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「FRAME」 ――邂逅録4 彷徨編

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 画像を送る。思えば画像の再生をするのは初めてだった。机にしまったままで、この家に帰る機会を失い、表から裏へと転がり落ちたような日々を送って、すっかり忘れていた。
「これ……」
 覚えのない写真がある。
 夜明けの空に手を伸ばして、薄紫の空を見上げる自身の陰になった姿が写っている。
「アイツ……」
 勝手にこんな写真を撮りやがって、と士郎は少し笑い、そして沈黙した。
 左手で口を押さえ、こぼれそうな嗚咽を飲み込んで立ち上がる。
「行こうか……」
 歩いてみるか、とエミヤが答えてくれた光景を探しに。
 士郎は押入れから準備途中のリュックサックを引きずり出した。
 中には二人分のアウトドアの用具が詰まっている。足りない消耗品を買い足せば、すぐにでも出発できる。
「行こう。ここにいても遠坂の言う通り、腐るだけだ」
 士郎はようやく顔を上げた。



「あの、お連れの方は、今日は?」
 突然訊かれて、士郎は答えに窮する。
 旅支度をはじめた士郎は、新都のアウトドアショップを訪れていた。
 声をかけてきたこの店の店長に、連れの方、と訊かれ、以前、エミヤと二人で訪れたこの店で結構な長居をしたことを思い出した。
 メモに記した物だけを買う予定で、そんなに買い揃えるつもりはなかったのだが、やはり、新しいものに目が行ってしまうのは仕方がない。結局、携帯食器は二人分買い揃えた。
 その他にも、あれやこれやと選ぶのにエミヤと意見がぶつかり、店員や、たまたま居合わせた山岳愛好家の客も交えての話し合いになり、気がつけば閉店間際、ということがあった。
「あ、あの時は、長居をしてすみませんでした。えと、今日は……、一人です」
「い、いえいえ、かまいませんよ。そうですか、今日はお一人……」
「あの、何か……」
 士郎が訊くと、店長は迷いながら口を開く。
「その、あの時にですね、お連れさまからサイズの違うトレッキング用の靴を注文可能かとご相談いただきましてね」
「え……? あ、そ、そうなんですか……」
「あの時は、即答できかねたのですが、メーカーへ問い合わせたところ、取り寄せで時間はかかりますが、対応は可能ですと、お伝えいただけますか?」
「あ、あ、はい……」
 エミヤがそんなことを訊いていたのだ、と士郎は驚いた。
 そういえば、と思い出す。士郎が右足の靴に中敷きを入れてサイズを調整していたのをエミヤは見ていた。
(あんな……些細なこと……。俺、なんにも、言ってないのに……)
 サイズ違いで靴があれば、などと漏らした覚えはない。あの時はエミヤも何も言っていなかった。
 だがエミヤは、士郎の右足が左に比べてサイズダウンしていることに気づいただけでなく、サイズ違いでの購入が可能かどうかも確認を取っていた。
 店を出て家路をひとり歩く間、士郎はエミヤのことばかりが思い出されて、危うく回路と魔力量を何度も乱しそうになった。
 エミヤは士郎との旅を真剣に受け止めていたのだ、とわかる。
 近場への旅行ではなく、“探す”旅だ、行く当てなどあってないようなもの。だからこそ、サイズの合わない靴では士郎が足を痛めてしまうのではないかとエミヤは慮ったのだろう。
 やっとのことで家に付き、静まり返った居間に入って膝を折る。
「は……、アーチャー……」
 うれしさがこみ上げる、寂しさに打ちのめされる、優しさが胸に沁みる。
 泣けばいいのか、笑えばいいのか、士郎はもう、わけがわからない。
「アーチャー……、バッカやろ……、ほんとに……」
 こんなに俺を動揺させるな、と文句を言いたい。
 回路と魔力量が乱れて大変なんだぞ、と、山ほど文句をたれてやるから出てこい、と。
「出てきたら、うんざりするほど、バカだと言ってやる! それから、抱きついて、キスを……してやるよ……」
 声が勢いを無くす。
「バカは……俺か……」
 今さら気づいて、今さら悲しくて仕方がない。
「アーチャーの、バカやろう……」
 声はほとんど音にならない。
 座に還って、記憶を取り戻して、大丈夫だろうか、とずっと気がかりだ。
「悪かったよ……、相談も無しに還してしまって……、ほんとは、ここに、いてほしかったよ……、俺の、傍にさぁ……」
 だが、それはやってはいけない、と士郎は知っている。
 エミヤは守護者で、士郎の願いに応えるような存在ではない。
「少しの間だったけど、俺の人生にとって、アーチャーとこの家で過ごした時間が、一番幸せだったよ……」
 今となっては取り戻せない時間だ。
「“仕事”、がんばってんのかな……」
 魔力を止めて、視界を無くす。
 エミヤの面影が浮かぶ。
 達者でと言った笑顔も、縋るように呼んでくる表情も、口づける甘い顔も、抱きしめてきて安心したような顔も。
「忘れられないな……」
 呟いて、小さく笑った。



***

「こんなものかしら?」
 凛は集めたものを鞄から取り出して並べる。黒っぽい服、靴、マグカップ、箸、お玉、鞄から出てくるのは日用品ばかり。
「それから、これよね」
 布で巻かれた長い物体を取り出し、その布を外していく。中から出てきたのは、夫婦剣だ。
 調査資料として必要だから、と士郎に何度も頼んで、ようやく投影してもらったエミヤと同じ夫婦剣。
「士郎がなかなか投影してくれないから、どうなることかと思ったけど」
 対の剣を、床に描いた魔法陣の中心に置き、鞄から出した様々をその周囲に並べていく。
「これでいいわよね。アーチャーの服に、靴に、カップに、お箸、お玉はちょっとわからないけど……」
 エミヤが使っていた様々を確認しながら凛は頷く。
「それから、剣。これがあれば、確実よね」
 聖杯戦争の時に凛とエミヤを繋いだペンダントは返された。したがって凛とエミヤを繋ぐ物はもうない。ならば、と凛は、エミヤシロウを繋ぐ物を、と士郎の投影した干将莫邪を据えた。
 夫婦剣はエミヤシロウの剣。使い慣れた剣ならば、必ず効果はある、と凛は願いを込めて詠唱をはじめる。
(これで来てくれなかったら、ほんっと、許さないわよ、アーチャー!)
 念じて凛は目を閉じる。
 呪文が編まれていく度に魔力が高まっていく。
 何もない空間から生まれて膨らんだように、ぶわ、と魔法陣の中心から風が起こる。赤光に室内が包まれ、凛は片目を開けた。
「っ!」
 赤い光の中心に影が見える。長身の立派な体躯、翻るのは赤い外套。
 思わず凛はガッツポーズを取りそうになった。詠唱を唱え終わり、風が次第に緩くなり、やがて止まる。
 魔法陣の中心に立つ姿に、凛は、ほっと息を吐いた。
「久しぶりね、アーチャー。いいえ、英霊エミヤ、と呼ぶべきかしら?」
 笑いを含む声に瞼が上がり、鈍色の瞳が凛を捉える。
「凛……」
「覚えていてくれて、うれしいわ」
 にこり、と凛が笑うと、エミヤは柔らかな笑みを浮かべた。
「ところで、凛、このガラクタは、なんだ?」
 足元に転がる割れたマグカップや折れた箸、柄の曲がったお玉などを見て、エミヤは首を傾げる。
「あ……、あははははははー」
 凛は笑って誤魔化した。そうして、ささっと鞄にガラクタを詰め込み、
「行きましょ」
 と何事もなかったように歩き出す。