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「FRAME」 ――邂逅録3 別離編

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 言いながら、だんだんと腹が立ってきたのか、食事をしてくる、と言って凛は部屋を出ていった。
 凛を見送り、再び士郎に視線を戻し、そうなのだろうか、とエミヤは疑問を浮かべる。
 あの聖杯戦争の頃のように、自身のことを省みない無茶をしてきた結果が、これなのだろうか。
 いや、とエミヤは異を唱える。
 何もしていないと士郎は答えたのだ。あの下水溝の組織で、士郎は空っぽだった。その心には、意志も熱も何も……。
「衛宮士郎……、お前は、いったい、今まで……」
 ベッドの縁に腰を下ろし、そっと赤銅色の髪に触れる。
「さっさと目を覚ませ、未熟者……」
 エミヤは、こつ、と指の背で士郎の額を軽く叩いた。

 士郎の意識は戻らないままだが、丸一日の点滴で身体的に落ち着いたため、日本へ移動することになった。
 何くれと引き留めようとする魔術協会の人間を、凛は片っ端から無視し、日本にある魔術協会の施設で調査をすると決まったのだから、と強引に二人を移動させた。しかも、
「飛行機はファーストクラスよ、超VIP扱いで」
 と吹っかけて、だ。
 凛の強引さに呆気に取られつつも、エミヤは彼女に感謝していた。本当ならば、捕縛されて牢にでも放り込まれそうな二人なのだ。紛争地から日本へ送られることすらあり得ないはずだ。
 日本の魔術協会の施設に到着し、中には入れない凛をエミヤは玄関口で振り返る。
「凛、世話になったな」
「何よ、これっきり、みたいな言い方しないで」
 士郎とエミヤを施設に送り届けた凛は、いまだ眠ったままの士郎を抱きかかえているエミヤに、釈放の日を待っている、と爽やかに笑った。



 凛の取り計らいで士郎はエミヤとともに日本へと送還されたが、すぐに解放されることはなかった。解放するには調査が必要だと言われ、さすがの凛にも、これはどうにもならなかったようだ。
 調査が終わるまで魔術協会の施設に監禁されることになるのだと、凛はすまなさそうにエミヤに説明していた。そして彼女から、意識のない士郎に謝っておいてほしいと頼まれている。
 士郎は移動中に何度か目を覚ましたが、体調が思わしくなく、顔色も悪いままで、何を話すこともできないまま、また眠りに落ち、ここまで来てしまっている。
 エミヤと契約してから士郎が完全に覚醒したのは、協会の施設内に入った後、しばらく生活するように、とあてがわれた監禁部屋に入ってからだった。
 普通のマンションの一室のようでありながら、窓の外には鉄格子、室内はなんらかの魔術が施され、一切の魔術的な事柄を封じられている。
 使い魔であるエミヤも例外ではなく、投影も結界も霊体化すらもままならない。
(手も足も出せない、か……)
 この部屋でできることといえば物理的な攻撃くらいだろうと、エミヤは白で塗り固められた室内を見渡していた。
(おまけに監視カメラと盗聴器)
 面倒な、と思っていると、ベッドで身体を起こした士郎が、部屋を見回して、
「至れり尽くせりだな」
 と、硬い声で言った。
 抑揚のないその声は、士郎が警戒態勢に入っていることを示している。
 状況を把握しているようすの士郎に、必要ないかとは思ったが、エミヤは凛の言ったことを、彼女の謝罪も漏らすことなく伝えた。黙って聞いていた士郎はたた頷くだけだった。
 士郎が何を考えているかわからないものの、エミヤも気を引き締める。下手な動きはせずに、ここは士郎に任せる方がいいと結論を出した。
 どのみち、エミヤは士郎の使い魔という存在だ。彼が捕まれば己も捕まり、彼が解放されれば己も解放される、という一蓮托生の身。強行突破は最後の手段に取っておく。
(任せるか、こいつに……)
 そう決めて、エミヤは士郎の指示を尊重することにした。


 監禁されている部屋で、エミヤは取っ手すらない、白く重い鉄の扉を見据えている。士郎は調書を取るために連れて行かれた。
 大丈夫だと士郎は言っていたが、エミヤは気が気ではない。落ち着かない。
 扉の前に立ったまま、エミヤはただ士郎を待つ。
(調査とは名ばかりだろう……)
 連日、調査だと士郎は連れて行かれ、戻ってくる度に疲れている。身体的な拷問などではないにしろ、休憩が数十分だけの、日中は調査尽くしだ、疲れないはずがない。
 それに、士郎が常に気を張っていることがエミヤにもわかる。部屋を出る時はもちろん、この監禁部屋にいる時でさえも、ピリピリしている。
 そんな生活の中で、エミヤは一つ気づいたことがあった。部屋に戻ってきた士郎が己の姿を見て、明らかにほっとして、安堵の表情を見せるのだ。
(衛宮士郎……)
 彼は何も言わない。盗聴までされていて、ここでは何も話すことはできない。だが、エミヤはそれでも何か話してはくれないものか、と思ってしまう。
 苦しいのなら、辛いのなら、泣き言でもいいから、吐き出してほしいと思っている。
(私は、どうしたというのだろう……)
 やけにアレに心を乱される、と、エミヤは白い扉の前で士郎を待つだけだった。



 今日は使い魔も一緒に来い、と言われ、エミヤは訝しさに顔を顰める。士郎を窺うと、彼もエミヤを見ている。
「エミヤ、連れてってくれるか?」
 そう言って、士郎は微笑を浮かべる。
 士郎はエミヤと契約してから右腕と右脚が動かせない。
 あの下水溝で会った時は普通に動いていたのに、いったいどうなっているのかと訊くと、魔力で動かしているのだと士郎は答えた。エミヤと契約をしたために、ほとんどの魔力をエミヤが持っていってしまうので、魔力が足りなくて動かせないのだと言っていた。
 だが、今の今まで、士郎が手を貸せ、などと言ったためしはない。どちらかというと、手を貸そうとすると拒まれていたのだ。
 ひとりで動ける、と、手を出すな、と、頑なに士郎はエミヤの手助けを拒絶していた。
 その士郎が連れて行ってくれと言う。驚いて士郎を見ていると、さらに士郎は笑みを深くする。
「疲れててさ」
 ソファに座ったままで、左腕を伸ばしてくる。
 ちら、と扉の側に立つ協会の男にエミヤは目を向けた。いいのか、と士郎に訊くために。
 それを察した士郎は、協会の男の確認を取り、男も頷いた。
 エミヤは士郎の側まで歩みより、右腕を肩に担ぐ。
「抱っこしてくんねぇの?」
 ぴたり、と動きを止める。
(何を言っているのか、こいつは……)
 呆れ顔で士郎を見る。
「動くの、けっこう、辛いんだけどさ……」
 しばらく思案したエミヤは、一つ息を吐いて、士郎を横抱きにした。
「これでいいか」
 と、確認し、
「へへ、サンキュ」
 と、笑う士郎には何も言わず、エミヤは肩を竦めて部屋を出た。
「なあ、エミヤ、魔力、足りてるか?」
 部屋を出て数歩、間近で訊く士郎に目を向けて、エミヤは息を呑む。
「衛宮……士郎?」
 別人のようだと思った。これを、なんと言い表せばいいのか、とエミヤは困惑してしまう。
 艶があるのだ、この二十代半ばの男に。顔かたちは己と大差ない、だが、醸し出す雰囲気といい、その表情といい、惑わされてしまいそうになるのだ。
 隻眼に残る琥珀色が、目眩がするほど美しい。
「遠慮しなくていいって」