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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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わたしにとって、あなたにとって

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 うろうろと揺れるまなざしの先に、愛してやまないひとの姿を映し出す。
 その側でアンスタンもまた穏やかに彼女を見つめ、それからゆっくりと視線をルヴァへと流した。
「私はレゾン<理性>に捨てられた一切合財の感情であり、アンジェリークが求めた想いのかけら。ですからアンジェリークのみを愛し、求め、そしてアンジェリークにのみ愛されている……」
「私が……抑制した感情を切り捨ててしまったんですね……」
 ふいに風が通り過ぎ、ざわざわと木々を揺らしていく。アンスタンがにこりと微笑んでアンジェリークの背を促した。
「夜風が出てきました……さあアンジェ、もうお戻りなさい。レゾンと共にね」
 促されるままルヴァの隣へと歩み寄るアンジェリークへ、ルヴァはそっと手を差し出した。
「……帰りましょうか」
 ややぎこちなく差し出された手に視線を落とすものの、小さく首を横に振るアンジェリーク。
「いや。ルヴァさまと一緒がいいです」
 明確な拒絶に一瞬言葉を失いながらも、ルヴァは気を取り直して再度説得を試みる。
「陛下、どうかそのような我侭を言わずに────」
 一緒に帰る道すがら、きちんと謝れたらと思っていた。
 しかし白魚のような小さな手に触れかけた瞬間ルヴァの手が思い切り振り払われ、アンジェリークが叫んだ。
「ルヴァさまは……アンスタンはっ、わたしのこと陛下って呼ばないもの! 一度だって呼ばなかったわ!」
 ふー、と長いため息の後にアンスタンがやれやれと口を開いた。
「アンジェ、ひとつ質問しますね。私のこと好きですか」
 即座に頷くアンジェリークの姿に、アンスタンは破顔一笑する。反面、ルヴァは硬い表情でアンジェリークを見つめている。
「でもあなたの地の守護聖ルヴァは、私の大元は、そちらですよ。さっきも言ったでしょう、どちらもあなたを愛していると」
「…………」
「彼のこと、信用できませんか?」
 穏やかな声で問われ、アンジェリークはばつが悪そうにアンスタンを上目遣いで見上げた。
「…………でき、ます」
「では一緒に帰られますよね。ほら、はぐれないようにちゃんと手を繋いで、ね?」
「子供扱いしないで下さいっ」
 ぷんと頬を膨らませる仕草に苦笑しながら、アンスタンは懐から何かを取り出してアンジェリークの手に握らせた。
「あはは、失礼しました。いいですかアンジェ、私は何があろうともあなたの幸せを願っています。それを忘れないで」
 アンスタンは笑顔でアンジェリークを強く抱き締めて、耳元で小さく何か囁いてからそっと離れ、ルヴァへと視線を移して目で合図する。
「二人とも気をつけて帰って下さいねー」
 アンスタンににこにこと見送られ、二人はぎこちなく手を繋いで湖を後にする。

 暫く無言で歩き続けていたが、先に沈黙を破ったのはルヴァだった。
「あの、アンジェ……今まですみませんでした」
 今度はうっかり陛下と呼ばないように気をつけながら、謝罪の言葉を口にする。
「……いいんです。ルヴァは、女王としての私にしかもう興味ないんでしょう?」
 その言葉にルヴァの想いが何一つ伝わっていなかったことを改めて思い知り、繋いでいた手を強く掴んだ。
「違います! そんなつもりではなかったんです。話を聞いてくれますか」
「はい……」
「あなたが女王に決まったとき、私は……私は、女王陛下にお仕えする身でありながら、守護聖にあるまじき感情に塗れていました」
 アンジェリークの手を引き寄せて、ルヴァは白くすべらかな甲に唇を寄せた。
「あなたをずっと独り占めしていたい。あなたに触れたい。誰に憚ることなく、あなたを愛していると言いたくて仕方がなかったんです」
 翠の瞳がじっとルヴァを見つめていた。
「そんな浅ましい気持ちを抱えながら、私とあなたとの関係が周囲に広まっていくに連れて……怖くなってしまったんです」
 あの頃まっすぐに女王への道を歩まんとする彼女に、伝えきれないまま燻った想いがあった。
 彼女が即位してからは、指一本触れたことはない。守護聖として見守っていられればそれで構わないと、耐えられると思っていた。
「無遠慮な噂によってあなたが傷つかないようにと、自分では気を遣ったつもりでした。それがあなたを追い詰めてしまったなんて……」
「それで……私と距離を置きたがっていたの?」
「……そうです」
 目に涙を溜めたアンジェリークが僅かに身を寄せてきたのを、すかさず抱き締めた。
「……ばかぁ……」
「すみませんでした……」
 離れても想いが枯れることはなかった。あの決断は互いの胸に一層切ない痛みをもたらして、結局擦れ違う溝を作り上げたのだ。
 愚かなことをした、とルヴァは内省する。手を離すべきではなかったと、抱き締める腕に力をこめた。
「もういいの。わたしのほうこそごめんなさい」
 ぐすんと鼻をすすり、手の甲で涙を拭ったアンジェリークが小さく微笑んだ。
 そして手に握ったままだったものを翳して、ルヴァに問い掛けてきた。
「……ねえルヴァ、さっきアンスタンが持たせてくれたんだけど、これ何かしら。暗くてよく見えない」
「ええとー、少し待って下さいね。確かここに……あー、ありました。はいどうぞ」
 懐に入れていたペンライトを取り出してアンジェリークの手元を照らす。
「んー、これは……勿忘草のようですねぇ。花言葉は『私を忘れないで』……」
「それ聞いたことあるわ。……やっぱりルヴァの感情ってだけあって、アンスタンも博識なのね。さっきもなんか、聞き慣れない言葉を言ってたけど」
「何と言われたんですか?」
「んっと、サルウェー……って言ってた気がする」
 一瞬にしてルヴァの表情が凍りつく。
「アンジェ、戻りましょう」
 答えを聞かずにアンジェリークの手を引き、元来た道を引き返していく。

 Salvē────さようなら。