What's the name of the Game
ロイは目を瞠り、慌ててエドワードを隠した階段脇の隠し部屋へ向かった。遠目にもその扉が開いていることはわかり、舌打ちする。まさかそんなに早く回復して動き出すとは思わなかった。いや、回復はしていないかもしれない。ただ意地で動き出したのだとしたら…。
「…馬鹿が!」
舌打ちし、ロイはエドワードの気配を探す。
「うわぁっ」
と、兵士の悲鳴が上がり、そちらを向けば長い金髪が夜目に浮かび上がるようにしなやかに動いていた。エドワードだ。
エドワードが、兵士を俊敏な動きで沈めたところだったのだ。
ロイは思わず舌を巻いた。なんていう動きだ、と素直に感心してしまった。
「おい、あいつ、どこにやったんだよ!」
しかしエドワードが怒鳴った声を聞けばいくらか苦しそうで、薬の影響が残っているのだと知れた。それであの動きかと思えば脱帽だ。
「包囲!」
しかし感心している場合ではなかったらしい。
少なくなったとはいえ、逆にそれでもここまで残った精鋭だ。
ホークアイの号令で少年を取り囲んだ人数はけして多くはなかったが、逃れられるとも思えない。ロイはじりじりと近づきながら、危害を加えてはくれるなよと念じる。ホークアイはあまりひどいことはしないだろうが、指令の内容がわからない。ロイを狙うのは本気まじりだったかもしれないが、ロイが守れと伝えられているエドワードのことがどうやって伝わっているのかわからない。危害を加えてもいいと、まああの親ばかがそんなことを許すとは思えないが、もしも万が一そんな命令が下されていたらと思うと気が気でない。
けれどそんなロイの気など知らず、エドワードはまっすぐにホークアイを見返し、強い目をそらさずにいる。
「あんたが親玉か」
ロイは、エドワードのまっすぐさになんだか笑いがこみ上げてきた。この状況であの態度はおかしいだろう。
けれど笑う代わりに、彼は行動を起こした。よく狙い、ホークアイの足元を撃ったのだ。そして生まれた隙に乗じてロイは駆け出し、銃のグリップで手近な兵士の頭を思い切り殴りつけて吹き飛ばすと、エドワードの前に立ちはだかった。
「…ロイ!」
驚きの声を背中で受けながら、ロイは片頬で笑った。
「――君はやっぱり警護官には向いていないと思うよ」
「…?!」
すぐに立ち直り向かってくる兵士達に向けて、ロイは手榴弾によく似た形のものを放る。さすがに何かを投げつけられる仕種で、相手は危機を覚って離れる。だが爆発など勿論起こらず、発生したのはただ煙だった。
「この距離で爆弾なんか投げるわけがないだろう?」
朗らかに投げ捨てて、ロイはエドワードをもう走るのを待つのは面倒とばかり荷物のように抱えて走り出した。隠れ家の裏手に広がる森の中へ。
ひとまず距離を置き、あらかじめ以前にチェックしていた場所にて身を潜める。そこは洞窟になっていて、雨風くらいはしのげるようになっている。隠れ家を決める時に周囲の環境を調べたロイはそれに気づき、事が起こった時にはそこを使おうと思い、簡単な備えを置いておいた。簡易燃料と飲み水だ。
「……」
つれてきてからこちら、さすがにエドワードには元気がなかった。
ロイとしても、もう慰める言葉がない。それに慰めになどもう意味がない。ああ、しかし謝ることはあるかとロイは気づいた。
「エドワード」
黙って顔を上げた少年に、ロイは、座ったまま顔を向けた。
「わるかったな」
「……?」
「その。初めてだったりしなかったかと」
「……?」
怪訝そうにしかめられた眉にロイは少しだけ笑って、隙だらけの少年の顎を捕まえた。ぴくりと震えたのに苦笑ひとつ。親指で唇をなぞって教えてやれば、かあっと頬が染まる。
「…でもあれは緊急事態だ。ノーカウントにしてほしい」
「な、…なっ…」
ロイは笑って手を離し、座った体勢のままごろりと横になった。岩場の上には薄いシートが敷かれているだけで、寝心地がいいとはけして言えなかったが、岩そのものではないだけましだった。
「……なあ、あんた」
「ん?」
座ったまま横を向いてこちらを見つめる少年に、ロイは愛想よく笑みを向けた。
「あんた、ほんとは、いったい…」
しかし答えは与えない。
「なあ、なんで、オレにガードなんて…」
エドワードは焦れたような顔でこちらを見ていた。両手を突いて、身を寄せて、どこか必死な面持ちでこちらを見つめている。ロイはしばらく瞬きもせずその顔を見ていた。約束を果たしにやってきた、美少女ではなかったけれど可愛い子供を。
その金色の瞳は星のように輝いて美しい。
「…え…?」
その瞳から目が離せなくなった時点で、ロイは自分の負けを覚悟した。
笑みを消して、物も言わず少年の手を取り、そっと自分の腹に当てさせれば、彼の顔には困惑が浮かんだ。しかしロイは離さず、軽く半身を起こした。そして、小さな声で真摯に告げる。
「――むかし、ここを撃たれたことがある」
「……」
「もう、十年も前の話だ」
エドワードの目が大きく見開かれた。
「…約束を覚えていてくれて、ありがとう」
「あんた…」
ロイは驚きに固まっている少年の頭を、そうっと撫でた。目を和ませて、それまでの演技とは違う、心からの微笑を口元に湛えて。
「長い髪がよく似合って、綺麗だ」
「…あんた、あの時の…」
エドワードが呆然と呟くのに、ただ頷いて示した。
そうするとその唇がわなないて、泣きそうな顔になる。
「……〜っ」
ぎゅっとつぶられた瞼からぽろりと雫が落ちるのを、ロイは見た。そうして、あやすようにそうっと抱き寄せれば、ロイに比べたら小さな、けれど確実に鍛えられた手が縋るようにしがみついてきた。こめかみや目尻に口付け、髪を背中を撫でては下ろす。それでもエドワードの噛み殺した嗚咽はやまなかった。
「…黙っていて、ごめんよ」
「いつっ、…気がついたんだよ!」
「――最初に君を見た時、まさかな、って思ったんだよ。好みの金髪だと思ったから」
冗談のように告げれば、あんた馬鹿じゃないの、と鼻声で詰られた。そうかもしれない、と答えれば、さらに馬鹿と怒られた。だが勿論頭になどこなかった。
「…オレのこと、ばかにしてたのかよ…」
「とんでもない」
ロイはちゅっと音を立てて白い額に口づけた。そうすれば、ふてくされた顔でエドワードが睨んでくる。上目遣いで。
「頑張っている姿を見ていたら、応援したくなって困ったよ」
「…どうだか」
「本当だ。…だが、正直冷や冷やしたこともある」
「……」
ロイは困ったように笑った。
「待ち合わせ場所がオープンカフェなのにはまず驚いた」
言えば、エドワードの頬が薄く染まる。しかしロイはさらに減点箇所を挙げていく。
「簡単に自分で毒見はするし。それから、あのホテルもいけない。君のなじみの、君が行きそうな場所くらい父上達が把握してないと思ったのかい?」
「で、でも…、それは」
「まあ意見は君にもあると思うが。…そうそう、あれもいけない。君はお腹が膨れて昼寝してしまっただろう。あれね、今だから言うが、君は結構寝てたんだ」
「…!」
大きな目が泣きそうに歪んだ。
「しかも私が近づいても起きないし。どうしようかと思ったよ」
作品名:What's the name of the Game 作家名:スサ