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「FRAME」 ――邂逅録5 蒼天編

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 言い逃れを許されない状況でなければ、士郎は口を割らない。
(魔術協会の取り調べでさえのらりくらりとかわして、まんまと無罪放免を勝ち取ったのだ、自身を偽ることに士郎は長けていると思っておいた方がいい……)
 腹を決めたエミヤは、星の瞬く夜空を見上げた。


 翌日の昼食後、いつものようにエミヤは買い出しに行くと言い、玄関を出てからすぐに霊体で部屋に戻った。
 士郎はエミヤを見送った時と同じく、部屋の真ん中あたりにつっ立ったままで、ぼんやりと窓の方を見ている。
 不意に左手を上げたかと思うと、口を押さえ、少し前屈みになって歩き出した。次の瞬間、派手に転んでいる。
 思わず、飛び出してしまいそうになる己を抑えこみ、エミヤは息を潜めた。
 身体を起こし、そのまま右脚を引きずって這うようにトイレへ士郎は向かう。ようやくトイレに入った士郎は、吐き続けていた。
(あの時と、同じ?)
 少し慣らしてみようと、ともに買い物に出た時と同じ症状に思えた。すでに回路の調整は終わったと士郎は言っていたが、あの時も調整が乱れて、突然、倒れ込んだ。
(何が原因だ?)
 これは回路や魔力量だけのことではないかもしれない。士郎に訊かなければ真実はわからないが、なんらかの要因で回路や魔力量が乱れているのだとすれば、いくら調整がうまくいっていても、いつまでも士郎の身体は思うようには動かない。
 霊体化しているとはいえ、契約している使い魔の気配にも気づかないほど、士郎の能力は低下している。これは、調整云々だけのことではない事態だ。
 吐き出すものが無くなったためか、士郎は部屋に戻ってくる。顔色は真っ青だった。
(私が帰ってきた時には、欠片もこんな姿を見せない……)
 胃が痛むのだろうか、腹を手でさすっている。右脚を引きずりながら、士郎は窓の方へと歩いていった。
 窓に手をついて、緑光の瞳で通りを見つめている。
「アーチャー……」
 微かな声で、泣きそうな横顔で、呟く士郎がいた。
 まるで籠の鳥のように、まるで手の届かない存在を呼ぶように、士郎は“アーチャー”と己を呼んだ。
(っ……)
 エミヤはそのまま玄関をすり抜け、実体となって壁に背を預ける。
(士郎は、あんなふうに私を呼ぶのか……?)
 驚きが隠せない。震える手で、口を押さえた。
 エミヤ、ではなく、アーチャーと呼んだ。いつもはエミヤと呼ぶ。アーチャーと呼んだのは、最初と、二度目と、セックスをしたとき。それから、何か咄嗟の時。
 意識して士郎は、エミヤと呼んでいたのだろうか。
(いや、私がエミヤだと言ったから……か……)
 アーチャーと呼ぶ士郎を二度指摘した覚えがある。
「だからといって、呼びたいように呼べば済む話ではないのか……?」
 今となっては呼び方など、どうでもいいとエミヤは思っている。士郎が呼ぶのであれば、アーチャーでも、エミヤでも、全く別の名でもかまわないとさえ思う。
 凛は惜しげもなくアーチャーと呼ぶのだ、それを知っているはずなのだから、士郎も呼べばいい。
「なんのこだわりだ。まったく……」
 アパートの階段を下りて市場へと向かう。
 胃に優しい献立を考えながら、エミヤの頭には、士郎の横顔がずっとちらついていた。あんな顔で引き留められたなら、背を向けることすらできない。
 どうして士郎は、それを己に見せないのか、と憮然とする。
(何を我慢している、我慢などもうすることはないというのに……)
 いや、と、エミヤは首を振る。
(士郎は、初めから諦めている……)
 取りこぼして残る一握りすら、受け止めることを諦めている。最初から手を伸ばそうとしない。
 何がそうさせるのか。全てを失ったからだろうか、あんなふうに仲間を失ったからだろうか。
 後悔などしないと言い、己の道を間違いではないと言った士郎が、全てを諦め、空っぽになってしまったのは、やはりあの経験からだろうか。
 はっきりとした原因はエミヤにはわからない。
 エミヤが契約を望んでも士郎は、すぐには首を縦に振らなかった。ダメだと言って、英霊を縛るわけにはいかないからと言って……。
「すでに私は雁字搦めだというのに……」
 エミヤは苦笑いを浮かべた。
 士郎を想えば想うほど、身動きができなくなって二の足を踏んでいるのだ。エミヤには今さら縛られる云々の話ではないのだ。
 想っていても触れられない。それがどんなに苦しいことか、と士郎に訴えたいくらいだ。
 触れてはだめだ、抱きしめてはだめだと我慢をして、夜に街をぶらつくことはもう、ほぼ毎日だ。
 エミヤは士郎を大切に思うがゆえに、士郎と距離を取った。傍にいては何をするかわからない。なにせ、ここには隔たりも、遮るものも、障害もないのだ、エミヤはどうしようもなくなってしまう。
 だから、己を求めているのなら、素直にその想いをぶつけてほしいと思う。
「お前は、どうして……」
 何も言ってくれないのか。あんなにも求めていながら、どうしてその想いを己にぶつけてはこないのか。
 エミヤは口惜しい。それほどに己は、頼りがないか、不甲斐ないか、と。
「いや、そういうことではないのだろうな……」
 何も訊くことができない己も、士郎をとやかく言える立場ではない、とエミヤは自嘲する。
(今夜だな……)
 エミヤは心を決めて、とにかく買い物を済ませてしまおうと足早に通りを歩いた。



***

「出てくる」
 その夜も短く言ってエミヤは出ていった。表の通りを歩いて夜の闇に消えていくその姿を、士郎はしばらく追っていた。
 窓から見える夜の街は、薄くぼんやりとしか見えない。今は魔力をあまり目に使っていない。立っているので、右脚だけに魔力を流している。
「存在を……縛って……信念まで……奪って……」
 俯くと涙がこぼれ落ちた。
「なに……やってるんだ……俺……」
 窓枠についた拳を握りしめる。
 泣きはしないと決めた、あの時に。
 どんなに辛いことがあっても、泣いたりはしないのだと、士郎は誓った。
 なのに、何を泣いたりしているのか。
 士郎は唇を噛みしめる。
(こんな、恵まれた状態で、みんな、あそこで死んでしまったのに、今の生活は、俺には過ぎた贅沢だというのに……)
 嗚咽を堪えようと手の甲で口を押さえる。
「っ……ぅ……」
 かた、と小さな物音がした。
 驚いて振り返る。左目に魔力を集めた。
 ぼんやりしていた視界が次第にクリアになって、士郎は呆然とする。出掛けたはずのエミヤがキッチンの側に立っている。
「アー……チャー……」
 言ってしまってからハッとして、左手で口を覆う。
「あ、ごめ、エミヤ……」
「好きに呼べばいい」
 言い直すとエミヤは思いもかけない答えを返した。
「そ……いうわけに、いかない、だろ……」
「かまわない」
「か、かまわないって……、ア、アンタが言ったんじゃないか、エミヤだって……」
 苦しくて声が詰まる。エミヤの顔を見ることもできなくて、士郎は俯いて視力を消した。
「ああ、言った。だが、お前の好きなように呼べばいいだろう?」
「っ……、できるわけ、ないだろ」
「なぜだ?」
「そんなの……」
 士郎は二度、指摘された。アーチャーではないと。