LIFE 12 ―School Festival―
アーチャーの声に、ハッとする。俺の抱えていたポット二つを目の前で片膝をついたアーチャーが掴んだ。おかげで足の上に落とすこともなく、沸騰したお湯で火傷することもなかった。
さすが、サーヴァント!
いや、感心してる場合じゃない。
ポットを側の机に置いて、息を吸い込む。
「なんで、アーチャーがいるんだ! それに、なんて格好だ!」
「それを言うなら、マス、士郎こそ、なんて格好だ!」
互いに同じ剣幕で言い合う。
「俺は祭り屋台だぞ! ねじり鉢巻き、法被に地下足袋、さらしに半股引姿は当たり前だ。いや、俺はいいんだよ! なんで、アーチャーが――」
「説明は後。衛宮くん、あなた、自分のクラスはいいの?」
遠坂に冷静に言われて思い出す。
「あ! まずい!」
すぐに踵を返す。戸口まで来て、アーチャーを振り返った。
「後でちゃんと説明しろ!」
捨て台詞を吐いて、俺は外の屋台へと走った。
(なんだって、いるんだよ! 女子に囲まれて、にやけて! それに、なんだよ、あの格好! 似合いすぎて……、あ、いや……。髪……、いつもと違ってた……。ああ、いやいや、なに考えてんだ、俺!)
とにかく、俺は屋台の焼きそばとお好み焼きを何百食と作らなきゃならないんだ!
今はそれに集中だ。
屋台へ戻ると、すでに行列ができはじめている。
「悪い、一成。けっこう待たせてるのか?」
「いや、なんとか今のところは回っている。衛宮、キャベツを頼む。あれでは、進まん」
一成が背後に視線を送る。ああ、と俺も納得だ。
「了解」
一成と短いやり取りを済ませ、テントの奥に入る。パイプイスに慎二が座って、団扇をパタパタさせて涼んでいる。
「慎二、働けよ」
「ええ? 僕は今休憩時間だよ」
「行列ができてる、パック詰めくらいできるだろ」
「やだよ、鉄板の近く熱いし。ねー」
具材を刻んでいた女子に笑いかける慎二と、曖昧に答える女子に、イラッとした。そんで、さっきの、女子に囲まれるアーチャーにもイラッとした。
あ、今はそれどころじゃないんだった。
法被の袖をまくって襷をかけ、キャベツをぽつぽつ刻む女子と交代する。
「慎二、働かないなら、出てけ」
ザク、とキャベツに包丁を入れ、真っ二つにする。
ダダダダダダダダダダダダダッ……。
俺の声と、キャベツを刻む速さと音に、慎二は跳び上がって、客の応対のためにテントから跳び出した。
「すご……」
「衛宮、お前、何者……」
クラスメイトがちょっと引き気味に呟いていた。
見る間にキャベツの粗みじんが山になっていく。続いて焼きそば用のキャベツを少し大きめに刻んでいく。
「刻むものはもうないか?」
ボウルにキャベツを移しながら訊くと、呆気にとられたままのクラスメイトが頷く。
「じゃあ、焼くの変わるよ」
焼きそばを作っていた一成と交代する。大きめのテコを両手に持って手早く焼きそばを作っていく。一成が隣で次々とパック詰めをしていく。お好み焼きの方もどうにか回っていそうだ。
(なんとかなりそうだな)
昼時が迫り、どんどん注文が入り、俺たちのクラスはどうにか対応している。
(素人の俺たちが、これだけやれてる自体、奇跡みたいだよな……)
そんなことを思いながら、法被に襷掛けで焼きそばを焼いていた俺は、鉄板の熱気にだいぶやられてきた。
汗はだらだら、顔面は熱で火照りっぱなし、頭までぼんやりしてくる。
「あつ……」
三方向を囲まれたテントでは風も入ってこず、中は結構な温度になっている。
(こんなところじゃ、二時間も立っていられないな)
