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「FRAME」 ――邂逅録3 別離編

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 伝えた方がいいかと士郎を見遣るが、すぐに魔力切れを起こすようなことはないため、エミヤは何も言わず、集中する士郎の邪魔をすることなく、気長に待つことにした。
 室内にある二つの椅子のうち、一つを士郎は窓辺に置いたままにしている。何をするでもないこの部屋で、士郎はいつもここに座って空を見ている。その椅子にエミヤは腰を下ろし、眼下の街から空へと目を向けた。
 青い空に筋のような雲が流れている。
「ああ、青いな……」
 窓枠に肘をつき、エミヤは安堵の息を吐いた。
 ふと、士郎の言葉を思い出す。
(空が青い、と言ったのは……)
 やや腰を浮かせて士郎を振り返る。目を閉じ、結跏趺坐で自身に集中する士郎がいる。
(なぜ、私は同じようなことを……? 士郎の口癖がうつったか? いや、口癖というほど頻繁に言っているわけでは……)
 衛宮士郎であったときからの口癖か、とも考えるが、エミヤにはそんな覚えはない。記憶がないので、はっきりと否定はできないが、そんなことを口走る人間ではなかったと自覚している。
 空を見て青いなどと、そんな当たり前のことを口にするような情緒などなかったことは確かだ。士郎はいつからそんなことを口にするようになったのかと、椅子に座り直して考え込む。
「空が……青い……」
 呟いて、血を吐いた士郎の姿が脳裡をかすめた。
 全身が総毛立つ。言い様のない不安感のような、懼れのような、とにかく落ち着かない感覚だ。
(あれは、いつだ?)
 士郎を失う光景は、この先にあることなのか、と不安を圧し殺すように歯を食いしばった。
(失うことが、恐い? 馬鹿な、私はもう、人ではない。守護者で、世界の安寧のために人を殺すだけの……)
 だがエミヤは、漠然とした不安感を拭えない。
(失いたくないと思っているのか、士郎を……)
 しかも、ただ生きていればいいというものではなく、己の傍で士郎が存在することを願っている。
 自身をおかしいと思いつつも、そう願ってしまっている。
(私は何を考えている……)
 士郎と契約を望み、その上にまだ何を望むのか。エミヤは思考の底に沈みこんでいった。

