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「FRAME」 ――邂逅録5 蒼天編

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 何度も呼びそうになるのを、言い直したりして、士郎は今までやってきた。今さらなんだっていい、などと言われて、すぐに変えることなどできない。
「無理、だ……」
「なぜだ?」
 士郎は混乱してくる。
(アンタが言ったクセに、今さらなんでもいいなんて言わないでくれ……)
 どう説明すればいいのか、士郎には言葉が浮かばない。
「な、なぜって、そんなの……俺には……」
「お前が思うままに呼べばいい。エミヤでも、アーチャーでも。お前の呼ぶ声に、私は答える」
 ああ、ここまで、と士郎は唇を噛みしめる。
 そんな自分の言葉を翻すまでに、エミヤの考え方は変わってしまった。
(アーチャーの信念を奪うだけで飽き足らず、その根幹まで、変えさせて……)
 このままではダメだ、と士郎は顔を上げて左目に魔力を流す。
「ごめんな、俺にはもう、無理だ。だけど、前みたいに、いきなりなんてことは、しない。アンタが納得するまで待つよ。だけど、俺は、アンタと契約を続ける気は、ない」
 笑おうとしたが、できなかった。涙を堪えるだけで士郎には精いっぱいだった、嗚咽に潰れそうになる声を発するだけでもう限界だった。
 エミヤは答えない。ずっと避けられていたのだ、今すぐ契約解除だと言うだろうと、士郎は思っていただけに、沈黙がいたたまれない。
 目に流していた魔力すらうまく流れなくなり、吐き気がこみ上げる。ここにきてようやく士郎は、自身を偽ると回路と魔力量が不具合を起こすのだと認めた。
 今まで認めるわけにはいかなかったのだ、この不具合の原因がエミヤにあるとは。だが、もう認めるしかない。何よりも願ったエミヤとの契約を解除すると宣言して、これほどに回路も魔力量も乱れているのだから。
 沈黙していたエミヤが大股で近づいてくるのが視界不良の中でも見えた。その顔は怒っているようだった。
 腕を掴まれ、士郎は俯く。頬に触れたエミヤの手が、上を向かせるように力をこめてきた。
「あ、あの……、放し……、て、くれ……」
「嫌だ」
「……は、放せよ」
 士郎の声は皆目、音にならない。
「放したくない」
「……っ、なに、言ってんだ、アンタは、俺にかまってる暇なんて――」
「契約は私が望んだことだ。お前が責任を感じることではない。私は自らの意思でお前の傍にいたいと思っている。だが、お前が私を受け入れようとしないのならば、私のやっていることは、全くの無意味、ということになるな」
「脅迫……かよ……」
「そう取られても仕方がない。それでも私はお前を選んでしまった。自らの理想よりも、はるかに強い引力でお前に惹き寄せられた。今さら、戻ることなどできない」
「そ……な、バカな、こと……」
「なんと言われようとかまわない。引くつもりはない」
「……アンタ、そんな……こと……、アンタは……守護者で……理想を……」
 顔を背けようと必死になっていた士郎は、唇を引き結ぶ。
「士郎、それは、私が――」
「間違ってないって言ったのに! アンタの理想を、俺は……、……俺が……潰してしまう……」
 少しエミヤの力が緩んで、士郎は項垂れる。
「守護者で、いないと、アンタは、英霊で、理想で、俺が、願ったり、できるような、存在じゃ、なくて、」
 呼吸が乱れて、士郎は苦しさに喘ぎながら、言葉を紡ぐ。息苦しさから士郎は前屈みになり、放せと言ったわりに、左手でエミヤのシャツを握りしめている。
「アンタを、縛って、こんなところに、縛って、俺が、理想を、壊して、」
「それでも、私を望むのだろう?」
「っ、…………」
 ぐうの音も出ない。
 士郎はとどめを刺されたように身動きができない。エミヤに支えられたまま、床を向いたまま、玉になった雫が落ちていった。
「……アンタの……、理想……を、……俺も……見て……いたかった……」
 追い続けたのは、その理想を追う姿だった。
 士郎が夢見たのは、真っ直ぐに前だけを見据えて闘う、エミヤの姿だった。
 何を失っても、身体が動かなくなっても、光すら途絶えても、焼き付いた理想は、霞みもせずに士郎の胸に刻まれていた。
「士郎……」
 士郎の身体を支え起こし、エミヤは嫌がる士郎に無理やり口づける。
 逃げようとする士郎の頭を抱え込んで、堪えながら漏れていく嗚咽をエミヤは口づけで塞いだ。
「っ……っ……、……っ……」
 ひくひく、と士郎の喉が痙攣を起こしている。
 片腕と片脚だけでもがきながら士郎は逃れようとしていたが、どうにもならず、諦めたようにエミヤにされるがままになった。どうやっても力ではエミヤに敵わない。
 おとなしくなった士郎に、ようやくエミヤは唇を離す。
「お前がどんなに泣いて頼んでも、私はお前を選ぶ。それだけは、譲らない」
 吐息を混ぜたその声の熱に、その言葉に、士郎の胸が熱くなる。
 熱くなってはならない、と自身を戒めようとするのに、どうしても触れる熱が、声や言葉で注がれる熱が流れ込んで、士郎が必死で閉じた心の蓋を溶かしていく。
 ドロドロに溶けてしまえば、どうすればいいのか。そんな不安を士郎は真っ暗な視界の中で思う。
 再び口を塞いだエミヤの唇が熱く、甘く、何も考えられなくなる。頭の芯まで熱でやられてしまう。角度を変えて貪られる唇から、魔力を奪うのではなく、士郎自身が奪われていく錯覚に陥る。
(全部……奪われたいって……思った……)
 衛宮邸でエミヤの熱い口づけに酔いしれたのは、それに応えたのは、紛れもなく自分自身。今さら取り繕うこともできない。こんなに溶かされて、こんなに熱くさせられて。
「…………アンタ、バカで、頑固で……、嫌になる……」
 左手を彷徨わせ、エミヤの頬に触れてみる。温もりが感じられる。
「ごめんな……、アンタの全てを、変えてしまったんだろ……?」
 エミヤは小さく首を振って士郎の頬を両手で包む。
「少々、自惚れが過ぎる」
 咎めるわけではない優しい声が低く響く。
「私が望んだ。お前が謝ることなど、何もない」
「アンタ、ほんと、どうしようもない……」
 士郎が呆れて言えば、エミヤは小さく笑う。
「士郎、お前の想いの丈を私に」
「え? な……に……? どういう……」
 エミヤの言う意味がわからず、士郎は首を傾ける。
「人の感覚で言う月日や年数ではないが、私は気の遠くなる時を、お前を探して、求め続けた。もう、わかるだろう? 私はお前を離したくない。やっと見つけたのだ。やっとこの腕で包むことができる。何かもを捨ててしまってもかまわないと思っている。お前が間違いではないと言った道さえどうでもよくなるほど、私はお前を欲している」
 士郎は声が出なかった。淡々と告げるエミヤの言葉は、とてつもない内容で、何を言えばいいかもわからない。
「お前は、あり得ないことだと私の想いから目を背けている。そろそろ、いいだろう? もう、わかっているだろう? 魔力を左目に。さあ、私をしっかりと見ろ」
 傷を隠す右頬にかかる赤銅色の髪をかきあげ、眼球を失い醜い痕の残る傷にエミヤは口づける。
 士郎は慌ててその唇から逃れようとエミヤの胸元を押す。だが、びくともしない。
「は、放せって」
「士郎、私を見ろ」
「エミヤ、やめろ……」