What's the name of the Game
「…は、」
まさかテストで満点を取ったら、みたいなものだったら今度こそ電話を切るぞ、とロイは思いながら嫌々ながら相槌を打った。
『ある人物をひとり、完全に守り切れたら目指してもいい、と』
「…ある人物、…ですか」
何となく嫌な予感がするなあ、と思いながらロイは芸もなく繰り返した。何とか嫌な予想を遠ざけたい、彼なりの必死さが垣間見えていた。
『そうだ。もしもガードしきることが出来なかったなら、才能がないと思って諦めなさい、とね』
「…はあ…まあ、それは…」
思い切ったというかなんというか。やはり変人の考えることはよくわからない。理屈で言えばその通りだと思うが、身辺警護とはある意味命がけなのだ。そんな簡単に思い切っていいのだろうか。というか、警護される相手にしてみたら、やっぱり無理でした☆なんて死んでから言われても困るだろう。軍部の面子だって丸つぶれだ。
その昔被弾した、今も傷跡だけは残る下腹を無意識に押さえ、ロイは呻いた。本当は唸り声を上げて怒鳴りたかったのだが、まだ理性が頑強にロイの精神を支配していたので無理だった。
『だが、だからといって本当に警護の必要な人間の警護をさせるわけにもいかないだろう?』
一応わかっていたか、とロイは一瞬安堵しかけたが――
『その時何かあってあの子まで巻きぞいになったら困るし、心の傷になっても大変だ』
受話器を握る手に力がこもり、拳に青筋が浮いた。やっぱりこの親は駄目だ。というかはっきりいってこっちが既に心の傷になりそうだ。
『そこで私は考えたんだよ、マスタング大佐』
「…………」
『あの子をガードしつつ、ガードされていることを気取らせずガードされている振りが出来る、そんな離れ業が出来るある程度以上名の通った人間、そういう人間に協力を頼めばいい、と』
「………………」
『聞いてるのかい?』
「…電波が悪いようで」
聞きたくないけど聞いてるよと毒づきつつロイは無感動に応えた。
『そうかい? だがまあ聞こえているなら問題ない。そう、そこでだね、私は我が友キングに相談したのだよ』
「………!」
さしものロイも息を飲んだ。
我が友キング――気軽に彼は呼んだけれども、それは間違いない、ロイのボスのボスの(中略)ボス、この国のトップ、大総統キング・ブラッドレイのことに間違いない。
ではこのとんちきな電話の陰には大総統がいるということになる。
これでは余計に逃れられないではないか、とロイは舌打ちしたい気分だった。つまり最初からロイには拒否権などないのだ。
『彼は言ったよ。マスタング大佐なら、適任だろうと』
「それは…、買い被りというものでしょう」
『何を、謙遜を言うことはない。私も大佐の軍歴はよく存じている。そうそう、昔私も君に警護してもらったことがあるんだ』
「…何分まだ駆け出しの頃の話です。私などただの若輩者です」
『ははは、大佐は若いのに随分出来た人なんだな、ますます気に入った!』
…どうやら何とか逃れようとする最後のあがきは、ロイの首を逆にしめることになったらしかった。救いようがなかった。
『というわけだから、うちの息子をよろしく頼むよ、大佐』
「な…!」
『私があの子に言ったのは三日間だ。それから、キングもこの件は了解済みでね、むしろ彼は、それならマスタング大佐には三日間別の任務を与えようと言っていた』
「…任務、ですか…」
ロイは素早く副官に目配せした。慌てた様子もなく、しかし幾らかは早足でホークアイ中尉は敬礼してから部屋を出て行く。緊急の任務が舞い込んでいないか調べに行ったのだろう。
『三日間、君は私人としてあの子にガードされる。身分は機密の研究に関わる若き助教授。そして、三日間、君を狙う軍部の人間がランダムに君らを襲撃することになっている、と聞いているよ』
「な――」
ロイは絶句した。なんという…なんという馬鹿げた話だろうか。この男はもはや変人どころかただの疫病神だ。
『その間、あの子がやっぱり無理だと感じるよう、大佐は時々やられたり、しかしあの子に危害が及ばないように命を賭けて頑張って欲しい』
ロイの、受話器を持つ手がプルプルと震えていた。なんだこれは。折角良い目覚めだったのに、一日が台無しだ。いや、この男の戯言が正しいのならこれから三日間か。
『あ、それから』
のほほんと男がさらに申し連ねた。
『うちの子は本当の本当ーに愛らしいんだ、…三日間もそばに密着していて変な気を起こしたら、キングに相談させてもらうからそのつもりでいてほしい』
「…私はごく健全な趣味の持ち主ですからご安心を…!」
もうロイとしても何を言ってよいやらわからなかったが、とりあえず鳥肌を立てながら怒鳴り返した。
なんだってそんな。男でガキなんかに欲情せにゃならんというのか。ふざけているにも程がある…!
『それでは大佐、よろしく頼――』
ガチャンッ!
ロイは今度こそ電話が不調になった作戦に訴えた。精神状態が限界に近づいていた。
「…一体俺が何をした…」
あまりのことに口調まで砕けてしまっているロイだった。
しかし。
「…大佐、残念ながら、教授のおっしゃったことは本当です」
「………………………………」
大総統印とサインが入った緊急の任命書を前に、ロイは完全に固まった。一体自分が何をした?!最近は特に悪さもしていないはずなのに…!
「――ロイ・マスタング大佐。右の者に特殊任務を与える。本日より三日間、エドワード・エルリックのガードを申し付ける。なお三日間の間に正体を明かしてはならない。また、エドワード・エルリックの身に危害の及ぶことがあってはならない。かつ、彼が警護の道を断念するよう差し向けること」
リザ・ホークアイ中尉は淡々と任命書を読み上げた。
馬鹿げていた。あまりにも馬鹿げていた。くだらなかった。いっそ今すぐに反乱を起こしてやろうかとさえロイは思った。
「…ん? …エルリック?」
だがこんなことで反乱を起こすのもまた馬鹿に付き合って馬鹿を見るだけだと知っていたマスタング大佐は、どうにかこうにか自分を律しながら任務の内容を頭の中で反芻した。そして気づいたのである。ホーエンハイム教授の子供の名が、苗字が彼と同じではないということに。
「なんでも、ホーエンハイムの姓は名乗られていないようです。恐らくは誘拐の危険を懸念されてのことかと…」
「……」
確かにそれも頷ける話だった。ホーエンハイムと大総統が親友であるということは広く知られており、それだけに、軍を快く思わない人間にしたら、ホーエンハイム自身とその家族は常に襲撃の対象となり得るのだから。
「年齢は十五歳。…セントラル大学を既に飛び級して主席で卒業されているそうです。今は一応大学院に籍を置いているそうですが…優秀ですね」
「…あながちその部分はただの親ばかでもなかったわけか」
ロイは面白くもなさそうに呟いた。だが頭の優秀さなど身辺警護の上で最も大事なものとは言いがたい。それは馬鹿よりは賢いに越したことはないのだが。むしろ十五で大学を卒業済みの天才少年だなんて、かえって生意気そうで扱いづらそうだ。ロイは溜息を深くした。
作品名:What's the name of the Game 作家名:スサ