「――――ヤ、エミヤ」
 呼ばれて、瞬く。
「なんだ」
 動揺を誤魔化すために、いつもより声が低くなる。
「問題ないか?」
「ああ」
 士郎がベッドを下りてルームランプを点ける。
 窓の外はとっぷりと暮れていた。
「調整に手間取ったけど、すぐに魔力も流れていくか……ら、って、おい!」
「なんだ?」
 士郎が右脚を引きずりながら、慌てて近づいてくる。
「透けてんじゃねーか!」
「む……」
 エミヤは自分の身体を見下ろしてから、手足がぼやけていることにようやく気づいた。魔力が滞ると、末端から薄くなっていくのか、とエミヤは他人事のように思う。
「何かあったらすぐに言えって、言っただろ!」
 怒りながら士郎は椅子の肘掛けを掴み、エミヤを見下ろす。
「嫌だろうけど、ちょっと、我慢しろよ」
 エミヤが答える前に、口を塞がれた。
 何をするのだ、と士郎を押し退けようとして、透けた手では触れられず、やっと士郎の行動の意図を読み取った。
(ああ、魔力か……)
 士郎が経口摂取をさせているのだとわかり、目を閉じて、エミヤはおとなしく魔力を受け取る。
 透けた手が実体を取り戻していき、士郎の温もりを感じはじめる。己の腕が士郎の身体を引き寄せていく。決して意図したわけではないが、いつのまにか士郎を膝の上に抱き寄せていた。
 唇を噛まれて、瞼を上げる。
 目元を赤くした士郎の顔が間近にある。琥珀色の隻眼が滲んでいるように見えた。
「エッロい顔してんじゃねえよ……」
「フン、お前に言われたくはない」
 言いながら、エミヤは士郎のうなじを引き寄せる。
「なに、その気になってんだ。しねぇぞ」
「なんだ、その気ではなかったのか、それは残念」
「ア、アンタなっ!」
 噛みつく士郎に、エミヤはニヤニヤと笑う。
「ところで、じきに魔力が流れてくるのだろうな?」
「う……、ああ、大丈夫だ」
「では、おとなしく待つとするか」
 そう言ったものの、エミヤは士郎を放さない。
「おい……」
「なんだ」
「放せ」
「……まあ、少し我慢しろ」
「は? なに言ってんだよ! 放っ――」
 さらに抱き込まれた士郎は言葉を切った。諦めたのか、されるがままで、じっとしている。
 エミヤはうす曇りの夜空を見上げた。天上に星は見えない。だが、街の明かりが星の海のようだった。
「なあ、エミヤ……」
 士郎の声が聞こえる。
「あのさ、俺に……」
 続く声が聞こえない。何度も士郎が言いかけては、やめている言葉があることにエミヤは気づいている。
(それほどに言いにくいことなのだろうか……?)
 今さら隠すことなどないはずだ、あんなことまでやってのけて、と思うが口にはしない。
 士郎が言いたくなったら言うだろう、とエミヤは待つことにしている。士郎の気持ちに整理がつくまで、士郎の心が決まるまで、と。
 抱き寄せて、髪を梳く。強張っていた士郎の身体から次第に力が抜けていく。
「エミヤ……俺は……」
 小さな声は寝言のように不確かだ。
「士郎?」
 すぅ、と寝息が聞こえる。
「…………」
 寝言だったか、と笑みが漏れた。
 士郎を抱き上げ、ベッドへ運ぶ。そのまま士郎とともに横になる。
 何をしているのかと自分自身でも呆れながら、エミヤは士郎を抱き込んで目を閉じた。


「……なぁにを、やってんだ、てめぇ」
 低く唸る士郎に、エミヤは目を開ける。
 カーテンを引くのを忘れていた窓の外には、眩しいほどの青空が見えている。
「魔力が流れてくるのを待っていただけだ」
 淡々と告げると、士郎は、ふざけるな、と振り返る。
「魔力流すのに、こんなことする必要、ねえんだよ!」
 背後からがっちりとホールドされた自分の身体を指さして、士郎はこめかみを引きつらせている。
「だが……」
「なんだよ」
「温かい、ので」
 エミヤが士郎の肩に再び顔を埋めると、士郎は不自由な身体で暴れ出す。
「ふざっけんな! 寒いんなら、布団着ろ! 布団!」
「九月だぞ、寒くはない」
 がし、とエミヤの額を士郎の左手が掴んだ。ブレーンクロー状態だ。
「士郎、何をし――」
「支離滅裂が、過ぎんだよ、てめぇ……」
 ぎぎぎ、と士郎の手に力が籠もってくる。
「士郎、私の頭を割るつもりか?」
「やぶさかではない」
「…………」
 エミヤは降参だ、と士郎から腕を放して身体を起こす。
「魔力は大丈夫か?」
 寝ころんだままで士郎は訊いてくる。
「問題ない」
「まだ少ないだろ? もう少しの間、我慢してくれ」
 まるですぐに増やすとでも言っているみたいで、エミヤは首を捻る。
「家に着いたら、もう少しちゃんと調整し直すから」
「了解した」
 全ては理解していないもののエミヤは頷く。そして、士郎の右腕を取った。
「痛みはないな?」
「ああ。変な動かし方、しない限りはな」
 士郎の右腕と右脚は、ある程度ほぐして無理にでも動かさなければ役に立たない。起き抜けにマッサージ的なことをして、士郎はいつも身体を馴染ませてから魔力を流しているのだ。