その髪のひとすじでさえも
胸の中に、苦いものが広がる。
「オメーは強い。よく知ってる。だから、他のだれもついてこさせたくねェところでも、オメーには一緒にきてもらいてェ」
ついてきてほしい、などと言わなくても、いつも、あたりまえのように桂は隣を走り、そして背中を護ってくれていた。
だれよりも信頼している相手だ。
「だが、それがオメーにとって無茶なら、俺に合わせるために無茶してんのなら、それで倒れられたら、俺ァ、やりきれねェよ」
思い出す。
パラシュートの下で、桂が気を失っていたときのことを。
似蔵に斬られた傷が、無茶をしたせいで再び開いてしまったらしくて、包帯が血で染まっていた。
呼びかけに応えず、その肌はいつも以上に白かった。
恐かった。
桂の心臓が止まってしまったらと思うと、恐かった。
「それで、もし、テメーがこの世からいなくなっちまったら、俺ァ、一生、俺をゆるさねェよ」
きっと、悔やんでも悔やみきれない。
「……銀時」
桂が名を呼んだ。
その眼差しは凜としている。
「俺はおまえに合わせて無茶をしているのではない。ただ全力を出しているだけだ。たとえそれが無茶だと言われることであっても、その必要があれば俺は全力を出しきる」
揺るがない強い意志。
それを感じさせる。
銀時は右手をあげた。
桂のほうへとやる。
黒髪に触れた。
以前は腰の近くまでの長さがあったのが、今は肩にすら届いていない。
「こんな短くなるまで、切られやがって」
「髪なんぞ」
「どうだっていいんだろ、テメーは」
桂の言葉を途中でさえぎって、言う。
「だが、俺ァ、そーじゃねェ」
黒髪を、一房、つかんだ。
「なァ、桂、俺がこの髪に触れるとき、どんな気持ちでいるのか、わかるか」
その一房をつかんだまま、指をゆっくりと下方に移動させる。
「どんな想いでいるのか、わかってんのか」
その髪を慈しむ。
「俺にとっちゃ、この髪の一本でさえ、大切だ」
しかし、短くなったせいで、もう毛先までたどり着いてしまった。
「それが切られて束になってんのを、似蔵に見せられたとき、俺がどんな気がしたか、わかるか」
似蔵に見せつけられた、艶やかな黒髪の束。
それは自分が何度もなでたことのある髪だった。
自分の想いまで、無惨に斬られたような気がした。
「力を出し惜しめなんざ、言わねェよ。ただ、自分をもっと大切にしてくれ。頼むから」
指は桂の髪から離れた。
だが、手はおろさず、今度は桂の顔へやる。
頬に触れた。
そちらに顔を寄せる。
至近距離まできた。
「あいしてる、から」
そっとささやくように告げた。
作品名:その髪のひとすじでさえも 作家名:hujio