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「FRAME」 ――邂逅録3 別離編

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「ああ。臭いが、な」
「あー……」
 確かに臭かっただろうと思い出す。
「士郎、あの下水組織は、なんだったのだ?」
「は? 下水、組織?」
「下水溝を拠点にしていただろう?」
「……安易なネーミングだな。……けど、まあ、的を射てる」
 エミヤは士郎の言葉に首を捻る。
「あの組織はさ、ただの憂さ晴らし集団だ。最初はちゃんとした志を掲げてた。けど、途中から行き先を見失って、くだらないことばかりやりはじめた。気に入らないから襲うとか、そういうレベル」
「どうしてお前は――」
「なんであそこにいたのかって質問なら、もう答えただろ? 何もない。理由なんてない。あそこにいた、ってだけだ」
 凛からの差し入れの服に着替えながらエミヤは眉間にシワを寄せる。
「俺にはなーんにも、なくなったからさぁ……」
 エミヤが何か思い詰めたような顔でこちらを見ている。
「アンタには、わかんないかもな」
 追い求めるものも、理想すらも失って、士郎には何も残らなかった。仲間も失い、あの頃のエミヤはもういない。
 窓辺へ向かい、眼下の街を見下ろす。
「俺が望むものはさ、全部、こぼれていくんだよ、この手から……、だったら、はじめから、要らないだろ?」
 エミヤにこんなことを話しても、困惑させるだけだとわかっていながら、士郎はどこかで気づいてほしいと思っている。聖杯戦争の後にエミヤと会うのはこれが三度目なのだと。
「そんな……」
 近づくエミヤの気配に振り返った途端、抱きしめられる。
「エ、エミヤ?」
「……そんなことを、言うな」
「え? あ、あの……」
「はじめから諦めるのと、取りこぼすのとは違う」
 エミヤの肩に頭を埋めることになり、士郎は身じろぐが、エミヤにさらに抱き込まれる。
「大部分を取りこぼしたとしても、僅かな一握りが残ることもある! はじめから受けとめようとしなければ、その一握りすら掴めない!」
 エミヤの言葉は理解できる。手を伸ばさなければ、何もはじまらないことくらい士郎にもわかっている。
 けれど、それが、手を伸ばしてはいけないものであったなら、どうすればいいのか。
「私もそうだったのだ……」
「え……?」
「私も受け取ることをやめようとした。だが、お前が間違いではないと言ったから、私は今度こそ、しっかりと受け取ろうと、取りこぼさずにいようと、手を伸ばす。どんなにこぼれていく方が多くとも、私は、諦めはしない」
 エミヤの背中に手を回してみる。
(諦めない……、俺も、諦めずにいて、いいのか……?)
 答えなどわかるはずもない。士郎はずっと答えを求めることすら諦めていた。
 手を伸ばすことなどしなかった。ただじっと、立ち止まっているだけで……。
「なあ、エミヤ……」
「なんだ」
 その続きが士郎には言葉にできない。
「士郎?」
「やっぱ、いい」
「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「……うん、まあ、ちょっと、頭の中でまとめてから」
 そんなことを言って誤魔化した。



 ようやく衛宮邸に入ることが許され、エミヤと旅に出ることにした士郎は、少しずつ準備をはじめていた。
 古いものだが携帯食器などは使えるものもあり、もう一人分を買い足すだけで事足りる。
「リュックと、食器、燃料……は、二つくらい持って、あとは現地でいいか……」
 台所で思いつく物をメモに書き出しながら、士郎は鍋を弱火にかけている。
「士郎、洗濯物は取りこんでおいたぞ」
 居間からの声に、士郎は振り返る。
「サンキュー。あー、あのさ、チャイって、ヤギのミルクじゃないと、ダメか?」
「その土地で取れるミルクならなんでもいいはずだが」
「そっか。ネパールで教わったのはヤギミルクだったからさ、ヤギじゃないとダメだと思ってた」
「チャイとは茶の意味だからな、ミルクで作らないチャイもある。一概にチャイにミルクが必要ということでもない」
「そうなのか? 知らなかった。やっぱ、アンタはよく知っているんだなぁ」
「牛でもヤギでも、私はどちらも、それぞれにいいと思う」
「そっか。んじゃ、ミルクティーにシナモン入れただけ、みたいになっちまったけど」
 こと、とカウンターにマグカップを置くと、エミヤがやや驚いた顔をしている。
「急にチャイの話などするから、何かと思えば……」
「急に飲みたくなったんだ」
 メモを持ち、士郎もマグカップを持って台所を出る。
「買う物、書き出した。あとは携帯食があった方がいいかな」
「ふむ……」
 チャイを口に運びながらエミヤは士郎の書いたメモを見ている。二人とも旅慣れているため、現地での調達は難しくないが、ある程度の備えは必要だ。
 士郎の買い出しリストを確認しながら、エミヤは無言でチャイを飲む。
「アンタには甘いか?」
 ずず、とチャイを啜ってから士郎が目を向けると、マグカップに口を付けたままエミヤは上目で士郎を見る。
「いや。砂糖は入れていないのだろう? なぜそんなことを訊く?」
「ミルクの甘さですら、眉間にシワ寄せそうだから」
 びき、とエミヤの眉間にシワが寄った。
「貴様……」
「ほら、シワ寄った」
「そ、それは、お前がくだらんことを言うからだろう!」
「怒りっぽいよなー、英霊のクセに、アンタは」
 士郎はニヤニヤしながらエミヤを見る。
「私をからかって楽しいのか、貴様」
「ああ、楽しいな」
 ムッとしたエミヤに、士郎はしれっと言って、にっこりと笑った。
「たわけ」
「っで!」
 ぴん、と額を指で弾かれ、士郎はむっつりとエミヤを睨む。
「手ぇ出すとか、ありえねぇ」
「くだらんことばかり言っているからだ」
 エミヤが士郎の頭をひと撫でする。
「ごちそうさま。美味かった」
「え?」
 エミヤに褒められるなど、明日は大雪かもしれない、と驚きで士郎は、ぽかん、とする。
「それと、手を出す、というのは、こういう意味もあるので、気をつけろ」
 言うが早いか、士郎の頭を引き寄せたエミヤは、そのまま口づけた。
「んんっ?」
 硬直したまま士郎は現状が理解できない。
「わかったか?」
 すぐに離れた唇に言われ、士郎はただ頷くだけだ。
「わかったなら、いい」
 言って、エミヤは士郎を残して台所に入った。
 呆然としたままの士郎は、ようやく覚醒したように、台所のエミヤに目を向ける。
「な、なあ……、エミヤ……」
「なんだ」
「なんで、今、キスした?」
「…………」
「なあ?」
「…………なりゆきだ」
 士郎は吹き出し、エミヤはこちらを向くことなく米をといでいる。
 空になったマグカップを持って士郎も台所に入った。
「なあ、なんでだよ?」
「うるさい、訊くな」
「なんだよ、自分でしたクセに」
「今さらキスの一つや二つがなんだ、それ以上のこともしただろうが」
「……それ、本気で言ってるなら、傷つくぞ」
 ぴた、とエミヤは手を止める。
「そりゃ、俺はアンタの過去だし、おんなじものだし、自分に何しようが問題ないだろって、思ってんのかもしれないけどさ、俺だって――」
「思っていない」
「エミヤ?」
「そんなこと、欠片も思わない」
 エミヤの隣に立ち、その横顔を窺う。手元の一点を見つめたままの鈍色の瞳も、その横顔も憤っているように見える。