What's the name of the Game
エドワードの眉間にしわが寄った。しかし彼は「そんな馬鹿な」とは言わず、腕組みしてなにやら考え込んでしまった。
「たとえば通風孔。何も窓だけが進入経路じゃないし。それどころか、巧妙にホテルの人間を装ってやってきて、室内に何か異常や不備があるといって君に断って堂々と入ってくる輩だっていないとは言えないじゃないか」
「…あんた随分頭が回るっていうか、想像力があるな…」
エドワードは困惑したような顔でぽつりと言った。
「臆病なものでね。最悪のケースを常に想定してるんだ」
ロイは面白みもなく答えた。
「だから、確かに寝てしまうのは論外かもしれないけれど、別の部屋にいるのもあまりよくない気がしないかね」
「なるほど…」
説得の甲斐あってか、エドワードの天秤は傾きつつあるようだった。あと一押し、とロイは頑張った。
「それに、熟睡してしまわなければいいだけのことなんじゃないかな」
「な…」
ロイがこともなげに言った言葉に、エドワードは軽く目を瞠り、ついでに頬を薄く染めた。
ロイになら、つまり国軍大佐ロイ・マスタングにならそういう仮眠を取ることが出来る。彼は文官ではなく、立派に現役の軍人だったからだ。だがエドワードはどうであろうか。
「そ、そうだけど…」
「また素人考えで恐縮だがね…効率よく休憩を取るのも、身辺警護には必要な資質なんじゃないかな? 誰だって休みを入れなければ体がもたないじゃないか」
「…………」
エドワードは難しい顔をして黙り込んでしまった。だが否定するならとうに口にしているだろうから、そういうことではないのだろう。
「…エドワード?」
少しだけ間をおいてから、ロイはダメ押しとばかり呼んでみた。すると…。
「…わかった」
少年は渋々といった様子で落ちてきたサイドの長い髪をかきあげながら、ロイの考えに肯定を返した。
「じゃあ、あんたが寝てる反対側にいるから。オレ」
とりあえす、どうにか事態はロイの思惑通りに進んだようである。
エドワードと別室になってしまうと、困るのは実はロイだった。勿論、ロイがエドワードに守ってもらう必要があるからではなく、ロイがエドワードのことを、己の素性を知らせることなく危機から守らなければならないからである。それと、明日からあと二日間この任務が続く以上、エドワードの体調もまたロイが気遣わなければいけない範囲内だろう。いざという時動けないのでは、ロイとしてもいささか困るのだ。
「…まったく」
ロイとしても今日は予想外の事態の連続で少々疲れていた。だから、狸寝入りは実は結構しんどかったりもしたのだが、どうにか耐えた。そして、ようやく目を開けたのは、隣のベッドに横にならずに座っているはずの相手の呼吸が深く長くなったのを覚ってからである。
呼吸音から察した通り、少年はこくりと船を漕いでいる。その幼い容貌と相まって、なんとも可愛らしい。とはいえ、さすがに近づけば起こしてしまうかもしれない。プロではないが、ただの素人よりはさすがに鍛えているのだから。
ロイは軽く半身を起こし、室内、特に、隣室くらいにあたるリビングの方へ意識を巡らせた。今のところ、変わった様子はないようだ。ほっと安堵する。だが油断は禁物である。
長い金髪を、壁に寄りかかる時当たって痛いからと今はゆったりとした三つ編みにしている少年を、ロイは向かい合うように壁に寄りかかり、目を細めて見つめた。苦笑まじりに。
「…人の美しい夢を壊してくれて、一体どうしてくれるんだ」
――いつか美しい少女が訪ねてきて、あの時助けてくれてありがとう、とはにかんで礼を言う未来を楽しみにしていたのは、結構本心だった。勿論それを心の糧にとは言い過ぎだが、そんな無邪気な夢を望みたくなる時だってある。何しろ殺伐とした世界で生きているのだから。
だが小さな女の子のような姿を見ていたら、憤りなんて出てくるわけがなかった。それに、美しい少女、はともかくとしても、彼が自分を助けてくれた身辺警護のことをずっと忘れずにいたこと、もう一度会って礼が言いたかったから同じ職を目指しているのだという言葉はロイの心を随分と暖めたのも確かなのだ。まして彼は、勘違いした男が言った「髪を伸ばして」なんていう冗談を真に受けて髪まで伸ばして。
「…やっぱり、向いていないと思うんだがな」
自分がもし本当に無力な男だったとしても、こんな風にあどけない寝顔を見せる子供に守ってもらうなんて出来ないと思うのだ。きっと、命を賭けても守りたくなってしまうだろう。そう思った。
夜半。
意識を浅いところに置いて、休息を取るためだけに横になっていたロイの耳に、本当に微かな、風の音のような音が聞こえた。それだけで、彼はパチっと勢いよく目を見開いた。
「……」
リビングとベッドルームはたとえばドアで完全に遮断されているわけではなく、廊下とも呼べないかもしれないが、通路のような短いスペースで繋がっていた。そのため、異変は覚りやすかった。
ロイは気配を殺し、呼吸のリズムを崩さないようベッドからゆっくりと移動した。幸いにして、エドワードに起きる様子はない。頼むから起きるなよ、と念じながらロイはそろりと隣へ移動した。
侵入者は正攻法過ぎることに正面の入り口、つまりはエントランスから入り込んできていた。思った通りホテルは味方とは言えなそうだ。エドワードを支配人が知っていたことから、彼の行動は予測されているのだろうと踏んでいた。むしろ一服盛られなかっただけでも幸いだったのかもしれない。
間違いなく相手は軍の人間だろうが、まだこちらには気づいていないようだった。
ロイは距離を計った後、手の届く所にあったクッションを手に一気に飛び出した。そして、相手をすぐに引き倒すと顔にクッションを押し付ける。絨毯は音を一切立てず、クッションは相手の批難をすべて受け止めた。最も、ロイはクッションを押し当ててすぐに、馬乗りになった相手の鳩尾に真上から体重をかけた重い拳を見舞ったので、すぐにも襲撃者の体は動かなくなったのだが。
ロイは、まず一人、と思いながら素早く離れたが、今の所部屋の中にも外にも人はいないと見、意識を飛ばした男の足を引っ張り外へ出る。廊下はがらんとして不気味なくらいだったが、ロイは勿論気になどしない。
笑ってしまうくらい定石通りの黒づくめの襲撃者の手首を縛ってドアにくくりつけた後、ふと思い立った彼は電話脇のメモに走り書きをして男の防弾チョッキの合わせ目に挟んだ。
?Don’t disturb?
老舗ホテルであればこれくらいの融通は利かせて欲しいものだ、彼は肩を回しながら皮肉っぽく笑った。
その後は室内への侵入者はなかった。窓側から来た者は、ロイが窓に仕掛けていた撃退用の罠で落ちた音がした。外から鍵のあたりに手をかけようとしたらランプのオイルが零れる様に細工しておいたのだ。まあ、窓から来る者だ。最低限の備えはしていたはずだとロイは楽観的に信じている。
空が白み始める頃、さすがに疲労を感じ始めたロイの意識の隅で、エドワードの呼吸が浅くなった。
「ん…」
ふるりと瞼が震えて、夢見るように開かれる金色の瞳は美しかった。
「…あれ?」
「……」
作品名:What's the name of the Game 作家名:スサ