What's the name of the Game
「…懐かしい夢だったな」
目覚ましが鳴るより先に自然に訪れた目覚めは、心地よいものだった。
それは大体十年位前の出来事だ。詳しいことはもう覚えていないのだけれど、とにかく、初任間もない時期の警護任務中の出来事なのは間違いない。
新任間もない頃と言っても自分は士官学校出だから、本当にどうでもいい警護任務だったわけではない。それなりに要人だったはずだ。とにもかくにも警護任務中、自分は確か警護する相手にくっついてきた小さな子供を銃撃から守って被弾した。もしもその時あの小さな子供がいなかったなら、いくら経験少ない新兵だったとしても弾を避けることが出来ただろう。自慢ではないが、自分の身体能力はそこまで低くない。
だが、そこに予想だにしなかった子供がいて。そう確か、本来は付いてくるはずのなかった警護相手の子供だったはずだが、とにかくその予想外のファクターのおかげでよりにもよって背中側から被弾した。幸いというべきか弾は貫通していたが…、そしてそんな銃弾を浴びたら幼い子供などきっと命を落としていたのだろうから、やはり幸運であったのだろうけれど。
意識も朦朧としながら味方が走ってくる音を聞きつつ、自分に取りすがって泣いていた小さな子供。何でもするからというので、そう、他愛もない約束をした。
「…さて、どんな美少女になっているものやら」
髪を伸ばしておいてほしいと、告げた。子供だましのような約束。
まさか相手も小さな子供だし覚えていないだろう。自分だって、信じているわけではない。だが懐かしいと思う気持ちはある。
いつか自分好みの長い金髪の美少女が会いに来るかもしれない――
それは酒に酔った時のお決まりの自慢の種。まさか現実になるなんて、誰も思ってはいない。
「大佐」
出勤したが早いか、己に与えられた机なり部屋なりに辿り着く辿りより先に、幾らか緊張した面持ちの副官が待ち構えていた。
一体何かやらかしただろうか、と内心怯みつつ、表面的には落ち着いた態度を保つことに気力を使い果たしていた。
「なにか?」
「ちょうど今、…ホーエンハイム教授からお電話が」
「………」
大佐――ロイ・マスタング大佐は片眉を起用にしかめてみせた。
ホーエンハイム教授――それは、この国のトップである大総統の声がかりで他国から亡命してきた、目下、国内最高の頭脳と評される人物である。彼自身は非常に浮世離れした面を持っていて、政治的な発言をすることは一切ないが、その背後に国家最高権力が控えているのも事実。そんな人物からの直接の指名を無碍にすることなど、一介の佐官であるロイに出来るわけがなかった。
「折り返し連絡しますと伝えたのですが、お待ちになると…」
「どこで取ればいい」
「執務室でどうぞ」
「わかった」
ロイは手短に頷くと、大股に執務室へ向かった。
ホーエンハイム教授に直接の面識はなかった。というか、軍人で彼に面識のある人間などいるだろうか。
「…あぁ…」
ふと、ロイはそうではなかったか、と思い直し首を振った。
そういえば亡命間もない時期の彼には、どこに行くにも護衛が付けられていた気がする。そして、もしかしたらその時一度くらいは、自分も護衛任務についていた、ような…。
ロイは暫し考えた後、もう一度かぶりを振った。
――男のことなど、憶えているもんかと悟ったので。
「…はぁ…」
ロイは受話器のこちらで口元を引きつらせていた。そしてこれが電話であることをある意味で感謝した。直接眼前で繰り広げられたら殴ってしまうかもしれないと思ったからだ。
――これが、この国最高の頭脳…?
ロイは、深い懊悩を心に刻んだ。
『聞いてるのかね、君!!いいかい、うちの息子は本当にこうなんていうか天使のように愛らしいんだよ!その上私に似て非常に優秀なんだ、宝だ、あの子はこの国の、いや私の、いいや世界の宝なんだ!!』
…ただの親ばかが、…いや、破壊力抜群の親ばかという生物が電話の向こうには存在していて、今ロイの精神をずったずたのめっためたに蹂躙していた。背後で控えたホークアイ中尉、鉄の副官が、今ばかりは哀れみのこもった視線を上司に送っていた。あまりにも教授の声が大きく興奮しているので、彼女にも聞こえているのだろう。
だがその同情はより一層ロイを情けない気持ちにさせた。
「…それで…そのご子息が…」
『それがだね君、あの子ときたら、身辺警護になるとか言っているのだよ…』
「………身辺警護、ですか」
ロイの眉間に皺が寄った。
この国には警察というものがなく、警察権力はすべて軍に属している。軍の下部組織としては憲兵が存在する。ごく初歩的な警察機構を担うのは皆憲兵の仕事だ。
とはいえそれは大きな枠組みの話であって、身辺警護など特殊な任務に関して言えば実質憲兵隊ではなく軍の領域だった。自分も昔警護任務に付いたことがあるからそれはよくわかっている。軍内部には要人の身辺警護を主務とする部隊があるのだ。
だが、ある意味でそれは生え抜きのエリート部隊であり、ただ普通に軍に仕官しただけで配属される場所ではない。ましてこう言ってはなんだが教授がでれでれに甘やかしている箱入り息子にどうとかなれるとも到底思えない。
「…失礼ですが、身辺警護は…」
『そう、無理だ、あの子にそんなこと無理に決まってる!』
そこだけはこの親ばかという生物とも共通の見解に達しているようで、一応ロイは安堵した。
『そんな危険な仕事をしてあの子に何かあったら、私は、私は…っ!』
…その動機に関しては一切の協調を見なかったが。
おおおん、と泣き崩れているらしい電話の向こうの相手に対して、ロイの殺意は募りに募っていた。どうしてこんなのの相手をしなければならないのだろう、朝から。
「…ではそのようにおっしゃればよろしいのでは」
『それが…あの子の意志の強さと来たら折り紙つきで…』
「………」
彼は目で副官に尋ねた。
この電話の相手を殺してもいいか、とは言わないが、この電話を切ってもいいだろうか、と。電話なんてすぐに切れたり不通になったりするものなのだ、今がその瞬間でないなどとは誰にも言えないはずだ。
しかしロイの心底からの願望を余すところ泣く読みとったはずの副官は首を静かに振った。
その返答はこうだ。
例え切ってもまたかかってきますよ、きっと。それどころか今度は大総統からかもしれませんよ、と。
哀れみのこもったハシバミ色の瞳を見ながら、ロイは絶望的な気持ちで親ばかの相手に戻った。
「…それで、…失礼ですが、ご子息の願望と私に何の関係が」
ホーエンハイムと個人的な友誼を結んだ覚えはとんとなく、またロイの現在の職掌からいって身辺警護とは何の関わりもない。彼が直接ロイを名指しした理由が、ロイには全く推理が出来ないのだ。
…最も、変人の考えを完全に推理できたとしても、あまり嬉しくはないかもしれないが。
『ああ、それなんだがね、そう、それなんだ、マスタング大佐』
腐っても天才、一応今現在の問題と今後の指針の確定という重要事項に一応彼は思いかえってくれたらしい。純粋に良かったとロイは思った。勿論自分のために。
『私はあの子に条件を出したんだ』
作品名:What's the name of the Game 作家名:スサ