What's the name of the Game
「なお、三年前、格闘技の少年の部で優勝していますね」
「…一応、多少の武芸の心得はある、と」
「多少どころではないでしょうね。翌年は軍部主催の軍人格闘の大会にも出場し、並み居る軍部の猛者達を蹴散らし最終戦まで行ったそうですから」
「…なに?」
「ちょうど大佐は辺境警備の任務についておられましたから、ご存知でないのも無理はありません。私も略歴を見ていて思い出しましたが、確かに彼は腕も立ちます。最終戦は、私も見ていましたから」
ロイは考え込むように顎をつまんだ。
…ということは、ただの足手まといというわけではないのだ。
「…なまじ腕が立つとなると」
ロイは絶望的に溜息を吐いた。
「…それはつまり多大なるお荷物だ」
「………」
大総統は性質の悪い、悪戯好きな面を持っていると専らの噂だ。
あの親ばかの言ったことが本当であれば、つまり、軍部の恐らくは特殊部隊などを使ってロイを追い詰めつつその少年に危機感を抱かせるつもりなのだろうから、ロイは、彼らから自分の正体を明かさないようその少年を守らなければならないということになる。いくら腕の立つ少年といえども、それは武道の上での話。プロを相手にどこまでやれるかは未知数で、それならいっそ大人しく気でも失ってくれた方がロイだってやりやすい。
「大佐」
と、中尉が同情に満ち満ちた目でこちらを見ていた。怪訝に思い眉を寄せれば、彼女はぽつりと言った。
「ちなみに、大佐を追い詰める部隊には多数の立候補があったそうです」
「…は?」
「これも日頃の行いというものなのでしょうね。大佐襲撃部隊は、どんな特別任務よりも粒ぞろいの精鋭ぞろいとなっているそうです」
「な…!!」
絶句したロイに、うっすらと副官は笑った。
「申し訳ありません大佐、我々は皆軍人ですから」
ものすごく嫌な予感がした。
「大総統閣下の命にそむくなど、とてもとても。ご容赦くださいませね」
「ま、まさか…!」
だって、さきほどまで何も知らぬげであったではないか、とさしものロイも混乱した。まさか彼女の一連の行動は演技だったのだろうか。
「――ご武運を」
彼女は綺麗に笑い、敬礼して見せた。
ロイも確信せざるを得なかった。
「これから三日間、我々は敵同士です。次に相見えるときは、上司と部下ではなく、敵と敵でありますから、そのおつもりで」
そしてそう告げると、実に楽しげに彼女は退室して行った。
ロイは、本気で身の危険を感じた。
任命書と一緒に入れられていた略歴のメモ下部に書かれていた、当の少年との待ち合わせ場所まで、ロイは目立たない身なりで足早に急いだ。今は誰も彼もが敵に思える。最悪だった。
「……オープンカフェ?」
ロイは呟いて絶句した。示された場所に辿り着けば、なんとそこは通りに面したオープンなカフェではないか。
…命を狙われている輩がどうして四方八方から狙い撃ち可能な場所を待ち合わせ場所に選ぶ?!
「…ありえない…!」
もはや白目をむきそうだ。
だが…。
「……?」
長い金髪を高い位置でひとつに括った小柄な人物が、所在なげに誰かを待っている姿が目に付き、ロイは軽く目を瞠った。
「………」
長い金髪。男のようななりをしているが、文句なしに可愛い顔をした「美少女」だ。どうしてあんな男装をしているのか、とても残念である。もっと可愛い服でも着たらいいのに。どうやら胸はなさそうだが、なに、そんなものは時間が解決するし、ロイは胸派ではない。…あと五年、いや三年もしたらきっとロイ好みの美女に成長するだろう。
自分が置かれている状況も忘れ、彼は一瞬その「美少女」に見とれていた。長い金髪は、今朝夢に見た、あの懐かしい子供のことをちらりと思い出させる。
「まさかな」
ロイは呟き苦笑した。すると、その見つめていた相手が、不意にこちらを振り向いた。
金色の大きな目は少し釣っていて、いかにも気が強そうだ。だが猫のようでなんだか可愛らしい。生意気な猫を慣らすのもそれはそれで楽しいに違いない。
「…あんた」
と、さくらんぼの色をした可愛い唇が開き、…飛び出したのはいささか乱暴そうな口調。ロイはわずかに眉をひそめた。
「あんた!」
がた、と小柄な「美少女」は勢いよく立ち上がった。けれどちょこまかと近づいてくる姿とわずかに興奮したような態度、だからだろう薄く染まった頬を見ていたら、ロイはなんだか口調なんてどうでもいいという気分になった。なんというか、とにかくこの生き物は可愛らしいから許せる。というか口調なんていくらでも強制のしようがあるのだから、そんなに大した問題ではないではないか。
「あんた、マスタングさん?」
「………?」
しかし、可愛いものを愛でていたロイの気持ちに瞬間ひびが入った。
「眼鏡してるからよくわかんなかったけど、そうだろ?」
が、言葉を失っているロイを、警戒しているとでも思ったのか。「美少女」は、脅かしてごめん、でも写真もらってたから、と前置きして止めを刺してきた。ぐっさりと深く。
「オレ、エドワード・エルリック!あんたをこれから三日間守るから、よろしくな!」
はにかんで仰向きながら言う姿は文句なしに可愛いのに…、ロイは、ぺったんこで当たり前の胸を未練がましく見つめてしまった。
詐欺だろう、と誰かに訴えたい気持ちで一杯だった。
――かくして、三日間のゲームが始まったのである。
まだ日も高かったので、ロイはそれとなく誘導して公園にエドワードを導いた。公園は見晴らしも良い。それは相手にとっても好条件だが、こちらにとっても好条件だった。狙撃するためのポイントが少ないとあらかじめ知っていたからだ。
少し外が歩きたいんだ、君がガードしてくれるんだろう、と気弱なふりで頼み込めば、エドワードはぱちりと瞬きした後無邪気に頷いた。十五歳の少年にはとても見えない可愛らしい顔で、ほんの少しだけ、あの親ばか生物の心配もまあまんざらではないかもしれないな、とロイは思った。…だからといって人を巻き込むことに賛成など勿論しないが。
即席の伊達眼鏡が伊達だとばれませんようにと何となく思いながら、ついでに、別人に見えていますようにと祈りながら、ロイは噴水が見える公園中央のベンチに腰を下ろした。
「喉が渇かないか?」
一応はさっとあたりを警戒してからベンチに並んで座った少年に聞いてしまったのは、多分恐ろしいまでの無意識だった。ベンチに座った瞬間、両手を一瞬だけベンチについて足を揺らしたのが可愛らしくて、なんだかデートしているような気持ちになってしまっていたのかもしれない。
…自分は健全な趣味の持ち主のはずなのに…!
「…渇いたのか?」
ひそかに苦悩するロイには気づかず(気づかれても困る)、エドワードは小首を傾げた。
「あ、いや…そうだな。少しだけ」
「……」
少年はしばらく考えていたようだったが、公園内のスタンドでジュースとアイスを売っているのを発見し、目をきらめかせた。
「じゃ、オレ買って来てやるよ」
「え、いや、しかし」
作品名:What's the name of the Game 作家名:スサ