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綾瀬しずか
綾瀬しずか
novelistID. 52855
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あゆと当麻~家族ごっこ

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亜由美は授業中暇なのかどうかはしらないがノートの余白のいたるところに仲間の似顔絵やら少女マンガのようなイラストを書き込んでいた。
それが案外似ていたりして当麻はいつも笑わされていた。
「悪かったわねー」
亜由美がまた頬を膨らませて当麻はその頬をつつく。
「お前さー」
当麻がつつきながら尋ねる。
「最近坊さんのように心が澄み渡ってないか? 妙に無欲で気味悪い」
亜由美の誕生日の11月、クリスマスの12月にもプレゼントはなしだった。本人の自己申告の結果だったが、さすがに三度目のホワイトデーにも入らないといわれると気味が悪い。
「別にー。夏には当麻に浴衣買ってもらってるし、しょっちゅうおごってもらったし。特別に欲しいものもないしー。別に何かたくらんでいるわけじゃないもん。当麻のことだからどうせ何かの前触れだとでも思ってるんでしょう?
私は今の生活で十分満足してるだけだもん」
なにげないように言っている亜由美だったが最後の語尾に寂しさがにじみ出ているのを当麻は聞き流さなかった。
「悪いな。東大でも受けとけばよかったな」
しんみりと当麻が言うのを聞いて亜由美はびっくりしたように当麻の顔を見る。
「お前にとっちゃ『ここ』が家だもんな」
「『ナスティ』の家だよ。ここは。それに当麻が東大生っていうのは想像できないよー。お堅い官僚様ってタイプじゃないもん。それにいつかはこうしてみんなと離ればなれになるのは分かっていたしね。でもまた夏休みに小田原に集まれるんでしょう?」
亜由美が問いかけてああ、と当麻は自動的に答える。
「ナスティももう一人の女の子に戻して上げなきゃ。居候のおかげでナスティ大変だったんだもん」
にこっと笑われて当麻はなんだか切なくなる。
亜由美がこの家の住人達をこよなく愛していたのは明白だった。誰よりもこの家を愛して誰よりもここを大事にしていた。それなのに別れると決まったらあっさりと受け容れる。きっと心の奥底では泣いているに違いないのに・・・。
伸が見たという亜由美の姿。それが亜由美の本心なのだ。
「人に気を使う前に自分にもつかえよ」
いいのー、と亜由美は明るく声を上げる。
「当麻が考えてくれてるからいいの。私はそれで十分♪」
「宝くじでも当たったら買い取ってやるんだがな」
当麻が呟くと亜由美は意外そうな顔をした。
知らないの?と亜由美が言う。
「何が?」
「当麻、私よりかは少ないと思うけど小金持ちくらいにはなっているはずだよ。内調のお給料破格だもん。もしかして通帳つくってないの?」
通帳?、と当麻は首をひねりながら聞き返す。
「うわー。当麻、ちゃんとお給料もらってた? 振り込んであるはずだよ?」
「確かにそんな通帳があったかもしれんが、忘れた。別に金ほしくて手伝ってたわけじゃないから」
亜由美ががくーっと脱力する。
「ちゃんと通帳探して記帳しておきなさいよ。当麻の命分が入ってるんだからねー」
はいはい、と当麻がいい加減に話を切り上げる。あまりごちゃごちゃいうと亜由美のお小言が始まるからだ。
「とりあえず、伸のプレゼントはなんとかなったし。明日のケーキ作りがんばれよ」
「あ、当麻逃げる気—?」
にげさせてくれぃと当麻は呟きながら自室に戻る。
ああ、ホワイトデーなんてものがなんでこの世の中にあるんだ?!
自室に戻った当麻は心中で叫んでいた。

