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「FRAME」 ――邂逅録4 彷徨編

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「あいつ、なのか……? お前に、色々なことを教えたのは……?」
 愕然とする。
 己が何に衝撃を受けているのか、エミヤにはすぐに理解できない。
「なん……、わ、私は、いったい……」
 焦げつくように胸が熱く、息苦しい。
 あいつと何を話した?
 あいつと笑い合った?
 あいつとずっと過ごしていた?
 あいつと何をした?
 あいつとキスをしたのか?
 あいつに触れさせたのか?
 あいつに……抱かれたのか?
「っ……」
 益体もない考えが一気に溢れる。天を仰ぎ、エミヤは両手で顔を覆った。
「嫌だ……」
 どうしようもなくあの男に嫉妬をしている。
 ためらいもなく抱きしめ、愛しいとほざく、あんな男に……、と。
 悔しいのは、会えないから、言えなかったから、あんな外聞もなく士郎を抱きしめることができなかったから……。
「オレが……っ、オレの方が、お前を求めている! お前を欲している! こんなにも、こんなにも……」
 ここにいる限り、会うことも叶わない士郎を、ずっと想い続けている。あんな男に負けてなどいない。あんな、軽そうな、どこにでも女を囲っていそうな男に。
「私は……お前を……?」
 指の合間から血気に覆われた空が見える。
 いつからだろうか、とエミヤは思い返す。だらりと手を下ろした。
 顔を下ろし、ふ、と笑う。
「ああ、そうなのか……、私は……お前を愛してしまったのか……」
 求めすぎて、追いかけすぎて、探しすぎて、彷徨いすぎて……。
「お前のことしか、考えられない、とはな……」
 自嘲の笑みを浮かべたエミヤの頬を雫が滑った。
 驚いて掌で受ける。ぽつ、ぽつ、と落ちる水滴を見て、苦笑する。
「お前を想って、この私が……涙など……落とすとは……」
 呟いて、深呼吸をして、エミヤは再び顔をあげた。
「士郎、お前に謝りたい、それから、お前に伝えたい」
 この気持ちを、この、己ではどうすることもできない想いを。
「お前は……応えてくれるだろうか……」
 エミヤは夢見るように呟いた。



 アフリカの紛争地で“仕事”を終えたエミヤはいつものごとく士郎を訪ね歩く。
「ぼく、知ってるよ」
 白い歯を見せて笑った少年にエミヤは驚く。
 川に水を汲みに来ていた少年は、エミヤが士郎を訪ね歩いていることを知ったらしい。誰もいない所を見計らって、声をかけてきた。
「魔法使いのお兄ちゃんのことでしょ?」
「魔法……」
「手から剣を出して、ぼくを助けてくれたんだよ!」
 にっこりと笑った少年に、エミヤはそれが士郎だと確信した。手から剣を出すなど、魔術師ならできる者もいるだろうが、明らかにこういう土地で、そういうことをした者ということならば、士郎でしかあり得ない。
「お父さんと、お母さんが殺されて、ぼくもナイフで刺されそうだったんだ、そしたらね、お兄ちゃんが、変な形の剣で、守ってくれたんだ!」
 少年はキラキラと瞳を輝かせる。
「おばあちゃんは信じてくれないんだけど、ぼく、嘘なんかついてないよ。ぼくは、お兄ちゃんに……、あ、あ! な、ナイショだったんだ! あ、き、聞かなかったことにして!」
 お願い、と少年に懇願されて、エミヤは片膝をつく。
「その剣は、こういうものだったか?」
 外套の中で莫耶を投影し、少年にそっと見せる。
「そう! こ、これ!」
 言ってしまってから、ハッとして少年は両手で口を押さえた。
「大丈夫、誰にも言ったりはしない。私のことも内緒にしておいてくれ」
 指を立てて口元に当てたエミヤに、少年は羨望の眼差しを送る。
「お兄ちゃんのお友達なの?」
「ああ」
 にっこりと笑ったエミヤに、少年も笑った。
 走り去る少年を見送り、エミヤの心に温かいものが灯った。
「士郎……」
 座に引き込まれながら、エミヤは微笑を浮かべた。
 剣の立ち並ぶ荒野に戻り、エミヤは目を伏せる。
 士郎には会えなかったが、士郎が助けた少年と会えた。
 まだ、繋がりを感じる。
 そして、士郎を想う気持ちがまた大きくなっていく。
 今は素直に愛しいと思っている。士郎の足跡を一つ知った。それだけで、気持ちが浮き上がるようだった。
 士郎のいる世界へ再び召喚されることを願い、エミヤは何千、何万と召喚を繰り返す。行く先々でエミヤシロウを訪ね歩き、座に戻る瞬間まで必死に探した。
 焦燥は常にあり、追慕は募るばかり。
 どうしようもない苛立ちに、座に戻れば乾いた土に拳を打ちつけ、憤っては、まだ終わっていないと、顔を上げる。
 疲弊などしない、擦り切れたなどと、思わない。
 そうでなければ、この滾りの説明がつかない。こんなにも胸が熱く、求めている。
「士郎……」
 その名を口にして、歯車に覆われた空を仰ぐ。
「お前と青い空を見るまでは、諦めはしない」
 決意をこめた鈍色の瞳は、真っ直ぐに求める者だけを見据えていた。



