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「FRAME」 ――邂逅録5 蒼天編

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 昨日からエミヤの態度がおかしいことには気づいていた。アランの話をしていたら、突然エミヤは買い出しに行くと言い出した。何か特別に買う物を思い立ったのだろうかとも考えたが、食材以外の何かを持ち帰っては来なかった。
 士郎には全く原因がわからない。アランを知っているかと訊かれ、下水溝の組織の創始者だと説明した。はからずも命を救われたところがあるとも。
 懐かしい名を思い出して、士郎は少し感慨に耽っていた。いい思い出などというものはなかったが、アランに居場所を与えてもらったことには違いがなかったことを正直に話した。
 士郎はエミヤが訊きたいことを答えたつもりだったのだが、エミヤはたいして聞いている様子ではなかったし、話を中座して買い出しに行ってしまった。
「調整の方はどうだ」
 抑揚のない声にハッとして、士郎は笑みを作って答える。
「うん、もう少し回路をいじって細か――」
「回路の修正は終わったのではなかったのか?」
 まるで、責められているような言い方だった。今まで回路の調整に口を出されたことなどなかったために、士郎は戸惑う。
「お、大まかには、できた、けど、あ、あとは、動かしながら、じゃないと、」
「その調子では、いつになるかわからんぞ」
 呆れたように言われ、士郎は言いかけた言葉を飲み込んで、むっつりとエミヤを見上げる。
「やってるよ! 俺だって、遊んでるわけじゃない!」
「筋力もなかなか戻らないようだしな、これでは、いつ――」
「わかってるって、言ってるだろ!」
 エミヤも苛立ってきたのか、乱暴に朝食の皿を置いた。
「下水組織でもこんなにまごついていたのか」
「ハァ? なんで、あそこの話が出てくるんだよ!」
「よく、あんな危険な輩の中で、モタモタと回路の調整などできたな! ああ、そうか、アランとかいう創始者が守ってくれたのか」
「なん……っで、アランが出てくるんだよ……」
「助けられたのだろう? あの男に救われたのだろう?」
「アンタにアランの何がわかるんだよ!」
 ひく、とエミヤの目尻がひきつった。
(あれ? 俺、なんで、アランのことで言い合ってるんだ?)
 そんなことに思い至った士郎に、エミヤは口角を吊り上げる。
「ああ、そうだな、私は、何も知らない。その男とお前がどういう関係なのか、何をしていたのか、何を語り合い、何を育んだのかもな」
「なに……、言って……」
「お前があの下水組織で何をしていたかなど先刻承知ではあったが、まさか創始者とイイ仲だったとはな。ハッ、あんな組織でお前が無事だったのは、あの男のおかげ、ということか」
 せせら笑うエミヤに士郎は反論できない。多少のズレはあるものの、概ね間違いではないのだ。
(違う……、アランは……、虫除けのためのフリで……、俺は……誰にも……)
 思うものの、声にはならなかった。
 士郎はあの組織の誰とも肉体関係を持ったことなどない。だが、断りきれずに、不特定多数に口淫を許した。それをエミヤは知っている。知っているどころか、目の当たりにしている。
 しかも、そのまま強姦されそうになったところを救われたのだ、エミヤの誤解は士郎自身の招いた結果でもある。反論など、士郎にできるはずもなかった。
 エミヤはそれきり何も言わず、アパートを出ていった。
 士郎は引き留めなかった。いや、正確には引き留めることができなかったのだ。
 口を押さえ、トイレに向かう。酷い吐き気が込み上げている。しかも、目にすら魔力を流せない。回路が乱れ、魔力量もめちゃくちゃで、手探りで這っていく。ようやくトイレにたどり着き、苦い胃液だけを吐き続けた。

 エミヤは夕方に食材を手に帰ってきた。何も言わず食事の準備をはじめるエミヤに士郎はただ、おかえり、と声をかけただけだ。何事もなかったように、ただいま、と返事が返ってきて、それきり互いに声を発しない。
 黙々と食事を終え、食器を片付けながら士郎は訊く。
「エミヤ、魔力は大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
「そうか」
 エミヤに流れる魔力だけは正常なようだ、と士郎はほっとする。もし魔力が滞ってしまっていたら、エミヤは現界できなくなる。
(そうなってもいいと、思っているだろうな……)
 本当は魔力が足りない状況であっても言わないかもしれない。エミヤが座に還るために魔力切れを起こそうと思っていても不思議ではない。
(アーチャーが、それを望むんなら……仕方ない……)
 引き留めるつもりはない。もとより、士郎にはそんな資格はない。この契約もエミヤが望むからしたのであって、士郎はそれを断らなかっただけだ。
(アーチャーがいなくなったら……)
 また吐き気をもよおしてしまい、士郎は深呼吸を繰り返す。エミヤにはばれないようにと、静かに呼吸を繰り返していた。

「出てくる」
 浴室に向かう士郎にエミヤはそれだけ言って部屋を出ていった。
「どこに……」
 士郎の返答すら聞かず、全てを拒絶するように扉は閉められている。すでに閉まった扉に士郎は声をかけてやめた。
「どこに行こうと、アーチャーの勝手だ……」
 吐き気を堪えながら浴室に入った。



***

「あの男の何がわかるのか、と士郎は言った……」
 エミヤはため息をつき通しだ。市場まで来たものの、まるで、今日の献立が浮かばない。アパートを出たのは午前中、というより朝食時。すでに昼をまわって夕刻に近い。
「昼は食べたのだろうか……」
 士郎は自炊ができる、心配はないだろう、と思いながら、食事は作りたいと己で言い出したくせに放棄していることに気が滅入る。
(あの男を庇うのか……?)
 エミヤはまた、ため息をついた。
 どうにか食材を買い、重い足取りでアパートへと戻る。
 士郎は筋トレに勤しんでいたのだろう、首にタオルをかけて古いソファに座っていた。
「おかえり」
「ああ、ただいま」
 淡々と返して、エミヤは夕食の準備に取りかかる。士郎は何も訊いてこない。エミヤも昼はどうしたのかと士郎に訊きたいが、今さらそんなことを訊いても仕方がない、と引っ込めた。
 食後の片付けをしながら士郎は、魔力は足りているのかと訊いてきた。別段不足もしていないため、エミヤは問題ないと答える。
「そうか」
 士郎の横顔を垣間見る。
 ぎくり、とした。
 士郎の横顔には、全く表情がない。エミヤは一度、こういう士郎の顔を見たことがある。
 衛宮邸で、キスなど慣れたものだろう、というようなことを言って、士郎を不快にさせた。あの時と似ている。
(どういうことだ……)
 あの時はキスに誤魔化されて、真相を訊けなかった。
(士郎はあの時、何を思ったのか……、今は、何を……?)
 エミヤは何も訊けず、片付けを終えて浴室に入ろうとする士郎に、行き先も告げず、アパートを出た。
「士郎……」
 探し続けたというのに、求め続けたというのに、何も満たされない、何も与えられない。
 士郎には心から笑っていてほしいと願ったはずだ。なのに、今は士郎の笑顔を見ることすらできない。もともと二度目の再会の時から、士郎の笑顔はいつも寂しげで、苦しげだった。
「どうしたら、お前は……」