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姫様の砂糖菓子

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「いつもより遅くなりました。侍女が怒っているかもしれませんから、ご一緒して私から説明しましょう」
 日が傾き、赤く染まり始めた渡り廊下を彼に抱き上げられたまま進む。時折強い風が吹き付けてくるが、膝掛け毛布と彼が羽織った外套の袖が冷気からルキナを守ってくれた。
 おじさまは寒くないのだろうか、そう懸念しつつ見上げると、案の定というか鼻の頭が少し赤い。もちろん初めて見る様子に思わず笑いが零れ、揺れる身体を揺すり上げた男はどうされましたか、とルキナに低く尋ねてきた。
「だって、お鼻が少し赤いんですもの、おじさま」
「……ああ。寒いですからね」
 そう呟き、彼の口元が僅かに持ち上がった。どうやら笑ったのだと気づいたルキナが目を丸くした瞬間、自室の方向から侍女と父の声が聞こえてきた。
 やっぱりお前といたのか、そう笑いながら父が近づいてくる。世界で一番大好きな父の腕の中に受け渡され、先刻見た世にも珍しいおじさまの微笑はルキナの意識から溶けるように消えてしまった。
 それこそ、口の中で溶けて消えた砂糖菓子のように。



 机の上に小箱が一つ。場の雰囲気にそぐわないその箱はルキナの遠い記憶を刺激した。
 思わず机の主に目を向ける。何やら机の側にしゃがみ込んでいると思ったら、どうやら積み上げすぎた書類の一部が崩落して散らばってしまったらしい。ルフレさん、と声をかけると慌てて身を起こし、次の瞬間彼は頭を抱えて書類の上にうずくまっていた。
「だ、大丈夫ですか!? 凄い音でしたけど」
「あ、ああ……コブになるかな、これ」
 頭を押さえてふらふら立ち上がる様子に思わず笑いが漏れた。基本理知的な割に、ルフレには少々抜けた所がある。そう言うとお互い様だと言われてしまうのだが、周囲から基本冷静な知性派軍師と思われている分、彼の方が妙に目立つのは確かだ。案外慌て者でのんきな面もあると分かるのだが、そこまで知っているのはある程度彼と個人的に親しい人間に限られる。
 頭をさすりながらルフレは机の端に腰を下ろした。散らばった書類はそのままで、どうやら後で片づける事に決めたらしい。そうして彼の周囲は散らかっていき、以前は限界まで散らかした挙げ句周囲からせっつかれてしぶしぶ掃除するのが常だった。
 今では、ルキナが定期的に片づけている。最初は申し訳なさそうに気を遣っていたルフレだったが、やがてすっかりそんな環境に慣れてしまって元通りの散らかしっぷりを発揮している。元々そのつもりで手伝っているのだから気を遣われなくなって逆に満足なのだが、周囲に言わせると甘やかしすぎという事らしい。
 しかし、今ルキナが気にしているのは床に散った書類やらそもそもそれ以前から散らばっている紙くずや書物の類ではない。他でも無いルフレ自身の事だった。
 厳密に言えば、彼の態度を気にしている。内心が顔に出たのだろうか、机に腰掛け頭をさすっていたルフレの手が止まり、逆にまじまじと見返されてしまった。
「あの、何か」
「いや、やたらとじっとりした視線でこっち睨んでるから、どうしたかと思って……ああ、今すぐ片づけた方がいいか?」
「いえ、そうじゃありません。でも、ルフレさん」
「うん?」
「お行儀が悪いです。立って下さい」
 ぴしりと言い切ると同時にルフレは机から飛び降りた。神妙な表情に重々しく頷くと、今度は何故か笑っている。
「どうして笑うんです」
「いやいや。ルキナの行儀指導は絶対的な信頼感があるなと思って」
「何ですか、それは。だいたい、机に座るのは行儀が悪いって最初に言ったのは、ルフレさんですよ」
「……そんな事言ったっけな?」
「机に座ったら本を読んであげません、って」
「……ああ、そっちの俺か」
 苦笑し頷くと、ルフレは机の片隅に積まれた本を床に下ろした。ルキナが運んできたのは休憩用の茶器だったが、そうでもしてもらわない事には置き場所がなかったのだ。やはり近々片づける必要がありそうだった。
 さらに続いた書物大移動の結果、ようやくルキナが腰掛ける椅子が発掘された。そうした椅子は他にもいくつかあるはずなのだが、恐らく半端に拡げられた地図の下であったり、出しっぱなしの歴史書に埋もれていたりするのだろう。頭の中で片づけに繋がる判断をしつつ、ルキナはお茶の入ったカップをルフレの手元に差し出した。
 自分の分も淹れて、カップを手に椅子へ座る。そして些細な会話を交わすのが、こうして息抜きの茶を差し入れた時の習慣になっている。
 最近、『昔の』ルフレに関する話を時折尋ねられるようになった。今更という気もするし、しかし今だからこそ振り返る事ができる事だとも思える。そして、どうやら話をもちかけるルフレにも別の意図があったらしい。懐かしい小箱を眺めつつ、ルキナは手の内のカップをふらふらと揺らした。
「『熱いお茶を急に飲んではいけません』」
「……ん? どうした」
「私、よく急に飲んでは咳き込んでたんですよ。舌も火傷しちゃって」
「ああ、そういえば……うん。そうだな、それで今度は音立てて啜るようになって、やっぱり注意されるんだろう。今度は、『音を立ててお茶を飲んではいけません』って」
「はい、そうです」
「うん。この間、姫様にそんな注意をしたな、そういえば」
 やはり同じ事を繰り返しているらしい。
 二人が話しているのは、ルキナの事だった。それは今こうして手の内で茶を冷ましているルキナ自身の事でもあるし、少し離れたイーリス王城の中で健やかに育っている姫君の事でもある。お互いの事を話題にしながら、話の中に出てくる人数は四人なのだ。
 会話しつつ、ルキナの視線がちらちらと机上の小箱へ向いているのに気づいたのだろう、ルフレは半ば空になったカップを机に戻すとその手で小箱を取り上げた。
「昨日、城から下がる時に買ったんだよ」
「城下で手に入るものなんですか?」
「ああ、最近流行始めた細工物でね。木箱に彫り物を施して、やっぱり細工を施した金属を埋め込んで。繊細で上品だし、案外安いし、使い勝手もいい。ちょくちょく扱っている店があってね」
 言われてみれば、記憶の中の箱とは意匠や大きさが少々違う気もする。どのみち記憶はやや曖昧で、似たような箱だった事は間違い無い。ルフレの手の中でぱちりと音を立て蓋が開き、その中身は……空っぽだった。
「お菓子はこれから入れるんですか?」
「よく分かったな。……考える事は同じって事か」
 ルフレは苦笑する。つまりその箱は、王城で絵本の朗読をせがむ小さなルキナ姫のために手に入れてきたものなのだ。視線を小箱から手のひらのカップへ落とし、ルキナはしばし意識を過去へ彷徨わせた。
 彼の事は、いつも『おじさま』と呼んでいた。口調は丁寧で、愛想は無いし言葉に抑揚も無いし、しかし幼いルキナを無下にする事も無く、彼は実の所結構ルキナに優しく、甘かった。絵本に始まり徐々に難しい物語へ、そしていつも小箱に用意されていた飴や砂糖菓子が彼に纏わる思い出の大半だ。
「読んであげる絵本は、もう決めてあるんですか?」
「いや、さすがに絵本は詳しくないからなあ。実はリズに相談したんだよ、心当たりの題名を後で手紙で知らせてくれる事になってる」
作品名:姫様の砂糖菓子 作家名:下町