What's the name of the Game
地上へ出ると、思った通りというか、明かりは消え、代わりに外から大型の照明で屋内を照らし出していた。しかし角度や何かの問題で当然影が出来、ある意味やりやすいといえないこともなかった。ロイはまず、自分に似た体型の者を探し出すと、暗がりに引っ張りこんで昏倒させた後衣服を剥いで猿轡をかまし、ぽいっと外に放り出した。素早く衣服を身につけ、何食わぬ顔をしてロイを捜索している部隊に合流する。藪に放り出したので蚊に食われるくらいはあるかもしれないが、まあ、上官を狙った罰がそれくらいで済んだら安いものだろう。
ロイはともかくエドワードもまだ見つかっていないようでとりあえず安心した。普通はすぐにはとても動けない薬だが、あの少年は薬物には随分耐性があるようだったから油断は禁物だ。
「見つかったか?」
「いや、いない」
「そうか…、…?おまえ…?」
見ない顔だな、という風に相手の顔が動いた瞬間、ロイはにやっと笑い、ヘルメットを上に押し上げた。そこに現れたのが今は一時狙うべきターゲットである上司だと気づいた相手が声を上げるより先に、腰をぐっと落として拳を突き出す。捻りを入れるのを忘れなかった重い拳は兵士の口をおかしな形に歪ませた。前に倒れる体を軽々受け止め、ロイは、こともなげに言った。
「なんだ、躓いたのか? そそっかしいヤツだな」
そうして周りの誰にも異変を覚らせることなくその男を運んで行き、さきほど同様暗がりの藪に放り投げた。
…まあそんな要領で、ロイは着実に敵の戦力を削っていった。
着実だったので時間は少々かかったが、人数は確実に減ってきていて、ホークアイ曰く精鋭隊の人数は半分に減ってきていた。やはりホークアイ以外は恐れるるに足らずなのかと、安心したような物足らないような気持ちを抱く。
「なん、…!」
今もとんとん、と肩を叩いたら振り向いた男に、振り向きざま膝で一発急所に蹴りを入れたらうずくまって再起不能になった。
さきほどから銃どころかナイフさえ使っていないことにロイはだんだん怒りさえ覚えてきている。こいつら明日から特別訓練だ、と。
「待ちなさい」
と、ロイのそんな不遜な思いが天の怒りに触れたか。倒した兵士を暗がりに放り出して戻ってきたロイの背中に凛とした声がかかった。
「そこのあなた、所属と名前を」
相手の声は訝しむどころか確信を持っているものだった。ロイは舌で上唇を舐めてから、一気にぱっと暗がりまで飛び退った。すぐにも銃撃がその動きを追いかけてくる。さすがの狙いにロイの足のどこかを銃弾が掠めていった。ちりと痛みが走ったが、当たったわけではない。
「東方司令部、ロイ・マスタング、君らの上官だ」
ロイは高らかに笑いながら、銃撃がやむ一瞬を読んで顔を出し一発撃った。技量としてはホークアイには及ばないが、彼女の不意を付くことには成功したらしい。彼女の、斜め後ろにいた兵士の構えていた銃を弾いて飛ばしたことで。
「だらしないな、お前たち、私は一人なんだぞ」
にやりと唇を歪め、ちょうど盾にしていたキャビネットを思い切り中尉達に押し倒せばさすがに向こうも退いた。その瞬間に、ロイはさっと場を離れる。そうして今度は二階に上り、外からこちらを照らしている照明を狙える場所まで走る。
その手には用意した銃の他に、さきほど倒した兵士が持っていたライフルが握られている。このあたりは抜け目ないとも言える。
「狙撃は得意じゃないんだがな」
呟きつつ、けれどロイに迷いはない。
屋根に這い出て位置を確保する。幸いにして二階のその場所は相手の意識になかったらしく、気配はなかった。照明を置いた時にこの位置を確保しに来ないなんてどういう手抜かりだとロイはまた内心で部下を叱咤する。まったく、緊張が足りない。それともそこまで与しやすしとでも思われていたのか。
「…っ」
一発でしとめなければ位置を覚られこちらが狙われる。どの道、すぐにも探し当てられるだろうし、時間を争う。ロイはトリガーを引いた。
高い音がして照明のガラスが割れ、それから小さな爆発の音。
そうして明かりは消えさり、そこには夜の闇だけがもたらされた。ロイは長めに息を吐き、ライフルを思い切り庭先へ放り投げた。狭い暗がりでこんな長物役に立たない。
そこからは再び階下に戻り、ロイの孤独な戦いが続いた。
「…さすがにおまえは出来るか」
だが残りはさすがに精鋭だったか、ロイの意識は高揚していた。
「大佐こそ、いつ鍛えてんすか?」
互いにナイフを構えながら、向かい合うのはロイの腹心のひとりだ。いるだろうと思っていたが、本当にいたとは。
「それは企業秘密だ」
「マスタングコーポレーション?」
切り結びつつも、会話は暢気なもので、訓練の延長のような空気がそこにはあった。しかしそれまでの易々と倒されていた兵士達とは違い、部下、ハボック少尉はさすがに骨があった。
「しかしどういう基準で選んだんだ、このチーム」
「基本的に志願制です」
ガキッ、と不快な金属音を立てつつ、二人の会話は続く。
「訓練が足りてない連中が多すぎないか?」
「まあ、油断もあったとは思いますがね」
ハボックも苦笑した。
「大佐が強すぎるんですって」
「おだてても何もでないぞ」
「いやいや、…でも大佐、ここだけの話」
ハボックが声のトーンを落とした。
「なんだ?」
「…連中、大佐のこと明日からすごく見直すでしょうね」
「…?」
気のいい部下はそこでウィンクすると、黙っててくださいね、と言い置き付け加えた。
「中尉は多分、そこまでは計算してると思うんで」
「………」
日頃の行いの悪さ、なんて彼女は言ってくれたが。なるほどそこまで計算しているとは。ロイの顔に自然と笑みが浮かんだ。
「私は幸せ者だな」
「でしょう、ちょっとは俺らに感謝してください」
「おまえは何をしたんだ」
「情報提供したじゃないですか」
徐々に人が集まってくる気配を感じ、ロイとハボックは目配せしあった。
「あと何人くらい残っている?」
「俺を入れて十人切ってますね」
部下は正確に把握しているらしい。やはりこいつは、とロイは嬉しくなる。
「私は一端逃げるぞ」
「俺に倒されちゃくれないっすよね」
「馬鹿を言え」
「ですよね」
ハボックは人懐っこい顔で苦笑し、わざとロイに背中を向け、そうして声を張り上げた。
「敵は庭に逃げた! 追いこめ!」
正直に(だが疑えというのも酷な話か)誘導に従い庭に出る足音を耳に、ハボックはロイを再び振り返った。そしてしゃれた仕種で小さな敬礼をくれると、彼もまた走り出した。
「…酒くらい飲ませてやるか」
――ボインのホステスがいる店で。
と、ロイは感心な部下への褒章を考えてみたりした。
とにもかくにもそうして敵を追い込み、ロイの他は五人程度まで削っただろうか。さすがに機会をうかがうようになっていたところで、思わぬ事態が起こった。
「おい、隠し部屋だ!」
「…!」
作品名:What's the name of the Game 作家名:スサ