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粃 ――シイナ――

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 憤るようにこぼれた謝罪に驚く。
「何を、謝る?」
「俺が、見せたんだろう? あんな、胸糞悪い夢」
「いや、そういうことでは――」
「ごめん! ほんとに、ごめん、見せようなんて、思ってないんだ! けど、どうやったら、止められるか……、と、遠坂に訊いておくから、ごめん……」
 項垂れた衛宮士郎は、握った拳を震わせている。
 その腕を掴んだ。
 責めるつもりなどないのだ、謝られても困る。
「そういうことではない。確かに胸糞は悪いが、私が気になったのは、見覚えのない人間がいたからだ」
 びく、と衛宮士郎の肩が揺れた。
「衛宮士郎?」
「そ、そりゃ、たくさん、い、いたし……」
 明らかに動揺を含んだ声に、ピンと来た。俯いたままの衛宮士郎の顎を片手で掴んで、上げさせる。
「アーチャー?」
「心当たりが、あるのだな?」
「っ……」
 見開かれた目ですぐにわかる。確信を持った。
 あの女性は、関わりのある者だ。どういうことかはわからないが、この衛宮士郎の記憶には、私とは違う記憶がある。
「あれは、誰だ」
 静かに問うと、衛宮士郎は目を逸らして、逃れようと顎を掴んだ手首を握りしめてくる。
「誰だ、と訊いている。覚えているのだろう、あの女性を」
「し、知ら、ない……、覚えてない……」
 微かに震えた衛宮士郎に躊躇したが、捕えていてもこれ以上は白状しないだろう。仕方がないので手を離した。
「まあいい。お前が何を隠していようとも、お前の夢は私に流れてくるのだ。すぐにわかるだろう」
 青ざめた衛宮士郎をそこに残して、別棟へと向かう。
「あ……どうしよう……」
 縁側にしゃがみこんだ衛宮士郎の呟きが微かに聞こえた。
 やはり何かある。
 そう、確信した。



***

「ねえ、どうしたの? あいつ」
「あいつ?」
 学校の廊下で遠坂にこそこそと訊かれ、首を捻った。
「アーチャーよ」
「アーチャー?」
「変でしょ?」
「変?」
「衛宮くん、こっち」
 首を傾げていると、遠坂が手招きしつつ歩き出す。
 遠坂について屋上まで来てしまった。
「変でしょ、アーチャーが」
 苛立って地団太を踏むように遠坂に言われ、思い返してみる。
 変……、どこらへんが?
 そもそも自分は、アーチャーの日常など知らないし、今のアーチャーと比べるモノがないので、変だなどとは思ってもいなかった。
「士郎、あんた……」
 険しい顔で遠坂に睨まれる。
「えっと……、ごめん、俺、よく……わからない……」
 正直に答えると、
「はぁー……」
 盛大なため息を遠坂につかれてしまった。
「あの……」
「変なのよ。あんたにはわからないかもしれないけど」
「ぐ、具体的に、言ってもらえると……助かる……」
「だからぁ、ぼんやりしてるでしょ? あと、ずっと何か考えてるみたいだし、セイバーが気が気じゃないほど、あんたのことを穴が開くほど見ていたりもするし、とにかく、何かおかしいのよ!」
「えっと……」
 全然気づかなかった。
 というより、自分はアーチャーを見ることがほとんどないので、今、遠坂から聞いたことに驚いている。
 ぼんやりなんてしてるだろうか?
 何か考え事をしている?
 そりゃ、考えたいことの一つや二つあるだろう。
 それから、穴が開くほど自分を見ている?
 なんだ、それ?
 全く身に覚えがない。
「調子が、悪い、とか、かな……?」
 遠坂に訊いてみたが、ギッ、と睨まれた。思わず半歩下がる。
「自分の使い魔でしょ!」
 怒られた。けれど、曖昧に笑って誤魔化そうとした。
「あのねえ士郎、あんたがあいつを引き留めたんでしょ?」
「でも、何も言ってこないんだから、放っておくしかないだろう?」
「そうじゃなくって! あんたが訊けばすむ話でしょうが!」
「あ、う、うん、そうだけど」
「あのね、別にアーチャーと友達ごっこしろっていうのじゃないわよ。だけど、最低限の他人との関わり方もないようじゃあ、あんたはなんのためにあいつを現界させたのかって、話になるんじゃないの? まあ、もう、人じゃないけどね」
「他人でもないしな」
「上げ足取るんじゃないわよ!」
「ごめん」
 また怒られた。
「士郎、これは忠告。責任を持って、使い魔をちゃんと管理なさい。それも魔術師としての修業よ。ほんとだったら、見習いの分際で英霊を使い魔にするなんて、とんでもない話なんだからね!」
 きっぱりと同級生ではなく師匠の顔で言われては頷くしかない。
 弟子の身で、師匠には逆らえないんだから。
「うん、じゃあ、……訊いてみるよ」
 渋々だけど、そう答えた。
「よしよし、いい心がけね、士郎」
 なでなで、と頭を撫でてくる遠坂に、ムッとする。
「子供扱いするなよ」
「魔術師としては子供よ。とにかく、アーチャーと少しずつでいいから向き合っていかないと、やりにくいんだろうけど、立ち止まっていては、どこにも進めないわよ?」
「あ、うん、そう、だな」
 頷くと、遠坂は先に屋上から出ていった。

 アーチャーの様子が変だ、と遠坂は言った。
 同居している自分は全く気づかなかったのに、夕方家へ来て夕食を食べてから帰宅する遠坂は気づいた。
「気づけるはず、ないか……」
 自分はアーチャーを見ようとしていない。あの姿を見ると、どうしようもなく息苦しい。
 どうにかしないと、とは思っても、何をどうすればいいかもわからず、結局、放置している。
(何をどう訊こうか……)
 そんなことをずっと考えながら家路を歩いた。結論は出ないまま家に着いてしまって、ため息交じりに帰宅した。
「アーチャー」
 縁側から屋根の上に向かって声をかけてみる。
 契約をしたものの、アーチャーとはろくに会話もしていない。
 話をするために呼ぶにしても、どこにいるかわからないので、以前、と言っても、聖杯戦争の時だったけど、セイバーがアーチャーは屋根の上にいると言っていたのを思い出して、そうやって声をかけてみた。
 今までは姿が見えず、どこにいるのかわからなくても、アーチャーを探そうなんてしたこともなかった。たぶん、この屋敷のどこかにいるのだろう、くらいにしか自分は考えていない。
(けっこう酷い話だな……)
 自分が引き留めたくせに、契約を済ませれば完全に放置って……。
 文句一つ言わないアーチャーは、忍耐力に長けた英霊だと思う。
 少し反省する。自分がアーチャーにかなり意識的に無関心だったことに。
(これじゃあ、ダメだよな……)
 自分で責任を取れとアーチャーに言っておいて、自分の領域には一歩も踏み込ませていない。
 アーチャーを引き留めておきながら、そのくせ拒んでいる。
 知られてはいけないから、エミヤシロウには絶対に知られてはいけないことがあるから……。

 屋根にいると思っていたアーチャーは、別棟の洋室にいたそうだ。家主に無断で、と腹を立てたけど、自分はアーチャーにどこに居ればいいとも言わなかったし、気にも留めていなかったことに気づいた。
 ほんとに自分はアーチャーのことを無視していたんだと、反省する。
 アーチャーに何かあったのかと訊くと、夢を見ると言った。
 あの日の夢を見る、と……。
 自分もずっと見ている。
作品名:粃 ――シイナ―― 作家名:さやけ