What's the name of the Game
澄まして答えれば、エドワードが一瞬目を瞠った後、それじゃ詐欺じゃん!と憤慨の声を上げた後、おかしそうに笑った。
「あんたってば、面白い人だな」
そうして笑って、じゃあチキンもらう、と嬉しそうにロイの皿からチキンを搬出していった。
先に風呂に入らされ、暢気に頭を拭いていたら、どうも少年には湯を使う気配がない。ロイは暢気な態度の延長のまま問いかけた。
「風呂には入らないのか?」
「いい。だってその間あんた一人じゃないか」
「…エドワード。これは友人から聞いた話なんだがね」
ロイは前置きしてから語って聞かせた。
「匂いを残さないのがプロだというよ」
「…匂い?」
「そう。たとえそれが汗のにおいでも」
「……」
「自分の気配や、そこに確かにいたという証拠を残すのは、プロの仕事ではないということだろうね。そしてここから先は素人考えだが…」
ロイはしゃあしゃあと言ってのけた。誰がどの面を下げて「素人」なのだか。
「風呂に入っていたらガードできないというのはちょっと固定観念に縛られすぎじゃないかな」
「え…?」
「考えてもごらん。相手が弱っているところを襲撃するのが定石なのは至極当たり前だと思うだろう?」
「………」
「だとしたら、弱いだろう、と思われる場面こそすぐに反応できた方がいいんじゃないかな」
ロイは小首を傾げて素人っぽく問いかけた。
「たとえ裸でもすぐにガードする相手のところに駆けつける、すぐに身を守る衣服を身に付ける、武器になるものを探す…そういう反射神経も必要なんじゃないだろうか」
「…なるほど…」
少年は難しい顔をして腕組みをした。
だが理屈をこねくり回すロイの内心は大したことはなくて、折角綺麗な金髪なんだから汗で汚すのは惜しいなあ、と思っただけのことだった。
「だから、訓練だと思って湯を使ってくるといいと思うよ」
ね、とのほほんとした態度を装いつつ、ロイはエドワードにもう一度入浴を勧めたのだった。
少年が入浴している間、ロイは引き続き館内配置の記憶と作戦の整理に時間を費やした。例えばこの部屋に窓から侵入者があった場合、たとえば廊下から侵入者がやってきた場合…など多角的な条件を考慮し、エドワードに気付かれないように細心の注意を払いながら極単純な作りの仕掛けを置いたりした。
何しろこれは、どんなに馬鹿げていても任務であり、かつ、軍のトップからの通達なのだ。失敗して降格ということはさすがにあるまいが、成功した方が今後のためになるのは明らかだった。
「…スリリングなゲームといえばそうなんだがね」
微かな水音を遠くに聞きながら、ロイは困ったようにひとりごちた。
ふぅ、と軽く、だがとても心地よさげな息を吐きながら出てきた少年に、ロイは軽く目を瞠った。長い金髪を今は結わずにおろし、タオルで拭いている姿があまりに少女めいていたからだ。
「あ、わり、その…ありがとう」
ロイの視線に気づいたエドワードが、何となく面目なさげにぼそぼそと口にする。
「いや?」
なんだかなぜここに二人でいるのかを忘れそうになるな、と思いつつ、ロイは全く脈絡のない質問を口にした。
「髪、きれいだね」
男じゃなければ好みなんだがね、とは内心で付け加え、ロイは賞賛を口にした。すると、一瞬目をぱちりと見開いた後、少年はわずかに頬を染める。
「あ、こ、これは…その、」
外見とは裏腹、なかなかに少年らしい少年だということには既にこの半日で気づかされている。それが男らしいと同義ではないのがある意味悩みどころなわけだが…。
とにかく、そんな少年らしい性質の彼が、わざわざ髪を伸ばしているのは、気になるといえば気になることだった。身辺警護にだって、長髪はあまり向いていないように思える。少なくともロイがその任についていたある一時期、エドワードのような長髪の人間はいなかった気がする。
「あの、…やっぱり、男らしくないよな?」
「…君には似合っていると思うが」
ロイは答えを保留した。自分の何人かの部下を思い浮かべてみて、軍の中にはエドワードのように長髪が無理なく似合うキャラクターは少ないような気がした。そしてちなみに、今のロイの直属の部下の中だけで言うのなら、一人もそんな人間はいない。
「…これは、その。…約束した、というか」
「約束?」
エドワードは困ったようにはにかんで、まだ濡れたままの髪を無造作にきゅっと結い上げた。何となく勿体無いような気がして、ロイはその仕種を引き留めたく思う。しかし自然な言葉が思い浮かばず口ごもってしまう。
「うん…」
エドワードは、思い出をなぞる懐かしそうな眼差しで遠くを見ながら、口元には楚々たる笑みを刻み、小さく教えてくれた。
「オレを助けてくれた人が、髪を伸ばしてって言ったから」
「…………」
――どこかで聞いた話のような?
「変だろ? …でもさ、オレのこと守ってくれてさ、撃たれて…なんでもするからって言ったら、髪伸ばせって。わけわかんないよな」
言葉をなくしたロイをどう思ったものか、言い訳するように、照れくさそうにエドワードは言う。だがロイが黙っているのは勿論呆れているからではない。あまりにも身に覚えのある話だったからだ。
「…それで、君は髪を?」
エドワードは、とりあえずロイが馬鹿にしてはいないことを悟ると、うん、と無邪気に笑った。
「なんであの人が伸ばせっていったのかはよくわかんないんだけど…、オレ、あの人にもう一度会いたいんだ」
まさか、今君の目の前にいるのが多分そうだよ、とはロイも言えない。
「…身辺警護になりたいってのもさ。…そしたら、あの人に会えるかなって」
「…君がいくつの時だい?その人と会ったのは」
ロイは声が震えないように気をつけなければいけなかった。まさか襲撃を受ける前にこんな攻撃を受けようとは思っても見なかった。
しかしエドワードはロイの緊張など知らぬ様子で、うっとりとさえ見える顔で答えてくれる。
「うーん…十年くらい前かな」
ロイは舌を巻くどころか頭を抱えたくなった。
――まさか、まさか小さいとはいえ男を口説いていた(…)だなんて!
就寝の段になり、さらにひと騒動が持ち上がった。
「オレはこっちで起きてるからさ」
わざわざベッドが二つある部屋だったのだが、エドワードはすぐ動けるようにとリビングのソファに居座ろうとした。
ロイはどうしたものかなと思いながら一応最初は質問から始めてみる。
「寝ないのか」
「寝ちまうガードなんて聞いたことないよ」
何を言ってるんだといった調子のエドワードを、あくまで刺激しないようにとロイはやんわり続ける。
「でもねえ、エドワード」
「なんだよ」
「私がたとえばベッドで寝ている時に襲われたとするよ」
「ああ。まあ、そういうタイミングで狙うのは定石だろうな」
「その時、君が隣の部屋にいたとする。この場合はまさに、ここのベッドルームのドアを閉めてしまうとまさにそういう状態になるわけだが」
「……?」
「もし、だよエドワード」
ロイは根気よく、気の弱い、情けない男のふりを続けた。結構疲れる。
「別の部屋にいる君に気づかれずに、賊が私の命だけを奪っていこうとしたら…?」
「………」
作品名:What's the name of the Game 作家名:スサ