 繰り返し、繰り返し。
 終ることのない殺戮。
 終ることのない焦燥。
 終らない、彷徨。
 慟哭は誰の耳にも届かない。
 想いをこめた呼び声を伝えることもできない。
「は……」
 座に戻ったエミヤは、崩れ落ちるように膝をついた。
「士郎……」
 血気に染まる空を見上げ、片腕を目元に載せる。
 見つからない、手がかりもない、気配すらない。
 このところ、時も場所も全くかすりもしない。
(この手で触れたのはいつだ、この腕に抱きしめたのは、口づけたのは……。本当に、私は士郎と過ごしていた……? いつまで? いつから? いつのことだ? この手で、私は本当に抱きしめたのか……?)
 両手を見つめる。覚えているはずのことすらわからなくなりそうで、エミヤは歯を食いしばる。
「士郎……、私は……」
 会えないということが、その存在すら感じられないことが、これほどに苦しい。
 殺戮を繰り返す記憶など、いくらあっても動じない。ただ、士郎との記憶を苦しさから忘れようとしていることが恐ろしい。
「忘れる……わけがない!」
 くだらない言い合いも、笑い合ったことも、何度もキスをして、わけのわからない不安に駆られて一晩中抱きしめていたことも、何もかもが己の内に、脳裡に、この身体に刻みこまれている。
「ああ、そうだ、私はまだ、お前の全てを知らない。お前が何を思い、何に泣いたのか、あの暁の空に、お前は何を思って手を伸ばしたのか……、私は何も知らないのだ……」
 士郎、とその名を口にする。
「どんなに時を費やそうとも、必ずお前に会いに行く。待っていろ、士郎、必ず、傍に戻る」
 エミヤは立ち上がる。
 しっかりと足を踏みしめて、大きく息を吸う。
 不意に身体の一点を引かれる。次第に引かれる点が増えていく。身体のあちこちに糸の先端が貼り付いてきて、引っ張られる感覚。
 召喚される時はそうやって現実世界へと連れて行かれる。
(次の仕事か……)
 次こそは見つけ出せるだろうか?
 次こそはその痕跡を感じられるだろうか?
 弱気になる己に苦笑いを浮かべる。
 身体中に糸が貼り付いてくる、その瞬間、目の前に開いた穴に、ずぼ、と飲み込まれた。
(この感覚は……)
 エミヤは知っている、この感覚を。この感覚は三度目だ。
 一気に肉体が作られて、重力を感じる。