What's the name of the Game
「なに?」
美味しそうにほおばるエドワードに、ロイは微苦笑を浮かべた。
「ほっぺたのところ、ついてるよ」
「えっ」
途端に染まる頬が何とも初々しい。やはりどう考えても鉄壁の防御を旨とする身辺警護なんて勤まるとは思えない。大体体格からしてそもそも向いていないのだ。いくら考えても、エドワードが身辺警護の最低身長に達するとは思えなかった。
「違う、こっち」
慌てて口元をぬぐう少年に笑いながら、ロイは結局手を伸ばし、彼の頬についたパンくずをとってやった。なんだか小さな子供の相手をしているような気分だった。
「…え、えと、…サンキュ」
「どういたしまして」
澄まして返事をすれば、もじもじと恥ずかしそうにしている。
これが女の子だったら今頃もう少し楽しかっただろうか、とロイは益体もないことを考えた。
「ところで、エドワード」
「な、なに?」
「どうして君は身辺警護になりたいと?」
「…!」
「すまない、多少の事情は聞いている。私のガードに派遣されるのは、身辺警護を目指す新米の少年だと」
馬鹿にされたと思ったのだろう、エドワードの眦がきつくなる。しかしロイは笑って肩をすくめた。
「別に君の力を侮っているわけではないよ。ただ、やはり驚いてね。君はまだ随分とその――若いというか」
「…ガキだっていうんだろ」
「…まあ、大人には見えないかな」
少年は唇をかみ締めたが、感心なことに自分の仕事は忘れていなかったらしい。それはつまり、今目の前にいる男が、自分が警護すべき相手だという認識を忘れてはいない、という意味だ。
「…あんたから見ても、そりゃ頼りないと思うけど」
少年は殊勝な態度で口にした。ロイは胸中で大きく頷きながらも、表向きは何も言わず、軽く首を横に振った。何ともサービス精神旺盛だな私、と彼は馬鹿なことを考えていた。
「…オレ、昔…身辺警護の、人に助けてもらったことがあって」
「……ああ…」
「だから、…ええと、ああいう風になりたくて」
それは何となく理解しやすい感情だった。昔自分を助けてくれた人に憧れて、そういう風になりたい、と思うというのは。ロイから見ても微笑ましく、もしこういう形で彼と関わってさえいなかったのなら、無責任に応援してやれたかもしれない。
「――でも、親父はオレには絶対向いてない、っていうんだ」
その通りだとも、とロイは心の中で拳を固めた。そう。彼は致命的に向いていない。守る人間が守られる人間より守りたくなってしまう風貌をしていては問題外ではないか。もはやそれは素質以前の問題だ。
「でもさ、そんなのおかしいと思うんだ」
「…どうして」
「だって、自分で言うのもなんだけど、オレ運動神経だっていいし、自慢じゃないけど毒物だって免許持ってるし」
これにはロイも微かに目を瞠った。なるほど、それでは先ほど自分を使って毒見をしたのも、彼が毒物に詳しいという自負に基づく部分があったのに違いないと気づいたからだ。遅効性の毒物の可能性を考えていなかったのではなく、毒物に詳しいからこそ自分を試金石にしたのか。
「…しかし、それでも危険にかわりはないだろう」
劇毒物の取扱者の試験はそれなりに厳しい。しかも何種かあるうちの、きっとこの天才少年は最も難易度の高い最上級取扱者試験の免許を持っているに違いない。嗜めながらも、ロイは舌を巻く思いで一杯だった。
彼には確かに才能がある。だがそれは身辺警護に向いているのではなく、…それだけで終わったら勿体無い、多分もっと違う方向に伸ばすべきものだった。ロイにもはっきりとそれがわかる。
「そうだけど…」
少年は悔しげに唇を噛み締めている。
「…君を侮っているわけじゃないんだ。許して欲しい。ただ、…やはり、自分を守って誰かが傷つくのも辛いものだからね」
「……」
「君を昔守ってくれた人だって、…君が傷つくのなんて、望みはしないだろうからね」
優しい大人を装ってロイが言えば、エドワードははっとした顔を見せた。とても素直な少年なのだと思う。それに、初めての警護、試験でもあるこの仕事に緊張もしているのだろう。
「さて、食べたら少し休もうかな。夕方になったら起こしてくれるかい?」
ロイはさらりと言って立ち上がり、ひらひらと手を振るとさっさとソファに横になる。ベッドもあるが、本格的に寝るつもりはない。昼寝だって狸寝入りだ。寝ていれば、喋らないで済むから、それだけだった。
ロイが寝た振りを始めれば、しばらく緊張気味の少年は起きて室内をうろうろしたり、何か書きものをしたりと落ち着かない様子だったが、途中ではっと息を飲むと、一度寝室へ行った。なんだろうかと思っているとすぐに帰ってきて、寝ていると疑っていないロイを起こさないよう、そうっとブランケットをかけてくれる。それから、ああ、と小さな声を出し、かけっぱなしだった眼鏡を取ってくれた。
「痕になっちまうのに」
くすりと笑って呟く声は無邪気にさえ思え、ますますもって、ロイの中での「この子は身辺警護なんかさせたくないな」という思いを強めた。
それからはエドワードはじっとしているようだったが、注意深く探っていたら、彼の呼吸が随分ゆっくりになっていることに気づいた。
「…」
寝返りを打つのに紛れそっと意識を向ければ、…
「…緊張していたのかな」
少年は、椅子に深く腰掛け、いや半分ずり落ちそうな様子で、すうすうと安らかな寝息を立てていた。苦笑して、ロイは音を立てずに身を起こす。それから、彼がかけてくれたブランケットを片手に持ち、そっと少年に近づく。
「…気配に気づかないのは減点だぞ」
ロイが現役の軍人で、かつて身辺警護の任務に付いていた時期があることを考えれば、そして彼の気配を消す術が完璧と言いたくなるものであることを加味すれば、目を覚まさない少年を責めるのは少々酷なことかもしれない。
「…まったく、可愛い顔をして」
ロイは苦笑して、ブランケットで包むようにしながら少年の体を抱き上げる。起こしてしまわないように、慎重に。
十五歳だというが、とてもそうは思えない軽さだった。
ロイは振動に気をつけながら、少年を先ほどまで自分が横になっていたソファに横たえてやった。ベッドまで運んでやったら、さすがに起きた時のショックが大きすぎるだろうと思ってのことだ。
…依頼人を守るどころか依頼人を放って眠りこけていたと気づいたら、それだけでショックではあるだろうけれど。
はた、と気づいて目を開ければ、端正な男の横顔が目に入った。誰だっけ、とぼんやり思ったエドワードだが、…すぐにそれが守るべき依頼人だと気づき、がばっと身を起こす。
「オレっ…」
「…? おはよう」
ロイは慌てて起き上がった少年をゆっくり見上げ、おっとりと笑った。
「お、おおお、オレっ…ね、ねて…!」
軽くパニックを起こしかけている少年を見かねて、ロイは立ち上がり、床に膝を着き少年を下から見上げた。
「問題ない。私もさっき起きたんだ。君はさっきまでは起きていたんだろう?」
「う…」
「ちょうど私が起きた頃、うつらうつらしていたから。場所を変わったんだ。憶えていないかな」
作品名:What's the name of the Game 作家名:スサ