少し自分たちの無謀さを反省したくなった。誰がお祭り屋台なんて言い出したんだっけ? それも、もう定かではない。
それでも、準備を進めるのは楽しかったし、材料調達や、レンタル備品を頼んだりして、クラスが一丸となって取り組んできたことだ、最後まで頑張らなければ、と俺は思い直す。
(今年が最後、なんだよな……)
少しだけ、俺は“寂しいな”なんて思っていた。
具材が無くなり、最後となった焼きそばを作って、パック詰めを一成に任せ、水分補給にテントの奥のクーラーボックスに向かう。
先に終わったお好み焼き係だった男どもは、法被を脱ぎ、団扇であおぎながら、パイプイスにだらしなく座っていた。
「衛宮も脱げばぁ? あっちーだろ? 鉄板の前、きついよなぁ!」
「生徒会長も脱いでんだし、お前もいいんじゃね?」
「んー、そうだな」
襷を外し、帯をほどき、法被を脱いだら、テント内にどよめきが起こった。
「衛宮、お前、小っせえのに、イイ身体してんだな!」
「小さいは余計だろ!」
「けっこう、筋肉あるんだな! な、腹筋とか、割れてんの?」
盛り上がった男どもは、さらしで半分は隠れた俺の腹に、いきなりベタッと手をつけてきやがる始末。
そりゃ、鍛えてるし、俺の理想はあいつだし、腹筋だって割れてる。けど、運動部のやつらなら、ほとんど割れてるだろうに。
「ちょっとさらし取れよー」
「触んな! 脱がすな!」
さらしに手をかけて、ふざけながらもほどこうとしてくる。高三ともなると、体格差が顕著になってくる奴もいて、俺の微々たる成長を一足飛びで飛び越していくクラスメイトたちが俺を囲む。
「お前たちも筋肉あるだろ!」
「衛宮って、小柄だから意外だったんだよー」
「そうそう、女子とあんま変わんねーもんな!」
「なんだと!」
よりにもよって、そんなふうに見られていたなんて、ショックだ。
「部活もしてないのに、どうやって鍛えてんだ? ジム通いとか?」
「んなわけないだろ!」
そんなお金も暇もないっての。とか言い合ってる間にさらしをほどかれた。
「おー!」
テント内に野太い歓声。なんだこれ。
「もー、なんなんだよ、お前らー」
ほどけたさらしを巻き直すのも手間なので、そのまま取り去ってたたむ。
「なんか、衛宮、お前……」
「ん? なに?」
クラスメイトたちが曖昧に頷き合う。
「なんだよ?」
「お前の腹、なんか、やらしー」
「は?」
何を言ってんだ、こいつ。
「なあ、やらしくね? なあ?」
同意するクラスメイトども。ちょっと頭が痛くなってくる。
「なに、わけわかんないこと、言ってんだよ?」
「なんか、腰、細ぇー」
「臍とか舐めたくなるよな?」
勝手に盛り上がるクラスメイトに呆れて、さらしを長机に置こうとしたら、がし、と腰を鷲掴みされる。
「うわ! なにして?」
「あ、けっこう、硬い」
「え? まじ?」
他の奴らが近づいてくる。掴まれた手を剥がしてテントの入り口の方へ逃げた。
「やめろって!」
「なーんだよ、減るもんじゃないだ……ろ……」
急に顔色を悪くしたクラスメイトに首を傾げる。その視線は俺の背後に注がれている。他の奴らも、同じように色を失っていく。奴らの視線を追って、俺も振り返ってみた。
(く、黒い……)
異様なオーラが見える気がする。そいつの周りの空気感が、すごく、寒々しいのは、気のせいじゃないはず……。
そこに立っているのは、俺のサーヴァントである、弓兵。
アーチャーが見下ろす視線は、クラスメイトにターゲットを絞ったようだ……。
いやいや、絞ったらダメだろ。
作品名:LIFE 12 ―School Festival― 作家名:さやけ