LIFE 12 ―School Festival―
大声を出して注目を浴びれば、大惨事になることはわかっていたので、小声で言って腕を引く。けど、こいつの力、半端ないんだった……。
「もー……」
諦めて、俺はやりたいようにさせた。さいわい食堂の柱の陰になった隅で、目立つ場所じゃない。アーチャーがいるから、目立たない席を選んでおいて正解だった。まあ、それを見越しての行動だとは思うけど……。
「自分で持てよなー」
上目で俺を見た鈍色の瞳に、どく、と鼓動が跳ねた。
「今夜が楽しみだな?」
「いい笑顔で言うな……」
わかってる、アーチャーが何を待ってるのか。俺だって待ち遠しい。
(早く帰って触れたいよ、ちくしょう)
顔が熱いのは、もうどうしようもないし、アーチャーに今さら隠したところで、とっくにいろんな顔を見られてるわけで、今さらって気もしないでもないけど……。
やっぱり俺は少し不貞腐れて、顔を逸らしてしまう。
「士郎、そんなにそそる顔をされると、おさまりがつかなくなる」
「な、なに言ってんだよ!」
俺だっていっぱいいっぱいだし、平静を装いたいけど、できないのに、そんなこと言われて、ますます顔が熱くなる。
(だって、好きなんだから、仕方ないじゃないか!)
誰にともなく言い訳する。
おにぎりを食べ終わり、俺の指についたご飯粒まで舐め取って、アーチャーは俺の頭を引き寄せる。
「なに?」
額に触れた唇がすぐに離れた。
「本当は、こちらにしたいがな」
俺の唇を、ふに、と指先で押して、アーチャーは困ったように笑った。
「もー……、アーチャー……、恥ずかしすぎだろー……」
不満げに言いながらだけど、俺も笑った。
学校でこんなふうにアーチャーと過ごすことができるなんて思ってもいなかった。
学校行事に誰かが参加してくれることなんて今まで無かったから、俺はうれしくて、それに、楽しいって思えた。
(俺は、この学祭を楽しんでるんだ……)
いつものように、外から見ているだけじゃない。今年の学園祭は、俺自身が楽しんでいる、そう思った。
少し学園内を散策しているうちに、時間切れになった。
午後の部開始の十四時、喫茶店は大忙しだ。
急きょ投入されたサーヴァント二名が反響を呼び、開店前に客はすでに大行列を作っていた。遠坂のクラスまでアーチャーを送った俺は自分のクラスの片付けに戻る。
使った調理器具を、調理室で洗いながら、苦いため息がこぼれてしまった。
(人気、あるんだなぁ……)
アーチャーが教室に入ると、黄色い歓声と、ため息のようなものが聞こえた。
生徒はもちろん、学園祭に来た女性たちの目が、怖いくらいにギラギラしてるのを感じた。
(ああ、やだな……)
洗剤を流したテコを持ったまま、しゃがみこむ。
こんな気持ちは、知りたくなかった。
こんな、ドロドロとした、嫌な気分になる気持ち……。
(あの、ドロドロみたいだ……)
壊れた聖杯が吐き出した泥。人の欲望だけを孕み、膨らみ、やがて弾けて、全てを飲み込む……。
「衛宮? どうした?」
ハッとして、顔を上げる。
「なんだ、疲れたのか? まあ、一か月、忙しかったからな。生徒会のことまで手伝ってもらったし、何か礼をせねばと思うが……」
「そんなの、いいよ、友達だろ」
一成に言いながら、立ち上がる。
「そうか、なら……。おう、そうだ、衛宮は、後夜祭はどうする?」
「え? そうだな……、えっと……」
何も考えていなかった。
アーチャーが来ることも予定になかったし、早く帰ってアーチャーとゆっくりしたいと思っていたから。
「最後の学園祭だ。出てみればどうだ? お家の方も一緒に」
「え? あ、ああ、うん、そう……だな」
曖昧に笑うことしかできなかった。
(アーチャーと一緒に後夜祭に出るとか、考えてもなかったな……)
そもそも、学園祭にアーチャーが来ること自体、想定外だったのだから。
(終わったら、訊いてみようか……)
後夜祭と言っても、キャンプファイヤーだけだ。
どうして人は火を見ると盛り上がってしまうのだろう、ってくらい、恒例のバカになる時間だ。
歌いたくなった奴が歌い、踊りたくなった奴は踊り、自由に学園祭の打ち上げを楽しむ時間。この時ばかりは無礼講で、先生たちは何も言わない。
そういえば、俺は後夜祭に参加したことがなかった。いつも片付けに追われて、後夜祭の最中も、ジュースのケースを返却に行ったり、レンタルの品々を返却に行ったり、大忙しだった気がする。
(はは、なんて、枯れた高校生活……)
最後だという一成の言葉も引っかかった。
それに、今までの俺の高校生活を思い返したら、俺の中に何が残るのだろう、と不安になった。
だからだろうか、アーチャーを誘って、遠くからでもいいから見ていこうと思ったのは……。
***
「お疲れさま、セイバー、アーチャー」
本当に、コキ使ってくれるよ、この悪魔は。こっちは魔力も乏しい状態だというのに、まったく、信じられない。
「助かったわ、アーチャー、本当に。士郎から、伝言よ。屋上にいるからって」
凛は、たたんだ執事服を受け取り、少女らしく笑った。
「セイバー! やっぱり、似合うわねー! こういうナチュラルな感じも、いいわねー!」
オレに伝言した後、すぐにセイバーの側に駆け寄り、自らのサーヴァントを褒めちぎる凛に、
「凛、招待券をありがとう。これで、貸し借りは無しだ」
きちんと礼を言い、牽制することも忘れない。
わかってるわよ、と目くじらを立てる凛に口端を上げ、屋上へ向かう。
鉄の扉を開けると、フェンスにしがみ付くようにして何かを見ている士郎の後ろ姿が見える。
「何が見えるんだ?」
「うわぁ!」
跳びあがるのかと思うような驚き方をして、振り返った士郎にため息が出る。自分のサーヴァントの気配にも気づかないとは……。
「びっくりさせんなよ! 気配消して近づくなって、いつも言ってるだろ!」
「いい加減、慣れろ」
冷たく言うと、ムッとしたまま、またフェンスの向こうへ顔を向ける。
「なかなか火がつかなくてさ……」
士郎の視線の先に目を向ける。
「ああ、キャンプファイヤーか」
「覚えてるか?」
「いないな」
「そっか」
俺も知らない、と続けた士郎は、身体を反転させてフェンスにもたれ、コンクリートに腰を下ろした。
「知らない? 去年も、その前も――」
「参加してない」
いっそ晴れ晴れとした顔をして、士郎は簡潔に答える。
「雑用してて、キャンプファイヤーには出てなかった。……出たくなかった。みんなが楽しい時間が、すごく眩しくて、俺は、その中に入ることなんて、できなかった」
秋の夕暮れの茜に染まる屋上で、士郎の赤銅色の髪は風に揺れる。
こちらを見上げる琥珀色の瞳、少し目尻を下げて、士郎は柔らかく笑っている。
たまらない。
こんな表情をされると、オレの胸は重く軋む。あの結界の中の歯車のように……。
「だったら、今、見ておけ」
士郎の腋に腕を入れ、無理やり立たせて、眼下のキャンプファイヤーを見下ろす。
「ア、アーチャー、手、冷たい」
「ああ、ギリギリだ」
「早く帰って、供給しないと……」
作品名:LIFE 12 ―School Festival― 作家名:さやけ