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「FRAME」 ――邂逅録3 別離編

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 甘い声で言われ、エミヤの足が止まった。士郎が左手の指先で頬に触れてくる。
「エミヤ、やるよ……」
 士郎に促されるまま、エミヤは吸いこまれるように唇を寄せる。
 口づけなどをして何を考えているのか、と自身に驚きつつも、魔力の誘惑に逆らえない。
 人外となってしまった身には、魔力を補うということは本能に近い。補給できる状況であればいくらでも、与えられるというのならなおさら断る術もない。男であろうが己の過去であろうが、なんの抵抗もなく士郎の舌を貪る。
 そうして熱い舌と唇を感じながら、エミヤは気づく。
(なるほど、そういうことか……)
 エミヤは魔力を受け取りながら、納得した。
 何かおかしいと思っていた。士郎が理由もなく手を貸せと、さらにこんなことをするわけがないと、頭の隅で感じていた。やっと理由がわかり、エミヤは士郎に従いつつ、協会の人間の様子を窺った。
 ついてこないエミヤに協会の男たちは振り返る。士郎を横抱きにして濃厚なキスシーンを繰り広げるその光景に息を詰め、呆れた表情を浮かべ、互いに顔を見合わせ、やれやれと顔を戻し、少し先でエミヤが歩き出すのを待っている。
 雑談をはじめた協会の男たちを確認して舌を引き、いまだ唇が触れたままで士郎は囁く。その左目は、協会の男たちの方を見ていた。
「何があっても、動くな。表情も指一本も」
 早口で囁かれ、エミヤはすぐには何を言われたかわからなかったが、士郎の琥珀色の瞳がエミヤへと向けられる。
 その瞳の奥には確かに炎が揺らめいていた。見間違いではない。士郎はエミヤの思っていた通り、こんな連中にいいようにされる気はないようだ。
 微かに顎を引き、エミヤは瞬いて応じた。

 取調室だと士郎が言った意味がよくわかった、と、その部屋に入ってエミヤは内心頷いてしまった。
 部屋の真ん中に大きめの机が一つ、壁際にノートパソコンの置かれた小さな机が一つ。真ん中の大きい机に二人の男が付き、残り一人が壁際へ、そして真ん中の机の男二人は、士郎をまるで汚いものでも見るような顔つきで見ている。
 おそらく、先程の魔力の経口摂取が主な原因だろう。エミヤが見たところ、堅物そうで神経質そうな二人だ。監察官などという地位にいるらしいが、その実、やっていることは、重箱の角をつつくようなあら探しではないのか、とエミヤはつい感情的な見方をしてしまう。
 士郎を椅子に下ろすと、その左手がそっと頬に触れる。
「ありがとな」
 間近の士郎は、少し目尻を下げた。その琥珀色が、大丈夫だから動くなよ、と言っている。
「ああ、このくらい、お安いご用だ」
 頷いて、エミヤは士郎の額に口づけた。瞬く士郎から、がた、と腰を浮かせた壁際の男に目を向けた。何か言いたげにこちらを見ている男を相手にもせず、肩を竦めてエミヤは士郎の背後に立つ。
(少し、やり過ぎたか……)
 エミヤの意図は士郎だけがわかったようだ。肩を揺らし、声を抑えて笑っている。
 いい加減、士郎もエミヤも、この監禁生活に嫌気がさしている。堅物な協会の者をからかって、憂さを晴らしたくもなる。魔力供給と称して濃厚なキスまで見せてやったのだから、そのノリでエミヤは遊んでみただけだ。完全にいかがわしい関係だと思われているな、と思った以上に効果があったことに可笑しくなってきたエミヤは、笑いを抑えるのに少々苦労しなければならなかった。
 気を取り直すように大きなわざとらしい咳ばらいをして、監察官の一人が手元の分厚いファイルを開き、おもむろに口を開く。士郎の生い立ちから、聖杯戦争、時計塔での成績や、その後の動向など、事細かに読み上げ、いちいち士郎に確認している。
 その都度、士郎は頷き、肯定している。
 そして、士郎の所属していたグループの話に移行した。シェードというアメリカ人をリーダーとした烏合の衆だったという説明、テロ組織がテロ組織を潰しあって、何をしていたのかだとか、わけのわからない連中だとか、揶揄を含み、嘲笑を含み、明らかに挑発的だった。
(衛宮士郎……)
 エミヤは椅子に座って微動だにしない士郎の背中を見る。聞いているだけでも気分が悪くて仕方がないというのに、当事者である士郎が何も感じないわけがない。だが、士郎は反論することもなく、静かなものだった。
 エミヤは何度も剣製しそうになった。が、その度に士郎の背中を見て、彼の言葉を思い出した。
 何があっても動くなと言ったのはこういうわけか、とエミヤは今更ながら思う。ここで何かすれば、即、拘束されてしまう。士郎はそれを避けるために、我慢に我慢を重ねているのだ。
(たとえテロ組織だとしても、自身が所属していた組織を悪く言われることは、我慢がならないはずだ。あの下水溝の組織には愛着はなかったようだったが……)
 “ここにいるだけだ”と士郎は言っていた。だとすれば、あの下水溝を拠点としていた組織に、士郎はなんの理由もなく所属していたということだろう。
 どうしてそんなことを、とエミヤはまた思うだけだった。

「気分、悪くなったろ……」
 部屋に戻った士郎は、ぽつり、と言った。
「ああ……」
「たぶん、俺かアンタが暴れたら、即、拘束って魂胆だろ。陰湿なやり方だよな」
「そうだな……」
 俯いたその頬に触れると、士郎は驚いてエミヤを見上げてきた。
「なん……だよ?」
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫に、決まってるだろ」
 エミヤの手をそっと押し退けて、士郎はベッドへ向かう。
「アンタも休めば? ……そういえば、アンタ、なんでずっと実体なんだ?」
「この部屋では魔術が制限されているようだ。霊体になれない」
「そっか……」
 大変だな、と呟いて士郎は横になった。上着は脱いでいたが、窮屈な衣服で寝させるのはよくないと思い、エミヤは士郎を強引に着替えさせようとした。
 なんだかんだと文句を言っていた士郎だったが、結局、自分で着替えて横になった。すぐに寝息が聞こえてくる。
(あまり、眠れていない様子だからな……)
 士郎が夜中に頻繁に目を覚ましていることを知っている。うなされていることも、飛び起きて、青ざめていることもある。
(お前に何があったのか……)
 ソファに腰を下ろして、エミヤはふっと息を吐いた。
 エミヤは眠るわけではない。ただこうして座ったままで目を閉じるだけだ。その間、エミヤは絶えず士郎のことを考えていた。
 士郎は何も言おうとしない。契約はできたものの、士郎とは実のある会話というものが、いまだできていない。
「ここでは、無理か……」
 今、この瞬間でさえ監視されている、この監獄のような場所では。
 そして、日中は数時間の尋問と数十分の休憩の繰り返し。
(しかも、内容があれでは……)
 気分的に参らないわけがない、と苦々しい気分になった。
 早くこの監獄から出なければ、士郎がもたない、と、そればかりを気にしていた。



 調査という名の取り調べは終わり、ようやく二人は赦免されることとなった。
「は……」
 疲れた横顔を見て、エミヤは士郎の身体を支えようとするが、士郎はエミヤの腕をすり抜けるように壁に寄りかかった。
「衛宮士郎?」
「自分の身体くらい、自分でなんとかする。手を出すな」
「しかし……」