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鋭くて温かくて賢いもの

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 どこまで飛んでも世界は寒く、ずっと空を漂っていればそれなりに疲れる。獣のままどこかで休むか、そう考えていた時その光景は目に飛び込んできた。
(何、あれ)
 煙だ。それは分かる。火山の近くでいくらでも目にする事ができるものだ。ただ、場所と量がおかしかった。
 まず、そこはどう見ても火山の近くではなかった。起伏の激しい場所ではあるが火山と違って木が多く、近くに川も流れている。そしてその煙はずいぶん細く頼りなかった。
 その煙に彼は惹かれた。彼は好奇心旺盛だった――そういう存在として世界に在る定めだった。それに、その煙は彼にささやかな予感をもたらしたのだ。
 何しろ、それはあまりに不自然だった――そして、彼を白澤と呼ぶ者達が住まう場所においてはさほど珍しくも無い現象だった。つまり、そこに何かがいるのだ。彼と同じような好奇心が強すぎる存在なのか、はたまた未知の何かなのか。
 どちらにせよ、それはひどく好奇心をそそるものだった。彼は多くを知る存在だったから、『知らない』事に対してずいぶん貪欲だった。

 降り立ったその場は色々な意味で彼の予想とは違っていた。
 少しだけ、期待していたのだ。最近、猿と呼ばれる生き物の一部が妙に知恵をつけてきた。時々ふらふら二本足で歩き、手先もどんどん器用になっていく、そんな様子を彼は心躍らせながら眺めていた。知識の神である彼はそれを活かす可能性を持つ生物の存在に敏感だった。
 つまり、今回もそうではないかと思っていたのだ。あの生き物の仲間がそこにいて、いよいよ火を使う術を身につけたのではないか。そこに行けば、たぶん彼も温かい。火の側なら彼らに近い姿でも温かく過ごせるだろう――
 その予想は当たっていたし、けれど外れた。

 少し離れた場所で獣から二本足に変じ、そろそろと近づいていく。獣のままだと逃げられてしまう事があるからだ。二本足の彼は体が小さいから、極端に敵対的な態度を取られる事は少なかった。それでも、一応警戒された時の事を意識しながらそっと目的の場所へ近づいていく。
 だが、そうした気遣いは結局全部無駄に終わってしまった。
 彼は少しぽかんと口を開けてその場に立ち尽くしていた。臭いが凄い。乱れ果てた下草やへし折れた灌木の枝葉に大量の血と肉片、引きちぎれた毛皮の類がぶちまけられている。ぐちゃぐちゃのものもあれば原形を留めているものもあって、恐らく大型の肉食獣に襲われでもしたのだろう。そうした現場は古い時代から存在していた彼にとってそれなりに見慣れたものであはった。
 ただ、この状況では全く予想していなかった。立ち上る煙を見てちょっと浮かれていたのだ。また新しく変化した生き物が一つ知恵を得た事が幸せだった。それを見てみたかったのだ。
 煙は未だに立ち上っている。血でべたべたになった剥き出しの地面にぐるりと石が円状に置かれていて、ひどく不器用なそれの中央に乾いた木枝や葉が重ねられていた。か細い煙はそこから立ち上っている。
 彼はその側にしゃがみ込んだ。簡素な焚き火の側にごつごつとした腕が転がっていて、良く見ればその手に何かが握られている。そっと手を伸ばし、固く冷たい指をこじ開けてみればそれは石だった。
 自然の石では無い。何かにぶつけて尖らせた、それは明らかに刃物として作られたものだった。
 それをしばらく眺め、彼は側に落ちていた毛皮の切れっ端でその石を丁寧に包んだ。そしてしばらく考え、ささやかな火を消した。周囲の森が燃えてしまっては、困る。
 ついでに、何とか形が残っている残骸も全部穴を掘って埋めた。
「なあ、お前達と会ってみたかったな、僕」
 膨らんだ土の山に話しかけても仕方が無い。分かっているけど、話しかけた。彼は知識の神だったから。
 火が消えて、日も落ちる。寒さに震えた二本足は獣に戻り、星を抱く空を飛んだ。暗がりの中に火の赤を見つける事は、できなかった。

作品名:鋭くて温かくて賢いもの 作家名:下町