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鋭くて温かくて賢いもの

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 桃源郷の空にくすんだ煙が一筋立ち上っていく。
 ぼそぼそと煤を散らす熾火に生乾きの枝葉を突っ込み、白澤はぼんやりと手の内にあるものを眺めていた。それを確認してから金棒を飛ばす。果たしてそれはぼやっとしていた神獣の頭に突き刺さり、もんどり打って吹っ飛ぶのを眺めながら鬼灯は大股でささやかな焚き火の側に歩み寄った。
「飛び火に注意して下さいよ、桃源郷が管理人のミスで焼失なんて笑い話にもならない」
「その前にこっちが消失するっての、この糞鬼!」
「は、死にもしないくせに」
 鼻血を擦る白澤を眺め、鬼灯はふと違和感を感じた。まじまじ眺めていると、当たり前だが胡乱な視線が返ってくる。
「何なの、お前。来るのは夕方って言ってたよな?」
「予定より早く今日の予定が片付きましてね。どうせさっさと終わらせたいでしょうから早めに来てあげましたよ」
 今日の夕方から、和漢薬の研究に関するレポートと薬種の交換と簡単な説明をお互い行うという約束があったのは確かだ。そして現在はうららかな昼下がり、太陽はまだ中天近くで桃源郷を温かく見守っている。鬼灯の言葉を受け、白澤はギリッと目尻をつり上げた。
「こっちにも予定があるっつーの!」
「焚き火をしながらぼさっと何かを弄るのが?」
「はぁ?」
「何か、持っているでしょう」
「……これかよ」
 喚いていた白澤だったが唐突に威勢が無くなった。首を傾げる鬼灯の顔をじろりと睨み、しかし白澤は素直に手の内の物体を相手に晒した――こういうものは抵抗するだけ無駄だと思い知っている。
 なんだこりゃ、というのが鬼灯の素直な感想だった。
 それが顔に出たのだろう。白澤はじろりと不躾な鬼を睨み、鼻先で笑うと白衣のポケットから小さな巾着を取り出した。麻布でできた簡素な袋にその物体はするりと滑り込み、もう一度じっくり眺める事も許されない。
 顔を顰め、鬼灯は顔に出ていた感情を言葉にして投げかけた。
「何ですか、それは」
「ナイフ」
「……ただの石に見えましたが」
「無知な孺子はこれだから困る」
 拾い上げられた金棒が再び地面にめり込み、しかし白澤はそれをひらりと避けると獣の姿に変じた。地を蹴り空へ躍り上がる姿を見上げ悪態をつくと、九つの眼が案外真面目な視線を投げかけてくる。
「火の始末はしっかりしてくれよ」
「お前の焚き火だろうが!」
「邪魔したのはお前だろ? じゃ、後はよろしく~」
「おい、糞豚!」
 白い獣はあっという間に飛び去り、鬼灯は舌打ちしながら足元の草を蹴りつけた。神獣が飛び去った天へと燻った煙が頼りなく立ち上っていく。

作品名:鋭くて温かくて賢いもの 作家名:下町