「ハッピーバースデー! 伸!!」
翌日、伸の誕生日パーティが行われた。送別会も兼ねているようでもあるのだが、その事は誰も口にはしなかった。自分たちにはさよならという言葉は似合わないから。離れていても心はつながっている。そう皆思っていたから。
秀も遼も純も駆けつけてきていた。わいわいといつものようにパーティが行われる。
仲間内から山のようなプレゼント攻撃を嬉しそうに伸は受け取る。
普段はクールな伸もこの時ばかりは笑みが浮かんでいる。
その中でも珍しく当麻と亜由美が合同で書いたバースデーカードは皆のからかいの的となった。
「相変わらず、いちゃついてやんのー。いっそのこと同じ名字にしとけばー?」
秀がまっさきにからかう。
その言葉に当麻が真っ赤になる。
「そんなこと勝手にできるわけねーだろーが。お前だって最近彼女が出来たって噂を聞いたぞー」
「あ、おいっ。伸っ。ばらしたのかっ?」
伸は素知らぬふりをしてプレゼントを開けている。
他のメンバーの目が一斉に秀に向く。
「ほぅ。秀にも春が来たのか。めでたい。で、どんな女性なのだ?」
「秀、やったな」
「秀お兄ちゃん、おめでとうっ」
「つき合い悪いと思ってたらこれがなんとデートに忙しいという噂だよな」
「まぁ、秀。おめでとう。今日は本当におめでたい日よね」
「秀、おめでとうございます。お幸せに」
「わーい。秀にも恋人できたんだー。今度紹介してよ。ねっ? ねっ? その人可愛い?」
伸そっちのけで皆秀の彼女のことで盛り上がる。
「今日は伸の誕生日とホワイトデーだろー?! 俺の事はなんの関係もねぇー!!」
秀の悲鳴に近い声が挙がってその場は爆笑に包まれた。

主役よりも秀が目立ってしまったパーティが一段落して柳生家にまた静けさが戻ってきた。
ナスティと亜由美と迦遊羅は大量の食器を片づけている。
ねぇ、とナスティが皿を拭いている亜由美に声をかける。
なぁに?、と亜由美がのんきそうに答える。
「この家、残して置いても良いのよ」
ナスティの言葉に亜由美は絶句して危うく皿を割るところだった。
「い、いきなり何?」
「皆気づいていないと思っているらしいけれど、あゆが最近寂しそうにしているのは皆知っているわ。この家を寂しそうに眺めていた日もあったでしょう?」
「で、でも。この家を買ったのはナスティだしっ」
明らかに焦って亜由美が答える。手はすでに止まっている。
「あゆと当麻にはお金がありそうだから買い取ってもらっても良いし」
亜由美はもう口がぱくぱく動くだけになる。
「か、かいとるって・・・」
「うそよ。あたしが二人に売りつけるわけないでしょ? だけど本当にこの家を残して良いのよ。あゆがこの家が大好きなの知ってるから」
「でもっ。税金の問題とか在るし。こんな広い家に一人ナスティ残していくのは忍びないもん。ここはナスティの家で私はただの居候人なわけで・・・」
わたわたと亜由美が答えるがナスティは気にもとめていない。
「また夏休みにでも遊びに来たらいいじゃない。もちろん、あたしも一人暮らし専用のマンションでも借りるけれども。この家を残しておくのはそう難しくないのよ。ほら。おじいさまの財産もあるし」
「だめだよっ。それはナスティのおじいさまがナスティのために残してくれたお金でしょう? それを私なんかのために使っちゃダメだよっ」
亜由美の声が真剣みを帯びる。
「あゆのためじゃなくて私のために使うのよ。あたしはあゆもみんな大好きだから。思い出の残っているこの家を手放したくないだけ。それにあゆの悲しい顔はもう見たくないもの。あゆはあたしの大事な家族の一員よ」
「ナスティ・・・」
その一言をきっかけに亜由美の瞳から涙がぼろぼろこぼれる。
「ナスティー。寂しいよー。皆と離れたくないよー」
えぐえぐと泣きながらナスティに抱きつく。