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「FRAME」 ――邂逅録4 彷徨編

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 監察官は、どうにかして監視下に置け、とでも上層から支持されているんだろう。やり方が、本当に、意地汚くなってきている。重箱の隅をつつくような内容だったり、言葉責めだったり、触れられたくない傷は誰にだってあるものなのに、それをあからさまに非難したり……。
 同情してしまう。
 僕とたった三つしか違わないのに、彼は世界から命を狙われ、今、こうして弾劾されて……。
 彼が何をしたというのだろう?
 彼は本当に人を助けようとしていただけなんじゃないのか?
 そんなふうに思えて仕方がない。身体の傷も、そのせいで負ったのだと思う。
 衛宮士郎は、右腕と右脚が動かない。それに右目もだめだ。
 ここへ来た当初、身体測定と検査があった。
 彼の傷を目の当たりにした時は、僕は本当にゾッとした。右顔面と右脇腹の酷い傷痕、右脚はどうにか普通に見えるが、左脚に比べて細い。そして、右腕は見た目にわかるほど歪んでいる。
 理由を訊くと、右腕に魔力を流したのが最後だからこうなった、と彼は淡々と説明した。
 僕より三つ下で、同じ日本に生まれ、同じ時計塔で学んでいて、どうして彼と僕は違うのだろう。
 どうして彼はこんな傷を負う目に遭ってしまったのだろう。
 考えはじめると、僕は調査に必要な冷静さを失いそうになった。


 車椅子を押して監禁部屋へと衛宮士郎を連れて戻る。連日の聴取で疲れているんじゃないかと思い、つい声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「なんともない」
 衛宮士郎は少しだけ僕に笑いかけてくれるようになった。監察官よりは僕の方が彼と年が近い。だから、親近感を持ってくれたのか、気を許してくれたのか、僕にだけ、小さな笑みを見せてくれる。それが、なんだかうれしい。
 ドアの前に着き、僕の腕輪の認識コードで解錠し、ノブを引くと、勢いよく扉が開いた。
「わっ」
 もう少し前にいたら、きっと扉でどこかしらをぶつけただろう。
「衛宮士郎、無事か?」
 扉を開けたのは、彼の使い魔だ。こいつは、空港にいる時からいけ好かなかった。
 衛宮士郎の使い魔のくせに、遠坂女史と対等に話をし、監察官にさえ突っかかる。
「ああ、平気。いつもの長いお話だけだ」
 立ち上がる衛宮士郎の腕を掴み、
「そうか」
 と、明らかにほっとした顔をして、衛宮士郎の腰に腕を回して支えている。
 ムッとした。
 その慣れた手つきが。
 視線を上げると、使い魔は僕を見ている。その、こちらを観察するような視線に耐え切れず、僕は目を逸らした。
 ドアが閉まる。オートロックがかかり、部屋は完全に閉じられた。
「密室に……二人……」
 いや、正確には、一人と一体だ。
 いや、それ以前に、監視カメラと集音マイクが部屋には取り付けられている。完全な密室じゃない。
 あの使い魔に衛宮士郎を取られた気がした。
 ぶんぶん、と首を振って、おかしな気分を振り払おうとする。
 僕は何を考えているんだろう。彼はただ、調査する対象、それだけだ。あの部屋であの使い魔と何をしていようと、僕には関係ない。
 踵を返し、仕事に戻る。
 彼と出会ってから、僕はおかしい。なぜかモヤモヤすることが多い。
 最初は衛宮士郎に肩を貸して、部屋と調査室とを行き来していた。
 そのうち、身体が触れ合うことがためらわれて、肩を貸すのがやりにくいと思いはじめていたころに、監察官が車椅子を用意してくれたのは、本当に助かった。
 僕には願ったり叶ったりだ。衛宮士郎に触れると、どうにも自分が落ち着かない。だから、初めて監察官に感謝した。
 だけど、部屋に送り届けた衛宮士郎を、あの使い魔に奪われるように引き渡すのが、とても腑に落ちない。
 なんだか、僕はあの使い魔に嫉妬しているみたいだ。
 あり得ない……。
 そんなわけがない。そう思うのに、モヤモヤがおさまらない。
 それから数日して、使い魔もともに取り調べをすることになった。
 僕に理由はわからない。ただ、監察官が何か企んでのことだろうということはわかっていた。
「エミヤ、連れってってくれよ」
 衛宮士郎が笑みながら使い魔に腕を伸ばした。
 どうして?
 僕は混乱した。
 肩を貸してはいないけど、彼の車椅子を押すのは、僕の役目。
 どうして、その使い魔に手を伸ばす?
 悔しくて仕方がない。
 僕が見たことのない笑みを浮かべて、衛宮士郎は使い魔に横抱きにされている。
 なんだ、このモヤモヤ……。
 正直、彼女と別れた時みたいな空虚感を覚えた。
「なあ、エミヤ、魔力、足りてるか?」
 背後で聞こえた声に、僕は振り返ってしまった。振り返らなければよかった。
 衝撃で、僕の身体は硬直してしまった。
 使い魔に抱えられた衛宮士郎の、まるで恋人同士のような濃厚なキスシーンを見せられた僕は、血の気が失せていった。
 気持ち悪い、だとか、不潔、だとか、そういうことじゃなく、僕は裏切られた、と思っていた。
 呆然自失のまま調査室に入り、そこでの、二人の仲睦まじい様子に、思わず椅子を蹴って立ち上がってしまった。
 ちらり、と僕を見た使い魔の目が、お前など必要ない、と言っている気がして……、本当に僕はどうかしている。
 その時から、僕は衛宮士郎と距離を取るようにした。
 近くに寄れば何をするかわからない、と自分が信用ならなかったからだ。
 僕が彼を避けるようになっても、別段、彼の態度は変わることはない。ということは、初めから僕など眼中になかったということだ……。
 数日後、衛宮士郎は監視下から解放された。
 最後まで僕を見てもいなかった衛宮士郎に、僕は昏い感情を抱いた。
 僕に気づかせてやる。
 僕を見るように、仕向けてやる。
 あの琥珀色の瞳に僕を映すように、ここへ、連れ戻してやる。
 監禁部屋に取り付けられていた監視カメラの映像と音声を全てコピーして持ち帰り、粗を探した。僅かでもいい、何か証拠になるようなことを話していないか、と。
 けれど、何も出てはこない。彼らは自分たちに不利になるような行為も会話も、一切していなかった。
 ただ僕は打ちのめされただけだ。映像に残る衛宮士郎とあの使い魔に、信頼し合った特別な関係だということを見せつけられただけだったから……。


 チャンスはあらぬ方からやってきた。
 遠坂女史が、衛宮士郎が国外に出ようとしていると突き止めたのだ。
 やはり、彼女は優秀な魔術師だ。元同級生である衛宮士郎にも、情けをかけることをしない。
 僕も調査員として同行させてもらった。
 大きな武家屋敷に土足で踏み込み、衛宮士郎の使い魔を捕縛し、彼自身も監視下に置いてやると意気込んだ。
 そう意気込んでいたはずなのに、僕たちは失敗した。
 衛宮士郎は使い魔を座に還して、魔術師のオモチャにはさせないと、あの使い魔を守り、そして……、琥珀色の瞳を切った。
 これで満足だろう、と衛宮士郎は僕たちに嘯いた。
 誰も反論できなかった。
 彼の言は、初めから一貫して筋が通っていたのだ。
 真っ当な理由もなく力づくで抑えつけることを、彼は真っ向から否定した。僕はその時気づいた。彼はずっと、そういう“力”を相手に闘っていたのだと。