What's the name of the Game
「あ、…あんたに気配がなさすぎるんだ!」
「そうかい? 今回に限っては一般人のふりをするのに随分無駄な気配を残しておいた気がしたんだけどね…。まだまだ私も修行不足か」
肩をすくめ嘆息するロイに、エドワードは物言いたげに震えている。しかし言葉にはならないようだ。
「まあ他にもないではないんだが…」
「まだあるのかよ!?」
抱きしめられている腕の中から抜け出そうともがき暴れるエドワードに、こら、大人しくしなさい、とロイは笑う。
「まあ、それでも、君のやる気は認めるよ」
でもね、とロイは情けなく眉尻を下げた顔で付け足した。
「それでもやっぱり、君は警護官には向いていないと私は思う」
「…なんでだよ…」
「というより、警護官にしてしまうのは勿体無いといえばいいのかな」
「…?」
「多分、君に向いているのはもっと違うものだよ」
ロイはエドワードを抱きしめたまま、ごろんと横になる。きょとんとしていた顔が驚きに目を丸くするのを見ながら、ロイは笑う。今はとてもいい気分だった。
「――エドワード」
低めた声で囁けば、照れたように頬が染まる。
「私の所に来る気はないか」
「……え?」
「君は警護官には向いていない。だが、君の明晰さや武術の腕前はとても秀でたものだ。薬物の知識や耐性の強さもすばらしいね」
「……」
褒めれば頬の赤みが増した。実に素直だ。
「私のそばで。私のために、働く気はないか?」
「……あんたの、そばで?」
「ああ。そうしてくれたら、私は嬉しい。そうしてはもらえないだろうか」
エドワードはじっとロイを見つめた。今は眼鏡を取り去った、よく見れば確かにあの日の青年の面影を残した顔を。自分は瀕死の重傷だったくせに、髪を伸ばしてと笑ってくれた彼を。
エドワードは彼に会いたくて、彼のようになりたくて、出来れば彼の近くに行きたかったから警護官になりたかったのだ。重要なのは彼と共にあることで、職業はこの際諦めてもいい。だって、「彼」にそばにいて働いてくれと言われているのだ。
「…オレで、いいのか?」
「ああ」
「ほんとに?」
「本当だとも」
ロイは笑って、ぎゅ、と胸に小柄を抱きこんだ。
その扱いには正直不満があるのだが、ロイが楽しそうならそれでいいか、という気になる。基本的に周囲に愛され、かまわれて育ったエドワードは、少々度を越えたスキンシップであろうともあまり違和感を感じないように出来ている。大体その原因は、子供がうんざりしてしまうくらいの度を越した猫可愛がりをしてくれる父親あたりに原因があるのだが…。
「…じゃあ、オレ…、身辺警護は諦める」
「うん。それがいい」
やわらかな金髪に頬をつけて、うっとりと息を吸い込んでロイは答えた。そうだ、それがいい。この子にそんな任務はどう考えても似合わないし、誰かのために怪我をしたり、時に命の危険にさらされたりなんて、考えるだけでも背筋が凍る。
「あんたのそばで、あんたのために、働く」
「ありがとう」
「でも、あんたは何してる人なんだ? もう警護官じゃないんだろ? 東方司令部にいるのか?」
さきほどの、友人の話だとして話したことを思い出しながらエドワードは尋ねた。するとロイは笑って、さあ、どうだろう、と答えた。
「なんで教えてくれなんだいよ! やっぱりオレに自分とこに来いっていったのうそなのかよ!」
「そんなことはないよ。私は私、ロイ・マスタングだ。君はそれだけ知っていれば十分だよ」
「……変なの…」
エドワードは口を尖らせたが、顔中に母親のような優しいキスを贈られてくすぐったく、なんだかどうでもよくなってきてしまった。それまでの疲れや、薬の影響が今になって色濃く浮上してきて、急激な眠気に襲われる。
「…エドワード?」
囁くような声が呼んでいたが、もう答える気力はなく、安心できる腕の中で少年は眠りに落ちて行った。
三日目、待ち合わせ場所は、初日と同じオープンカフェだった。
気づいたら洞窟ではなく車の中だったエドワードは、結局ロイがどうやって自分を運んで車に乗せてくれたのかわからなかった。恥じ入る気持ちもあったけれど、どうせ相手は一般人ではない。今はどうだかわからないが、昔は軍のエリート、身辺警護の一人だったのだ。エドワードがかなわなくても当然だろう。
「一度ホテルに寄ってから向かおうか」
「…ホテル?」
「最初に泊まったホテルだよ。チェックアウトしていないだろう」
言われてみて、そういえば外出してそれきりだった、とエドワードも思い出した。
「シャワーを浴びて、朝飯も食べて、それから行こう」
ロイは、一晩戦闘や潜伏をしていたとは思えないほど元気そうに見えた。すごいや、とエドワードは素直に認める。認めるしかなかった。
「エドワード?」
目を閉じて、ぽふ、と椅子に埋もれたら、どうした?とロイが尋ねてくる。けれどなんだかまだ眠くて、エドワードは何も答えなかった。すると苦笑の気配がして、ロイはまた運転に専念しだしたようだった。
そういえば車の運転を代わればよかった、とエドワードは夢現に思う。確かに庭でしか乗ったことがないと言ったけれど、庭と言っても、それは大総統の私邸の庭に造られたサーキットでのことだから、多分公道で乗るのと大差ない様子で運転は出来ると思うのだ。だが大総統の名を出すのはどうかと思い、庭、とだけ言ったので、ロイにはきっともっとたいしたことがないと思われているだろう。それは少々悔しい。
今度は格好良く運転して驚かしてやるんだ、とまどろみながらエドワードは思った。
それから計画通りにホテルに寄って、身支度を整え、軽く食事をとってから、昼下がりのオープンカフェにふたりは向かった。
「ところであの車って、傷とかついてなかったのか?」
不意に思い出し尋ねれば、ロイが笑った。
「保険に入ってるさ。どうってことないよ」
「新しいの買って返さなくていいのか?」
きょとんとして首を傾げるエドワードに、ロイは深々と溜息をついた。
「…君に一番足りていないのは一般的経済観念だな…」
エドワードがさらに首を傾げたのは言うまでもないだろうか。
オープンカフェには、新聞でしか見たことのないホーエンハイム教授と、眼帯の目立つ黒髪の壮年の立派な男がいた。普通に座ってお茶をしているその二人の姿に、ロイは正直心臓が止まるかと思った。
「か…!」
口を引きつらせるロイの横、エドワードはごくごく自然な態度で「キングおじさん」と声を上げていた。おじさんって…、とロイの引きつりはさらに激しくなる。だがどうにかこうにか表面上の動揺を抑えて、ロイもまた二人の待つテーブルへと足を向けた。一応、さりげなくではあるがカフェの周囲は護衛が配されているらしい。だがそれは大仰なものでは全くなくて、ここで何かあったらどうする気なんだこのおっさんどもは、とまたぞろロイの反抗心に火がつきそうだった。
「おお、エド。元気そうで何より」
「エド! 無事だったかい!」
作品名:What's the name of the Game 作家名:スサ