What's the name of the Game
黙っていれば立派な風采の男にしか見えない金髪の男ががたっと立ちあがり、黒髪の眼帯の男はカップだけを気さくに上げて挨拶した。ロイは、閣下と呼びかけるのも不用意かと思い、目立たぬよう目礼する。
それに任務の期限はまだ切れていない。
「まあ、座りなさい」
「はい」
エドワードの方もどうやら父親は徹底無視の構えらしく、ブラッドレイ大総統のみを向いて返事をし、その隣に腰を下ろした。ロイはどうしようかと迷ったが、エドワードに従い、彼の隣に腰を下ろした。
「何か飲むかな?」
「いえ。…まだ任務中でしょう?」
エドワードの答えに、キングは目を細めてかかと笑った。
「なるほど、なるほど。立派な心構えじゃないか。…ではまず任務の終了を告げよう。さあ、これで君は自由だ」
ちらりとキングの目とロイの目が合ったが、エドワードは気づかない。ロイは目礼を返したのち小さく肩をすくめ、ブラッドレイはといえば面白そうに目を細めたのみだ。
「甘くないカフェオレ、だったね」
「はい!」
嬉しそうに笑み崩れるのに、ブラッドレイはそれこそ孫でも見るような目を向けていた。本当に家族ぐるみの付き合いなんだな、とロイは妙に感心してしまった。
「さて…」
ブラッドレイ大総統、お茶目と悪戯で日々補佐官達に悲鳴を上げさせているとの悪評高い男を前に、ロイも気を引き締めた。何しろ相手はロイのボスのボスの(中略)大ボスである。
「どうだったかな、任務の感触は?」
面白そうににこにこと笑っているが、勿論ただの好々爺でなどあるはずがない。
「…オレは、あんまり向いてないみたいです」
「ほう?」
首を振りつつのエドワードの答えに、ホーエンハイムが目を輝かせるのがわかった。しかしブラッドレイの方はさほど大きな衝撃はなかったらしい。いや、むしろ残念そうにさえ見えるような…。
「諦めるというのかね」
「はい」
「随分あっさりしているね」
「エドワード! ああ、よかった!」
「親父うるさい」
エドワードはホーエンハイムを見もしないでぴしゃりと遮った。
…どうやらよくあることであるらしい。
「…オレ、警護官よりやりたいもの、見つけちゃったんだ、おじさん」
「ほう?」
はにかんで首を傾げるエドワードは、ロイの方を向いて、それから照れたように言った。
「オレ、この人のそばで働くことにした」
「………」
「………」
二人の立派な男は、表情を消してロイを見た。二人の背後に竜だか虎だかが見える錯覚に陥りながら、ロイはにこやかに受けて立つ。
「…ところでエドワード。彼が何者か知っているのかい?」
ブラッドレイが静かに問うのに、エドワードは答えた。
「ロイは、昔オレのこと助けてくれた元警護の人。今は…東方司令部にいるのかな…」
エドワードの語尾が気弱に小さくなった。
「ほう?階級は」
「…知らない。今も軍人なのかどうかも、ほんとは知らない」
「…それで一体何の仕事をするんだね?」
ブラッドレイが合間にロイを見た目は、エドワードを見るのとは全く違って厳しいものだった。
「何の仕事とか、それは大事じゃない」
「大事じゃないって、エドワード…それはとても大事なことだと思うんだけどな、お父さんは…」
ホーエンハイムの言葉はまたも無視される。
「でも、ロイは、そばにいてほしいって言った。オレは昔助けてもらったあの人に会いたくて、一緒にいたかったから身辺警護になりたかったんだ。だから、おんなじことだろ?」
ブラッドレイは小さく横を向いて、エドワードに気づかれぬよう舌打ちした。しかしロイは見てしまった。見てしまったから背筋が冷えている。もしかして、と思ったのだ。もしかしてブラッドレイとホーエンハイムは同じことを考えていたわけではなくて、ブラッドレイはエドワードの味方だったりして、自分の手元における身辺警護にしたかったのでは…と。
もしそうだとしたら、ロイは、本当に危険に足を突っ込んでしまったことにならないだろうか。
「――まあ、君が言うなら、いいだろう」
やれやれ、というようにブラッドレイは折れた。
そしてその後で、ロイに向き直り、居住まいを正す。
「ロイ・マスタング大佐」
「はい」
大佐、という呼称にエドワードが目を丸くする。いずれそれなりの人物だろうと思ってはいたけれど、まさか大佐とは思わなかったのだ。
そして思い出したのがもう一つ。
東方司令部のナンバー2は、若いながらも有能な大佐、佐官だと聞いたことがあるのを…。
「た、…たいさ?!」
目と口を大きく開けて指差し絶句する少年の態度を見れば、二人の御大もエドワードが演技ではなく本当にロイの正体に気づいていなかったことに気づかざるを得ないだろう。
「君は、エドワードに何をさせるつもりなんだね」
ロイは困ったように首を捻った。
「三日間一緒に過ごしてみて、彼が非常に優秀なことを実感したのですが、困ったことに、優秀すぎて何からしてもらおうかと思っているのです」
優秀の一言に一瞬ホーエンハイムが鼻高々の顔をしたが、いやこいつは愛息子を連れて行こうとしているのだということに気づいて、きっと顔をきつくしていた。エドワードはといえば、褒められのが面映いようでちょっと俯いてしまった。そのつむじを見下ろしながら、ロイは続けた。
「最初は私の副官についてもらって、仕事を覚えてもらおうと思っています」
「無難だなあ」
「何事も基本が大事ですから」
しれっとしてロイは流す。
「――閣下。教授」
ロイは姿勢を正して、二人の保護者にして、当面の敵でもある男達に軽く頭を下げた。
「エドワードを私の部下にください」
「…ロイ」
エドワードは嬉しそうにロイを見つめているが、ホーエンハイムはこの世の終わりのように顔を悲痛に歪めていたし、ブラッドレイは恐ろしいまでの無表情だった。
「……エドワードは、院の卒業はいつ?」
「あ、修士論文はもう提出してあって…単位自体はもう…」
ブラッドレイの苦虫を噛み潰したような声に驚きつつ、エドワードは素直に答えた。
「…修士か。…そうか…」
ブラッドレイはなにやらぶつぶつ呟いていた。兵卒から始めさせるなんてとか、しかし今から士官学校もなんだしとか言っている。スタートの階級のことだろうなと見当をつけながら、ロイは様子を見守った。
「…わかった。では、エドワード」
「はい」
「院の卒業式が終わったら、すぐにもマスタング大佐の部下として任官しなさい。君は高等教育を習得しているから、士官学校での教育は免除する。また、専門知識を有する技官と同等の扱いとし、資格、免許も多く取得していることを加味して、特例として――」
うーん、とそこで彼は一呼吸切った。
「最初は少佐でどうかな」
がくっとロイは転びそうになった。
「少佐?!」
さすがのエドワードも絶句している。いくらなんでも、それは特例が過ぎるというものだろう。
「閣下、それはあまりにも…」
「だって、尉官じゃわしの護衛に借り出せんじゃないかね!」
再びロイは転びそうになった。何を言っているのだ、この最高権力者は。
「なにい、キング、君はまだエドを諦めてなかったのか!」
「ふん、わしだってエドを可愛がりたいんじゃ!」
作品名:What's the name of the Game 作家名:スサ