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「FRAME」 ――邂逅録5 蒼天編

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 誰だ? と思いたくなるくらい別人だった。
 いつもの余裕も、皮肉な笑みも、全く無い。
(なん……だよ……、そんな、必死に俺のこと引き留めようとして、そんな、離したくない、みたいなこと言って……)
「士郎、勝手なのは承知している。とんでもないことを言っているとわかっている。それでも、お前が拒んでも、私は離さない。お前が契約を解除しようとするなら、お前を眠らせてでも現界を続ける」
「眠らせ……って、そんなの、俺の意識がないのに、現界したって……」
「それでもいい。眠っていても、士郎の傍にいられるのなら、なんだっていい」
 必死な顔で、声で訴えるエミヤに、士郎は篭絡されていくようだった。
 とっくにわかっていた感情に士郎は蓋をし続けたのに、エミヤは士郎が必死に押さえつけた蓋をあっさり叩き割ってしまう。
「……もう、アンタ、ほんとに、バカじゃないのか?」
 エミヤの腕の中で身体の向きを変え、その頬にキスをする。
 驚いたエミヤの顔が可笑しくて士郎は笑ってしまった。
「俺はこんな、どうしようもない状態なんだぞ。それに、けっこうしゃぶらせたことあるし、そういうとこ、自覚してるくらい擦れてたし。無茶もしたし、見た通り身体も傷だらけで、全然きれいじゃな、い……」
 不機嫌さを隠しもせず、エミヤは士郎を上目で見る。
(えっと、拗ねるって、こういう顔? す、拗ねてるって言っていいのか?)
 半信半疑で思う。
「ど、どう、したんだ?」
「忘れたいのに、思い出させるな」
 不貞腐れて言うエミヤに、士郎は吹き出す。
「わ、笑いごとではない! お前は、なんだって、ああも節操なしに、」
「ご、ごめん。あそこにいた時はさ、寂しかったと思うんだ……。アンタとは二度と会えないと思っていたし、全部、失くしたし。その、寂しいっていうよりも、投げやりだったんだな。未来なんて見えなかった。なんにも見たくなかった。全部、もう、いいかって……。
 誘ってきた奴らもバカだったけど、俺もバカだった。バカなことを、したって……、今さら、反省しても、どうしようもないっていうのにな……」
 人肌を求めていたわけではなく、しゃぶりたいとか、触りたいと言うから、士郎はやらせていただけだった。断ることが面倒で、キリがなかったから応じていた。だが、その度に士郎の内面は傷を負い、ひび割れ、欠けていったのかもしれない。自分で許した行為が士郎自身を苛み続けていることに、士郎自身も気づけなかった。
「士郎……」
「俺は自分を動かすことで精いっぱいだった。だけど、たくさん……、触らせた。そんな俺でいいんなら、アンタの望み通り、ここにいるから」
 エミヤの頭を撫でる。
「アンタが俺の過去に囚われることも、周りを気にすることもない。俺には、なんにも見えないんだからさ、アンタ以外は」
 少し困ったような、眩しそうな顔でエミヤは士郎を見つめてくる。そっとエミヤの頬に指先を触れた。
「できれば……、記憶、消したい」
「なんだ、今さら」
 む、と眉間にシワを寄せるエミヤに、自嘲の笑みが浮かぶ。
「あそこでやったこと、全部……」
 あの下水溝で投げやりに自身の身体を扱っていたことを、士郎は何よりも後悔していた。そして、エミヤと抱き合ったこともだ。
「私に、過去に囚われるなと、言ったばかりだろうが……」
 頬に触れた士郎の手を取り、指に口づけるエミヤは呆れ口調だ。
「汚いんだ、俺……、傷もいっぱいだし……、アンタに、触れられていいような、身体じゃない……」
 エミヤが驚いたように瞠目している。
「だから、やっぱり、アンタとは――」
「どこがだ」
 不機嫌な声で制される。
「私も似たり寄ったりだ。血に濡れて死臭にまみれて存在している。お前を探すことにかまけていたが、ざっと小国の全人口程度は屠っているぞ」
 記憶を持つエミヤだからこその言葉だった。士郎を探す間にこなした“仕事”は計り知れない。士郎にとっては数か月だったが、その間にエミヤは気の遠くなる殺戮を繰り返していた。
「どうして、記憶……残るように、なったんだろう……?」
「願ったからな。記憶を持ったままで召喚されることを」
「だけど、そんなのは……」
 士郎は言葉に詰まる。エミヤの“仕事”を知っているだけに、その苦しみを知っているだけに。
 召喚時に記憶を持たないのは、エミヤ自身を守る術だったはずだ。守護者としての成すべきことが、エミヤの心を苛んでいたことを士郎も知っている。
「覚えていたかった、士郎を。胸苦しさを感じていながら士郎を覚えていないのは……、士郎が何も言わずに、寂しそうに笑うのは……、もう、嫌だった……」
 少し拗ねたように、どこか言い訳をするように話すエミヤの髪にそっと触れた。
 何もかもを、エミヤの全てを変えてしまったことを、士郎は本当の意味で理解した。そして、申し訳なく思う。同時に、うれしく思う。
「ごめん。不謹慎だと思うけど、俺、よかったって、思ってる」
 殺戮の記憶を持ち続けることは苦しかったはずだ。それにエミヤは、これからずっと記憶を持ち続けて守護者として存在しなければならない。それをわかっていても、自分のことを覚えていたいと願ってくれたことが、何よりも士郎にとってはうれしいことだった。
「ごめん、うれしいって、思ってしまうんだ……」
 エミヤの頬を撫でその頭を胸に抱き寄せた。
「ごめん……、ごめんな……」
 謝って済む話ではない。こんな身勝手が許されるはずがない。
 たとえそれが自身の未来の可能性だとしても、士郎とエミヤはすでに別個体なのだ。しかも永久にエミヤは存在する。士郎にはいずれ寿命というものがくるが、エミヤにはそれは訪れないのだ。輪廻から外れ、守護者として人類のために殺戮を繰り返す運命は終わらない。
「後悔はない」
 エミヤは士郎の胸元に顔を埋めたまま、はっきりと言う。
「……かわりに、士郎、お前の全てをもらい受ける」
 士郎の胸元から顔を上げて、エミヤは不遜に笑う。
 ぽかん、としていた士郎だが、やがて、ふは、と笑い、頷く。
「いいよ、もう全部、アンタのものだ」
「では、遠慮なく」
 エミヤは爽快な笑みを浮かべて言った。


 重ねられた左手の指の間から、エミヤの指が差し込まれて掌を握られている。背後から抱き込んでくる逞しい右腕も、エミヤのかたく握られた指も、まるで、離さない、とでも言っているようだ。
 その指を指先でなぞりながら、背中の温もりを感じて、時折、耳や首筋、肩に触れる唇が気まぐれに吸い付き、うれしさとくすぐったさに笑みが漏れる。脚も絡んだままで、足の裏を時々エミヤの足がくすぐってくるから、余計に士郎は笑ってしまう。
「不思議だな……、アンタは守護者で、意図したわけじゃないのに、俺と三回も出会って、今で四度目だ」
「五度目だ」
「え?」
 聖杯戦争の後に士郎と会ったのは五回だ、とエミヤは言う。
「四回、だろ? 最初のと、爆撃の中と、下水溝と、あと今回で」
 士郎は顔だけ振り返ってエミヤを見る。
「いや、守護者としては三度だが、凛に召喚された、救えなかった最初を入れると四度、そして、また今回、凛に召喚されて、五度目だ」
「救えなかった?」