと流すだけだ。
(さっさとこんなところ、出てやる)
 士郎は冷静に成り行きを窺うことに努めた。

 この施設に監禁されてから、一日のうちに何度も尋問が繰り返される。この目的はなんなのか、とそんなことを考えながら、士郎はやり過ごす。
 十日ほどそんな日々が続いた。調書取り、とは名ばかりの尋問は、決まった時間ではないが、凡そ午前九時から午後五時までの間で行われる。
(公務員かよ……)
 魔術協会の事務方は、九時五時で働いているのか、と士郎は少々呆れながら悠長に構えていたが、監察官は新たな手を講じてきた。
 夕刻まで続いた尋問で、一人の監察官が笑顔を浮かべて机に写真を並べていく。もう一人の監察官は士郎から視線を外すことはない。
 士郎は前を向いたままで、様子を窺う。何を見せるのか、と内心は気が気ではなかった。
「君に確かめてほしいのだが……」
 監察官は机に並べた写真を指さす。それに目を向け、士郎は僅かに息を呑む。
 とどめとばかりに見せられた、仲間の遺骸の写真。
 瞬間、怒りで吐き気を覚えた。
 だが、表情を崩しはしなかった。ただ一瞬、琥珀の瞳に炎が揺らめいた。監察官にも調査員にも気取られてはいない。
(こんな……)
 見覚えのある靴、数人分のネームタグ、夥しい血が瓦礫の下から浸み出し、そこから生えたような腕、焦げた塊……。
 仲間たちの最期を切り取った写真の数々が、無機質な机の上に並べ置かれている。
「見覚えは、あるかい?」
 監察官が、にやり、として言った。
 士郎が答えずにいると、数枚の写真を持ち、目の前にまで持ってくる。
「さあ、どうかな? この手、誰のものだろう? これは、わかるかい? あと、ここ、耳が見えるだろう? これは誰かな?」
 監察官の目は血走っている。明らかに常軌を逸している言動に、がた、と調査員が立ち上がった。
「監察官!」
 調査員の咎めるような声に、監察官はハッとして、渋々写真を置いた。
「どうかな? 衛宮士郎。君の所属していた、くだらないグループの人たちだと思うんだが、我々には判断がつけられないからね。調査報告書にはきちんと記載しなければならないんだ。教えてくれるかい? これが誰の腕で、誰の足で、誰の指で、どんな人物のものだったのかを」
 士郎はしばらく写真を見てから顔を上げる。
「さあ、俺にもさっぱりだ。こんな部分的じゃ、誰のものか、なんて見当もつかない」
 しれっとして士郎が答えると、監察官は歯噛みして、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「今日はもういい。終わりだ」
 おそらく、これが監察官の切り札だったのだろう。さしたる反応を示さない士郎に、監察官は明らかにがっかりしている。
 調査員が士郎の乗る車椅子を押して監禁部屋へと向かう。
 部屋と取調室を士郎は調査員に肩を借りて行き来していたが、時間がかかるという理由で監察官が車椅子を用意した。
「あ、あのぅ……、大丈夫、ですか?」
 調査員がおずおずと声をかけてくる。魔術協会の調査課の主任だという車椅子を押す男は、士郎よりも三つ年上だと言っていた。
「ああ、なんとも」
 そう答えて、少しだけ笑みを浮かべる。
「そ、そうですか、よかった」
 この調査員は、士郎には友好的だ。親身になっている、と士郎にもわかる。
 士郎は何も訊いていないのに、彼はぺらぺらと自分のことを話した。日本人であることも、魔術の才能がなくて事務方になったということも、今は調査課の主任として生きがいを得ているということも。
 そんな人の好い調査員の話を右から左に流しながら、士郎はいつも部屋で待っているエミヤのことを考えていた。尋問の前は監察官に気取られないようにすることだけを考え、部屋に戻る前はエミヤのことを思う。
 今の士郎にはそれだけで精いっぱいだった。
 そんな状態である上に、仲間だった者たちのあんな写真を見せられて、さすがに士郎も今回ばかりは参っていた。
 部屋に戻るまでは無表情で我慢して、部屋に入った途端、蒼白になる。
「衛宮士郎、大丈夫か?」
 身体を支えてくれるエミヤはいつものように心配顔で訊く。
 頷くことしかできず、今まで手を借りることも頑なに拒んでいた士郎は、エミヤに全てを預けていた。
「衛宮士郎……」
 エミヤに抱き寄せられる。
「なんでも……ない……」
 盗聴機も設置されているこの部屋で下手なことは言えない。士郎は、疲れただけだ、と言ってエミヤの温もりに安堵を覚えた。
 エミヤがこの監禁部屋で、日を追うごとに心配顔で士郎を迎え、毎度、大丈夫かと確認するようになり、ようやく士郎は自身が相当参っていることに気づいた。
 この部屋に入ると、いや、エミヤの姿を見ると、無表情が崩れてしまうことを、士郎は全く自覚していなかったのだ。
(ああ、俺……、けっこう、精神的に、参っているんだなぁ……)
 そう自覚してから、この尋問はこちらを怒らせることや、冷静さを失わせることが目的だろうと気づいた。
(そうか……、そういう魂胆……)
 気づいてみると、見えてくるものがある。監察官の口ぶりにも態度にも士郎は徹底して自身を圧し殺すことができた。
 だが、今日は無理だ。もう堪えきれない。