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瑕 16 太古の森

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「そうじゃ。我は神や神使の内面を見ることができるのじゃが、しろうの内面が、全く見えぬ」
「全く?」
 内面を見ることになんの意味があるのか、と呆れるよりも、全く見えないということに引っかかる。
「そうじゃ。こんなことは初めてなのじゃ。神も神使も我に見透かせぬものは無い。じゃが、しろうは全く見えぬ。人ではあるが、神や神使と、さほどの違いはないはずなのじゃ。あやつ、いったいどんな術を使っておるのだ?」
 オモダルは困り果てたような顔で真剣に悩んでいる。
「士郎の内面が、見えない……」
 オレにも思い当たる節がある。
 士郎と契約していた時、士郎の過去を夢で見ることはあったが、それは士郎にとって都合のいいものだけだった。
 オレの知りたかった士郎の過去は一切見ることはできなかった。
「あれは、魔力でなんらかの制限をしていたのではなかったのか?」
「神使? 何か思い当たるところがあるのか?」
 思わず声に出てしまっていた。オモダルが縋るような顔で見つめてくる。
「あ、いや……」
「神使、教えてくれ。しろうはいったい、どのような術を用いているのだ?」
「いや、オレにもわからない。オレにも士郎の過去は見ることができなかった。オモダル、内面を見るとは、どういったふうに見える?」
「ものによって様々じゃが、我が見ようと思うた者に意識を集めていく。さすれば、その内面が情景として見える。そなたの場合は、しろうだけが見えたのだ。我がそなたに的を絞ったのは、しろうの内面が見えなんだからじゃ」
 オレの心を操った、あの時のことだ。こいつ、士郎にも何かしようとしていたのか。
 士郎の内面に気をとられていたが、沸々とあの時の怒りが再燃する。
「オモダル……、貴様……」
 その小さな頭を鷲掴む。
「い! いだだだだっ! し、神使、やめよ! す、すまなかった! あの時は、まことに、すまなかった!」
 謝って済むことではない。士郎をあれほど傷つけておいて、ただで済むと思うな。
 さらに力をこめる。
「し、神使、話を、聞け!」
「む……」
 ああ、まあ、蒸し返すのも大人げがない話だな。
 とりあえず話を先に進めようとオモダルの頭を放した。
「それで? 士郎の内面を見ようとすると、どうなる?」
 頭を押さえつつ、オモダルは涙目で口を開く。
「いつつ……この怪力め……」
「潰してやろうか?」
 びく、と震えるオモダルが、ぶんぶんと首を左右に振る。
「な、なんというかじゃな、こう、何やら、硬いもので閉ざされておるのじゃ。そうじゃな、そなたが出す剣のような色をしておる。質もそのような感じじゃ」
「剣……。士郎の内面は剣に覆われている、ということか?」
 近いかもしれぬ、とオモダルは頷く。
(剣に覆われている……。士郎の心は、剣に守られている、のか?)
 思案に耽るオレに、オモダルが痺れを切らしたように袖を引く。
「なあ神使、頼まれてくれ。皆にしろうの心を開かせよ、と言うたが全く無駄なのじゃ」
 心を開かせる?
 まさか、先ほどから誰も彼もが、士郎に美しいと言っていたのは、それか?
「オモダル……、貴様は、いったい何をしている……」
 呆れて目を据わらせると、オモダルは口を尖らせて拗ねたように言う。
「わ、わかっておるわ! しろうの許可も得ず、このようなことをするなど、我も心苦しい。じゃが、しろうの内面は言葉で言っても開いてくれぬ。じゃから、隙を狙うことにしたのじゃ」
「士郎の内面のことなど、知る必要はないだろう?」
「何を言うか! この先に何があるともわからぬのじゃぞ。知っておかねば、対処もできぬではないか!」
「…………」
 オモダルは士郎のことを慮っていたのか。
 やり方は少々問題かもしれないが、こいつも、士郎を心配しているのか。
「はぁ……。わかった。それで、オレは何をすればいい」
「しろうに美しいと言ってくれ」
「は?」
「そなたであれば、反応があるやもしれぬ」
「そう、うまくいくとは思えんが……」
 士郎の心が剣で覆われているのなら、おそらく寸分の隙もないだろう。オレですら垣間見ることなどできないはずだ。
 少しやるせなく思った。
 いまだ士郎は、すべてを曝していないのだろうか、と疑念が湧く。
「頼むぞ、神使」
 言ってオモダルは立ち上がる。少し離れて様子を窺うからいつでもいい、と言い残して中庭の対の縁側へと歩いていった。
(士郎の内面か……)
 オモダルの姿を見るとはなしに見送りながら、いったい士郎は何を心に秘めているのだろう、と思案に耽る。
(オレは士郎の心を、どれほど占めているだろうか……)
 オモダルはオレの内面は士郎で占められていたと言った。確かにオレの中身といえば、士郎しかないだろう。他の者などほとんど入る余地などない。
 だが、士郎はどうだろうか……。
 考えれば考えるほど、気落ちしそうになってくる。
 宴に沸く中庭の喧騒が少し遠くに聞こえてきた。盃に残った酒を意味もなく揺らす。
「アーチャー?」
 呼ばれて振り向くと、ずいぶん近くに士郎がいた。
「どうした? オモダルに、なんか相談されてたみたいだけど?」
「あ、ああ、たいしたことじゃない。あいつも自分の能力に色々と悩みがあるようだ」
「ふーん」
 盃を呷った士郎の声は、どこか不機嫌に聞こえた。
「士郎?」
「べっつにー」
 欄干にもたれた士郎は、むくれているように見える。
「何を拗ねている」
「す、拗ねてなんかっ――」
 勢い込んだ士郎は、バツ悪そうに、顔を逸らした。
「士郎?」
「拗ねてるよ、悪いか」
 憮然と吐かれた声に笑いがこみ上げる。
「笑うな、バカアーチャー」
「焼きもちか?」
「ち、違う!」
「焼きもちだろう?」
「だから、違うっ!」
 立ち上がった士郎は回廊の方へ向かう。
「士郎?」
「ついてくんな!」
 そういうわけにはいかない。
 何事かと宴会中の磐座の面々がオレたちに目を向けはじめた。
「士郎、待て」
 腕を掴んでこちらを向かせる。
「なんだよ」
 むくれたまま見上げてくる琥珀色の瞳。
 オレが焦がれ続けた瞳は月光にも煌めく。
「美しいな、お前の瞳は」
 目を剥く士郎の顔が見る間に真っ赤になった。
「なっ、なん、バ、バ、カ、お、おまっ」
「わ!」
 短い悲鳴とともに、ばしゃん、という水音。
「面足尊!」
 神使たちが慌てふためいて、池に落ちたオモダルを助け出そうとしている。
 それに気を取られていた隙に、士郎の姿が消えていた。
「し、士郎っ?」
 慌ててあたりを見渡す。神々と神使が苦笑している。
(ああ、士郎のあんな顔を見たからか……)
 失態だった。
 オモダルに頼まれたからといって、これほど大勢の前で、士郎のあんな可愛い顔を見られてしまったとは……。
 だが、前の言葉はオモダルに頼まれたから言ったのではなく、本当に美しいと思ったから、つい口から出てしまったのだ。本当に他意はない。
(どこだ……)
 士郎の気配を探す。
「ん?」
 真下に気配を感じる。広縁の下に士郎は隠れたようだ。
「まったく……」
 すぐに縁の下に下りようと思ったが、オレがそこに入ると、覗き見される可能性がある。士郎を探すふりをして、いったんそこから離れた。
作品名:瑕 16 太古の森 作家名:さやけ