わたしにとって、あなたにとって
その夜ルヴァは宣言通りに森の湖を訪れ、人々がよく集まるほとりが良く見渡せる場所へと身を潜めた。
初めにオスカーから話を聞いた瞬間、一瞬だけ頭に血が上った。
一体誰が、何のために自分を騙っているのか。そしてサクリアの有無で判別できそうなものを、どうして女王陛下は逢瀬を重ね続けているのか。
鈍器で頭を殴られたかのような酷い眩暈に見舞われて、冷静さを取り戻すのに少しばかり時間がかかった。
それでもこの宇宙を統べる女王陛下であり、ルヴァにとって一番愛しい人の身に降り掛かる禍の火の粉は、全て払い落としてしまいたいのだ。
そしてゆっくりとした足取りで湖のほとりへ近付く人影が現れた。
片手にランタンを持ったその人物は湖を眺める位置に陣取り、静かに座ってランタンの仄かな明かりを頼りに本を開いている。
ルヴァは驚愕に目を見開いてその人物を見つめていた────そこには、今の自分とそっくり同じ姿の男がいた。
(あれでは……確かに、オスカーが私だと思ったのも当然ですね……)
気味が悪いほど何から何までそっくりだった────その身に宿るサクリアまでもが。
やがて小走りに近付いてくる人影が見えた────見間違えることなどない、優しく星の光を弾く金糸の髪。
ルヴァに瓜二つの男もまたその足音に反応を示し、即座に立ち上がる。
「遅くなっちゃってごめんなさい、ルヴァさま!」
「あああ、そんなに走らなくても私はここにいますよー。ほら、ぎゅーっと」
腕の中へ飛び込むなり思い切り抱き締められたアンジェリークの顔には、喜色が浮かんでいる。
その表情を視界に捉えた瞬間、ルヴァは辺りの景色から色彩が失われていく感覚に陥った。
男の手がアンジェリークの頬を包み、そっと顔が近付いていく。
アンジェリークは何一つ拒まない。
躊躇うことなく男のくちづけを受け入れ、蕩けるような微笑みを浮かべて抱き締め合っている。
暗闇に目が慣れたせいで、見たくもないのに二人の様子が妙にはっきりと見えていた。
それからのことは、あまり記憶にない。
風の音や梢のざわめきも、二人の楽しそうな話し声も、何だかとても遠のいて聞こえていた。
温かくささやかなランタンの明かりに照らされ、ぴたりと寄り添い笑顔で囁き合う二人を遠目にただぼんやりと見つめながら、ルヴァはすっかり冷えた指先を重ねて温めた。
(……寒い……)
どうしてですか。
どうして気付かないんですか。
私を騙るいきものの腕に抱かれて、どうしてそんなに幸せそうに笑っているんですか。
どうして────私にはその笑顔を見せてくれないんですか。
そ の 人 は 私 で は な い の に !
二人の間に割り入って、そんなふうに叫んでしまいそうな衝動を堪えた。
いつしか時刻は夜半を過ぎ、アンジェリークがまた明日、と言って立ち上がった。
寂しげな表情で彼女を見送った後に男のほうもどこかへと去っていく。
ルヴァだけが、その場に凍りついたように立ち竦んでいた────
作品名:わたしにとって、あなたにとって 作家名:しょうきち