What's the name of the Game
――そして、半年後。
「大佐! たーいーさー!」
子供のように小さな体に、けれど確かに青い服。長い金髪を三つ編みにしているその後姿は少女のように可憐。だが、既にして「彼」は司令部の名物になっていて、今日も必死に人を探している姿に、司令部内にあたたかな微笑が沸き起こる。
「エルリック少佐、大佐がまた脱走ですか」
「うん、そうなんだ。なあ、どっかで見なかった?」
困ったように眉根を寄せて首を傾げる姿が小動物のようでなんとも可愛らしい。役得、いいもん見た、と名もなき軍曹が喜びをかみ締めていると、我も我もと人がたかってくる。
「少佐、自分も一緒にお探ししましょうか!?」
「え…」
「いや、自分が! 自分はずっと暇ですから!」
「え、いや、でも」
「おまえ、警邏の時間じゃないのかよ!」
「おまえこそ報告書提出したのかよ!」
なぜかエドワードの周りで勝手に険悪になっていく兵士達に、エドワードは困惑を深める。なんだか最近こういう事態によく遭遇する気がする。
「あの、気持ちは嬉しいんだけど、皆自分の仕事を…」
「いえ、エルリック少佐のためなら…!」
「えーと…」
どうしようかな、とエドワードは首を捻る。確かに今困ってはいるが、ここまでの助けは必要としていない。
「何をしているの、貴方たち」
と、エドワードを囲む人だかりの外から、凛然とした声が響いた。
「中尉!」
エドワードは救いの女神の登場に声を弾ませた。中尉もまた、人だかりの中から聞こえた、変声期もまだに思える可愛い声に一瞬顔をほころばせる。東方司令部では時に百万センズの微笑とも称される、滅多に見られないホークアイ中尉の笑顔だ。
海を割った預言者もかくやの勢いで、エドワードとホークアイの前に人波がきれいに割れた。
「エドワード君」
マスタングの特に腹心の部下達は、公式の場ではともかくとしても、それ以外では官位にこだわらない呼び方をしていた。これは彼の希望によるものである。
「大佐が…その、」
言いづらそうに告げるエドワードのその態度で、ホークアイにもすぐわかった。要するにあの上司がまた脱走したらしい。そして途方に暮れる彼の可愛い姿を放っておけずに兵士達が群がってきた、という所だろう。最近よく見られる光景だ。平和といえばそうかもしれないが、なんだか頭が痛い話である。
ホークアイ中尉は溜息一つ、頭を振った。
「そこのあなた」
「は、はいっ!」
「銀行襲撃犯の報告書がまだ出ていないわね。暇なら休憩なんてしていないで早く出しなさい。それから、そこのあなた。演習は時間通りに。基本でしょう。何年軍人をやっているの」
中尉が一言発する度、あたりには厳粛な空気が立ち込めていく。
「さあ、わかったら皆早く持ち場に戻りなさい」
「アイ・マム!」
恐れをなした屈強な男達が悲鳴のような返礼を上げるのを、エドワードはぽかんとしてみていた。相変らず中尉はすごいなあ、と思いながら。
「エドワード君」
「はいっ」
「あなたも、あんまり可愛い所を見せちゃ駄目」
「…かわいい、って…」
幼い顔が困惑にゆがんだ。ホークアイは溜息一つ、結局それ以上は何も言葉を持たない。
「まあいいわ。…いらっしゃい、大佐を捕まえたいのでしょう」
「は、はい」
「ではいい方法があるわよ」
中尉は楽しげに笑い、エドワードを伴って放送設備のある司令官室へと向かった。
それからおよそ五分後。
『マスタング大佐、マスタング大佐。業務連絡です』
サボり場所で唐突な放送を聞き、一体何事かとロイは顔を上げた。この声はよく出来た副官の声であり、どうも嫌な予感がする。そろそろ出て行って、困った顔をして探しているエドワードを安心させてやろうかなと腰を上げたら、続報で足を滑らせそうになった。
『エルリック少佐の身柄は私がお預かりしております。早急にいらっしゃらない場合はこのまま私は少佐と視察へ出かけますので、いらっしゃいましたら至急司令室までお越しください』
「…なっ!」
ロイも目の色を変え、慌てて廃材置き場と化している古い倉庫を飛び出し、司令室まで一目散に駆け出した。
「ね、すぐ来たでしょう」
エドワード!、と真剣な顔で叫びながらドアを観音開きに開けた男には、副官の冷たい視線が突き刺さった。中尉は淡々と隣に立っていた少年に告げていて、その台詞でロイは、からかわれたことを知った。
「大佐!」
しかし目を潤ませたエドワードが「どこ行ってたんだよ!」と飛びついてきたので、もうどうでもいいような気持ちになる。
「すまない、ちょっと差込がね…」
「どっか悪かったのか?」
途端心配そうに顔を曇らせたエドワードの背後で中尉が物も言わず銃を構えだしたので、ロイは真面目にやることにした。
「いや、大事無い。それより、すまない。探させてしまって」
「…そうだ! 視察あるのに、大佐がどっか行っちまうから…オレどうしようかと思ったんだぞ…」
しゅん、と今の所これといった任務を持たず、アシスタントとして仕事を学んでいる所の少年がうなだれて言うのに、周りこそ慌てだす。
「大将、ほら、大丈夫だって、大佐だってもうそんな雲隠れしねえよ! ガキじゃねえんだから! ね、大佐!」
どさくさに紛れて馬鹿にしてないか、と思うようなことを言ったのはハボックで、ほら飴でもいらねーか?と飴玉を差し出したのはブレダ少尉。体格的に襲撃向きではない彼は、あの晩は裏方として参加していたらしい。
「…勿論だ。エドワード。私が悪かった。顔を上げてくれ。視察へ行こう」
「…いえっさー!」
ちょっとだけ顔をのぞきこむようにして誘えば、まだ目が少しだけ潤んでいたけれど、彼は笑って元気よく復唱したのだった。
視察、といっても、実際はたいしたものではない。ただ街中をぶらつくだけのものだった。
しかしエドワードにしてみたら新鮮だろう。
ロイとしては、視察という名のデートみたいなものだったが。
「あれ?」
と、彼の目がどこかに留まった。
「あのおばあさん、前に絡まれてたばあちゃんだ」
釣られてロイもそちらを見る。言われて見れば、まだこちらの素性を知らせていなかった時に偶然エドワードが助けた老婆である。スリの。
ロイはなんと言ったものかと思いつつ、ただ苦笑した。エドワードが止める間もなく小走りにそちらに行ってしまったからだ。
「おばあさん、こんにちは」
突然軍服の少年から声をかけられて、まだ今日は仕事もしていないのにと老婆は驚く。だが印象的な金の瞳と、背後からゆっくり歩み寄ってくるロイの姿に誰だかを思い出したらしく、ああ…、とせいぜい人の良い老婆のふりをする。
「またからまれないように気をつけてね」
「はいよ、ありがとう。可愛い軍人さん」
「かわいくないよ。オレ男なんだぞ」
むうと口を尖らせるのが子供っぽくて可愛いわけだが、当然当人はそんなことには気付いていない。
「じゃあね」
手を振るエドワードの無邪気さに釣られ、思わず老婆も手を振り返す。
そんな様子を見て、ロイは微苦笑。この天然の朗らかさには誰もかなわないな、と。
「…? 大佐?」
何か?と首を傾げるのに、なんでもないよ、とロイは笑った。
作品名:What's the name of the Game 作家名:スサ