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「FRAME」 ――邂逅録4 彷徨編

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 どこに、とは訊かず、エミヤは霊体になって凛に続いた。

「ちょっと、ビックリするかもしれないけど、あなたはそのままでいいわよ」
 凛は自宅を出て坂を下っていく。
『そのまま、とは?』
 霊体のエミヤは凛に続きながら訊く。
「うん、いろいろあってねー。だけど、あなたがいれば、士郎も少し前を見ることができるんじゃないかって思うの」
 武家屋敷の塀が見えてきて、凛はふと首を傾げる。
「訊かないの? 士郎に何があったのかって」
『……まあ、衛宮士郎のやることだ、どうせロクなことではないのだろう』
「ふふ、ま、そうね」
 足取り軽く、凛は衛宮邸の門を潜った。
「士郎ー」
 凛はインターホンも押さず、勝手に鍵を開けて衛宮邸に入っていく。
「今日はビックリするわよー」
 居間に向かった凛は、静まり返った室内を覗き、すぐに廊下を奥へ進む。
「士郎ー?」
 返事がないのはいつものことなので、凛は気に留めなかったが、いつも士郎が座っていた縁側は、雨戸が閉まっていて真っ暗だった。
「あれ……?」
 凛はしばし、状況が飲み込めず立ち尽くす。
『凛、衛宮士郎の気配は無いが?』
 その声に凛はハッとして居間に舞い戻る。
 暗いままの居間を見渡し、台所へ入って何もかもが片付けられていることに息を呑み、次いで、どうか当たらないで、と念じながら冷蔵庫を開ける。
 中は空っぽ。ライトのつかない冷蔵庫は冷気を残しているだけだった。
 凛の予感は的中した。
「どこに……行ったのよ……」
 凛は愕然と呟く。
 普段は閉めることのない雨戸が閉められている。冷蔵庫すら電気を通していないのなら、ブレーカーを落としたということだろう。
 家を長く空けるか、もしくは帰らないつもりか。
「あんな身体で、どこに行こうっていうのよ!」
 冷蔵庫の扉を、ばん、と叩き、凛は項垂れる。士郎の行きそうなところを必死に思い出そうとするが、時計塔を出てからは、士郎のことは全く知らないに等しい。
 唇を噛みしめていると、小さな電子音が聞こえ、顔を上げた。
 カウンターの側に立つエミヤが何かを手にして操作している。
「なに、それ?」
「カメラだ。衛宮士郎が置いていったか、忘れていった物だろう」
 後者だろうがな、とエミヤは画像を送っていく。
「写真が残っているの?」
 凛がエミヤの手元のカメラを覗き込む。三年ほど前の日付だった。
 ピ、ピ、と電子音とともに画像が送られていく。景色や軍人のような格好の数人と、そして、
「こ、これ!」
 凛はエミヤを見上げた。
「士郎と、アーチャー? どういうこと? あなた、士郎とこんな前に、会って……」
 凛の声は萎んでいく。
 一心に液晶画面を見つめるエミヤの横顔は、少しだが微笑を浮かべていた。
「アーチャー、士郎を探して!」
 凛はきっぱりと告げた。
「士郎を見つけて! それで、もう、戻らなくていい! 士郎と契約して!」
「凛、何を……」
 驚くエミヤの背中を押して、凛は居間から追い出す。
「いいの! 士郎と契約して! もう帰ってこなくていいの!」
「凛、いったい、何を言って――」
「士郎をお願い! あいつ、もう両目とも見えないのよ! 日常的なことは魔力と感覚を研ぎすましているからできるけど、もう何も見ることができないのよ!」
 凛の声は震えていた。
 魔力を使って見ているだけで、士郎の瞳はもう何も映さない。どれほどに士郎が見たいと思っても、それは、もう士郎には二度と叶わぬ願いだ。
「凛、喚び出してくれたことを、感謝する」
 エミヤは凛にカメラを手渡す。
「それから、操作がわからないからといって、壊すなよ」
「わ、わかってるわよ! このカメラなら使ったことがあるもの、操作方法くらい知ってるわよ!」
「そうか、安心した」
 ふ、と笑ったエミヤは消えた。すぐに気配もわからなくなる。
「じゃあね、アーチャー。士郎をお願い」
 凛はカメラの画面に目を落とした。そこには、再生のはじまった動画が映し出されている。
「ふふ、笑ってる……」
 画面の中の二人は、まるで数年来の友人のようだった。
 電子音とともに画像を送る。
 エミヤの肩を無理やり組んで、士郎が自撮りしたようなショット。
 フレームになかなか入らなかったのか、数枚の失敗した写真が続き、エミヤが手を伸ばしたことがわかるショット。そして、二人の不遜な笑顔が切り取られた写真が続いていた。
「こんな時間……、過ごしていたのね……」
 凛は、知らなかった、と小さな笑みを浮かべる。
 画像を送り、最後の一枚の写真を見て、凛は息が詰まった。
 写真に納まるのは士郎のシルエット。ならば、これを写したのはエミヤだ。
 夜明けの空に手を伸ばす士郎を、エミヤは切り取るように、カメラに納めたのだろう。
 何よりもエミヤが求めたのは、その瞬間だったに違いない。召喚時には記憶を残していないエミヤにとって、その光景は、その瞬間は、ただ忘れたくないものだったのだろう。
「聖杯戦争以外の記憶は持っていなかったのよね、アーチャーは……。だったら、士郎だけが覚えていたってことで……」
 凛はやるせなくなってきて、カメラをカウンターに置いた。
 畳の上に置いていた鞄から、持ってきたガラクタを取り出す。
(自分と過ごした記憶のないアーチャーに、士郎はどんな気持ちで接していたんだろう……。それに、アーチャーは、記憶がなくても、何かを感じていたはずで……)
 凛は壊したマグカップや箸を修復しながら気づく。
 エミヤは画像を見て笑っていた。
「あれは……?」
 凛は確信を持った。
「ほんっと、失礼しちゃう」
 なんにも知らないと思って、と凛は衛宮邸からこっそり拝借したエミヤの使っていた日用品を片付ける。
「剣の方は士郎が帰ってからでいいかしらね」
 肩にかかる黒髪を片手で払い、凛は玄関へと向かう。靴を履きながら、何やら腹が立ってきた凛だった。
「もう! 私をバカにするのも、いいかげんにしてよね!」
 玄関を出て、空に向かって吠え、凛は衛宮邸に鍵をかけた。
 士郎から半ば強引に奪った合鍵とカメラと自宅に置いてきた夫婦剣は預かっておこう、と凛は歩き出す。
「帰ってきたら、返すわよ!」
 誰にともなく言い訳して、凛は清々しい気持ちで、武家屋敷を後にした。



***

 国際線の出発ロビーを見渡す。
 だが、それらしい姿が見つからない。平日だが人が多く、エミヤにも少し焦りが出てきた。
「士郎……」
 思わず口を突いて出た名は、ずっと呼び続けた。座に在る時も、召喚された時も。
 探し続け、求め続けた存在が、今、この世界、この時間、この近くに確かにいるのだ。
「今までとはわけが違う、必ず見つけられるはずだ」
 どこに行くという情報はない。
 しかし衛宮邸の様子から、士郎は今朝、家を出たようだった。ブレーカーは落とされていたが、冷蔵庫はまだ冷たさを保っており、凛よりも先に衛宮邸を探ったエミヤは、浴室にまだ湿気が残っていたことを確認している。
「この空港に、まだいる」
 確信を持ってエミヤは呟く。