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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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わたしにとって、あなたにとって

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 大股で急ぐルヴァに引かれ、つんのめりながらついていくアンジェリークが問い掛ける。
「ねえ、そんなに急いでどうしたんですか? サルウェーってなんて意味だったの?」
 ルヴァの険しい表情にはじわりと汗が浮かぶ。
「サルウェーは『さようなら』という意味ですが、どうしても嫌な予感がするんです……!」
 アンジェリークに伝えた言葉と手渡された花の意味、そして囁かれた別離の言葉がルヴァの脳内で一本の線になる。

 視界が開けてきたところでルヴァはアンスタンの姿を探した。
 滝の方向とは別方向から聞こえる微かな水音に目を向けると、湖の中へと歩き出している彼の姿が飛び込んできてルヴァは思わず大声を上げた。
「────アンスタン! 何をしているんです!」
 ルヴァの視界の先を辿ったアンジェリークが小さく悲鳴を上げた。
「……ルヴァさま!」
 すかさず駆け出そうとするアンジェリークを全力で引き止めるルヴァ。
「行ってはいけません、アンジェ。危険です!」
「でもっ……」
 二人の声に気付き振り返ったアンスタンの顔は穏やかだ。
「……どうして戻ってきちゃったんですか。レゾン、そのままアンジェを捕まえていて下さい。二人ともこちらへ来てはいけませんよ」
 既にアンスタンの腰の辺りまでが湖に浸かっていた。
「レゾンが私たちの存在に気付いた今、既に私の役目は終わったんです。ですから後は当初のようにこの地へと溶け込むだけ……」
 話しながら彼は一歩一歩遠ざかっていく。水位は既に胸の位置まで来ていた。
「いや、ルヴァさま……! 待って、行かないで!」
 何が何でもアンスタンのもとへと近付こうとするアンジェリークを必死で押さえ込みながら、ルヴァは小さくため息をついた。
「アンジェ、落ち着いて下さい。私が連れ戻してきますから、あなたはここで待っていて下さい。いいですね?」
 取り乱した様子の彼女をなだめるようにそうっと抱き締めた。
(そんなにも……あなたは、あのひとを)
 胸の奥からせり上がる痛みを今度は正面から受け止めて、ルヴァは一瞬だけ息を詰めた。
 それからそっと身体を離し、湖へと向かった。
 常春の聖地の夜はそれなりに冷える。ざぷりと足が浸かった途端、水の冷たさに身体を竦ませた。
 だがルヴァは躊躇することなくアンスタンのいるほうへと歩を進める。
 その表情に一切の迷いがないことが分かり、アンスタンがルヴァを帰そうと口を開く。
「……! こちらへ来てはだめです、アンジェと一緒に戻って!」
 慌てた様子でアンスタンのほうもルヴァへと僅かに歩み寄る。
 ルヴァはアンスタンの説得にきっぱりと首を横に振った。
「そうはいかないんですよ。アンジェが大切に想う存在を、みすみす死なせるわけにはいきません。私に戻れと言うのでしたら、あなたも一緒に来て下さい」
 二人は手を伸ばせば届く距離まで近付いていた。
「あの、一見入水自殺のように見えているんだろうとは思うんですが、これは違うんですよー! 感情が肉体という器から解放されるだけの話なんですから……でも、あなたやアンジェのような生身の人間には危険な行為で────あ」
 そうこう言っている間にルヴァがアンスタンの腕をがっしりと掴んだ瞬間────アンスタンもろとも一気に沈んだ。
 ごぽりと大きな泡が湖面を波立たせていたがやがてそれも徐々に小さくなり、遂には波紋すら起きなくなった。
 その一部始終を見ていたアンジェリークが呆然とその場に力なく崩れ落ちた。
「……う、そ……!」
 滝の水音だけが聞こえるほど静まり返った湖畔には、一人取り残されたアンジェリークの嗚咽が響き渡った。