LIFE 12 ―School Festival―
「え、衛宮……、し、知り合い?」
「あ、うん、家に住んでる――」
「「「「「行ってこい!」」」」」
同居人だと言う前に、クラスメイトに合唱される。
「え? でも、まだ……」
「もう、終わりだし、お前、休憩してなかっただろ。片付けまで戻らなくていいから、ちゃんと案内してやれよ!」
クラスメイトの声が微妙に震えているのは、やっぱり気のせいじゃないんだろうな……。
緊急回避能力を備えたクラスメイトたちはさすがだ。
「ああ、じゃあ、ありがたく」
俺は法被を片手にテントを出た。アーチャーはムッとしたままで何も言わない。仕方ないから、その腕を引いていく。
「アーチャー、こっち」
今、ここで何か言わせたら、とんでもないことを口走りそうなので、イベントのテントがぽつぽつ並ぶグラウンドを突っ切り、人気の少ないところを目指す。
校庭の先にある雑木林。その側にあるベンチに腰を下ろした。
「士郎、いつまでそんな格好でいるつもりだ」
不機嫌な声が降ってくる。反論することなく、素直に持っていた法被に袖を通した。やっと、隣に腰を下ろしたアーチャーを見上げる。
いつもと違う髪型。なんだか、少しドキドキする。俺の方の前髪が下りていて、鈍色の瞳が少し隠れている。憮然とした横顔は、やっぱりさっきの、だよな……。
何を話そうかと思って話題を探す。
「あ、そうだ。どうしてウエイターなんてやってるんだ?」
「凛に頼まれた。メインが火傷をしたらしく、困っていると言うから」
「そか……。あれ? でもよく中に入れたなぁ、一般客は招待券がないと入れないのに」
「凛にもらった」
「え? 遠坂が? それって、ウエイターやらせるつもりだったんじゃ……」
遠坂の性格からして、あり得るかもしれないと、疑ってしまう。
「いや、もらったのは一昨日だ」
「え? おとと……」
ちょっと待て。一昨日ってことは? 俺の頭は混乱をきたす。
「え? あれ? ちょっ、待て、俺、ウソ、え? ……ぐぁ……」
俺は、ひとり悶絶してしまう。頭を抱えたまま顔が上げられない。顔が熱い。
招待券を渡せなくてと謝った時には、もう券をもらってた?
だったら、あの時、なんで言ってくれなかったんだ……。
「すまない、言いそびれた……。士郎が、急に、あんなことを、する、から……」
たどたどしく言い訳をするアーチャーに、ああ、そうでしたね、と胸中で呟く。
(いや、もう、俺……、穴に埋まりたい……かも……)
ぽん、と頭に載せられた手が、少し荒っぽく撫でてくる。顔を僅かにずらして、ちらりと窺うと、膝に頬杖をついたアーチャーの顔は、向こうを向いていた。
わかりにくいけど、耳が赤く見える。そんなの見たら、俺も照れる!
「……俺が、渡せなかったから、……よかったよ」
とりあえず、何か言おうと思って、ぼそり、とそんなことを言うと、ああ、と答える声がする。
「アーチャー」
俺は前かがみで、膝に腕をついて、アーチャーがこちらを向くのを待った。
続く言葉がないことに、アーチャーはやっとこっちを振り向いた。俺が見ていることに、少し驚いたようだ。
「今日、供給な」
お仕置き、みたいに言ったら、
「了解した」
って、ぼそり、と呟いた。
「くふ……」
俺が笑い出すと、アーチャーも笑った。
「アーチャーは休憩中? 午後からまたやるのか?」
「ああ、二時から一時間、と言われている」
「じゃあ、まだ時間あるよな。学食でなんか食べよう。腹減った」
頭に巻いたままだった鉢巻を取り、立ち上がる。
「士郎、その前に、着替えを……」
アーチャーは、俺の格好が気に入らないらしい。
「お祭りなんだから、いいじゃないか」
「露出度が高すぎる」
「んなこと言って、いっつも脱がすクセに」
「オレが脱がすのはいいんだ」
そんなことを、当然だ、とでも言いたげな顔で言う。
いや、その前に、ここは、そんなことを、言い合う場所じゃない、俺は早々に解決策に乗り出す。
「もー、わかったよ、着替えるって」
屋台には戻らなくていいと言われたし、問題ないだろうと、アーチャーを伴って校舎へと向かう。
最上階の教室は、今は全校生徒の控室兼荷物置き場となっている。俺のクラスがあてがわれた部屋へ行くと誰もいない。
「そっか、今、お昼だしな」
みんな、どこかしらで昼食だろう。法被を脱ぐと、背後から手が伸びてきた。
「こ、こら! アーチャー!」
「さっき、触らせただろう」
「さ、触らせてない、触られたんだ! それに、あんなの、触ったうちに入らないだろ!」
大きな声を出して、万が一誰か入ってきたらまずいので、つい小声になる。
「オレは、我慢している」
俺だってそうだよ! だから、そんなやらしい手つきで、腹をまさぐるな!
「アーチャー、おさまりつかなく……なる、から……」
震えてくる声をどうにか絞り出して、撫でまわす手を捕まえる。
「……なら、キス」
短く言われて、振り返る。顎を取られ、重なる唇が、熱くて堪らなくなる。
(キスだけでも、けっこうつらい……)
そんなことを思いながら、アーチャーの髪に手を伸ばして、そっと撫でた。
アーチャーと昼ご飯を学食で食べながら、喫茶店(正しくはカフェ)の様子を聞いた。
アーチャーは、バイト中同様、女性陣から送られる熱烈な視線を全く意に介さずに、淡々とウエイター(ほんとは執事らしい)を演じているだろうと予想がつく。バイト先が喫茶店なのだから、そのへんは、なんら支障がない。
セイバーには、少々荷が重いと思ったけど、意外にうまく接客をこなしていたらしい。アーチャーに言わせれば、清廉だった騎士王が俗にまみれてきた、ということらしい。
女性陣から熱い視線を送られるアーチャー。
男性陣から熱烈な誘いを受けるセイバー。
その様子が手に取るようにわかって、俺は少し笑えてしまった。
「士郎、笑いごとではないぞ。凛のワンマン経営っぷりは、非正規雇用の悲劇を生む勢いだ」
「あー、それも、目に浮かぶよ……」
半ば諦めの境地でアーチャーに同意する。彼女の使えるものはなんでも的なところは、俺も身に染みて知っているから。
「アーチャー、それだけで足りるか? 魔力も減ってるんだし、食べて少しでも補っとかないと、また、コキ使われるんだろ?」
学食のメニューでは、アーチャーの舌を満足させるようなものはないと思うけど、魔力補給のつもりで食べないと、本当に魔力切れを起こしかねない。
「いや、これ以上食べると、胃もたれを……」
まあ、あまりいい油を使っていない揚げ物は、確かにそうなるな……。
学食の定食と言っても、値段が安いため、量的にあまり多くはないのだ。だから高三男子ともなると、定食と丼ものを買う生徒がほとんどだった。まあ、俺は弁当なのであまりやったことはないが。
「ほい」
俺の定食に付いていたおにぎりを差し出す。
「士郎も腹が減っていたのだろう?」
「俺はなんとでもなるからさ」
ん、とアーチャーの顔の前におにぎりを突き出すと、俺の手ごと掴み、アーチャーはおにぎりを齧った。
「バ、バカ、なんっ!」
作品名:LIFE 12 ―School Festival― 作家名:さやけ