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瑕 16 太古の森

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 そこから瞬間移動はしなかった。カグツチに続いて岩山を歩く。
「なあ、ここって、植物は生えないのか?」
「おそらくな。根がはれない」
「そっか、岩だしな」
 大小様々な大きさの岩がゴロゴロと転がっている。俺の歩いてる地面もよく見ると岩だ。
「ここって、岩だけなんだな」
「イワクラだからな」
「そ、そういうものなのか?」
 呆気に取られながら訊くと、そういうものだ、とカグツチは白い犬歯を見せて笑った。
 イワクラだから岩しかないって、そんな単純なことなのかよ……。
「この岩山がはじめにできたもの、だそうだ」
「え? ここ、が……?」
 スサノオの磐座は、正真正銘、岩からはじまってたのか……。
 だからイワクラ……、安易だってバカにもできないな……。
 そういえば、外から見た熊野の磐座は、ほんとに大きな岩だった。
(あれと、この岩って、なんか雰囲気が似てるっていうか、質感がおんなじだな……)
 側にある岩に触れると、湿っている。
「濡れて……」
 辺りを見回すと、水が岩の所々からしみ出している。
 不思議な光景だった。水が流れてきてるわけじゃなく、岩から出てる。濡れた岩の表面にもう一度手を触れると、すごく冷たい。
「……岩清水……ってこと?」
「そうだ」
 カグツチは自慢げに笑う。
「雨が降ってってことじゃなく、岩から水が?」
 俺の問いにカグツチは頷く。
「この清水が禊の川になる」
「これ、が……?」
 岩山を見渡す。
 木々の生えない岩の山。
 この岩から清水がしみ出て、小川となり、やがて禊の川になる……。
 自然界の縮図のようだと感じた。
 生き物はいないし、海が見えるわけじゃない。
 だけど、山川海の自然がここに一挙に凝縮されている気がする。
「すごいな、神様って……」
 これを創り上げているのがスサノオだ。
 この磐座の世界を一手に引き受けて、尚且つ神使にまで神気を送っている。魔術師がいくつ命をかけてもできそうにない事柄だ……。
「アマテラスもツクヨミも、おんなじように、こういう世界を創り上げてるんだな……」
「これほどの規模は、三貴子だからこそだろう」
「そうなのか?」
「ああ。他の神々は、せいぜい社が限界だからな。三貴子がいかに位の高い神かがわかるだろう?」
「位、ね……。全然、そんなふうには見えないけどな」
「お前にかかれば、ただの人のようだな」
 そう言ってカグツチは笑う。
 こんな笑い方をする奴だっただろうか?
 最初はアーチャーと剣を交えたくて、俺にちょっかいをかけてきた。付き合っていくうちに、根は素直なんだと知った。アーチャーは、中身はガキだと言ってたけど。
 それに、なんだかんだで、俺たちに手を貸してくれる、いい奴だ。
「なあ、カグツチはスサノオの神殿に来ないのか?」
「おれはスサノオとは相容れないと言っただろう?」
「でも、わだかまりがあるって感じじゃないだろ?」
「それでもおれは今のままでいい。近づくことで互いに何かを遠慮するなどできんからな」
「ワガママだな」
「おれたちは人ではない、神だ。自身の意義を立てるために存在しているようなものだからな。相容れない、と決めた者とは、とことん相容れない。まあ、おれは神と括ることはできんがな」
 に、と笑ったカグツチに納得した。
「そっか」
 神様も複雑なんだった。
 俺はそれ以上何も言えなかった、というより、言う気にならなかった。
 この岩山にひとりでいるのは寂しいんじゃないか、なんて思っても、それは俺の主観であって、カグツチが真実寂しいと思ってるわけじゃない。
 時々、神殿に来て俺たちと話したり、アーチャーと剣を交えたりして、それはそれで楽しくやってるのかもしれない。
「こっちだ、衛宮士郎」
 俺の腕を引いて、カグツチは急になった岩の坂道を歩きだした。
 岩肌が滑る。草履では足元が不安定で、カグツチの腕を掴んで登った。
「見てみろ」
 カグツチに促され、登りきった岩山の眼下に広がる光景を見渡す。
「森……」
 一面、見渡す限り、濃い緑の木々で覆われている。
「鎮守の森のようだろう? スサノオの系統は木々をもたらした神でもある。樹木はこの国にとって、なくてはならないものだ。それ故に、この磐座には古くからの森があるのだ」
「すごい……」
 言葉を忘れてしまう。
 針葉樹、広葉樹、落葉樹、様々な木々の葉の色濃い森が醸し出す空気と、その木々の香り、湿気を含んで湧く靄、ここには太古からの森が存在している。
「きれいだな……」
 視覚だけじゃない、五感すべてで感じる美しさと清浄さがある。
 あの時と同じだ……。
 俺が美しいと思った、守りたいと思った、あの感覚と。
「カグツチ、ありがとな……」
 あふれた涙が顎を伝った。
「お前は喜ぶと思った。この森を見て感じれば、衛宮士郎の魂は、さらに透明さを増すだろうと」
「魂って?」
「お前は、たくさんの瑕を負っている。あの神使がいるからこその瑕だとおれは思う。あの神使はお前で魂魄を癒している。だが、お前はあの神使に癒されてはいるが、それでは足りないのだ」
「そんなはずはない。俺はアーチャーに――」
「ああ、満たされている。だが、ときおり磨かねば、鏡も水晶も曇ってしまうものだ」
 カグツチの言わんとしてることが、少しわかった。
 時々、自分のメンテナンスをしろってことだ。
 神使なら仕える神様がその内情を感じて、なんらかの手が打てる。
 だけど、俺には仕える神様がいない。俺は人としてこの磐座にいる。だから、自分でなんとかしなきゃいけない。
「衛宮士郎、自らの魂を映すものはない。自覚がないうちは、日を決めてここを訪れるといい。そのうち自覚できるようにもなるだろう」
「そう、なのか?」
「自身を省みることができるようになればな」
「それは、難しい……」
 俺は、いや、俺たちは、そういうのが一番不得手だ。
 自分自身を大切にできない。
「ならば、日を決めて……、そうだな、新月か、満月か、そういう頃合いがいいかもしれない」
「月が何か関係するのか?」
「目安にはなるだろう。それに、新月も満月も、どちらも森を輝かせる」
「森が、輝く……?」
「神使と来ればいい。荒野を渡るのが億劫なら、おれが連れてきてやるぞ」
「そこは、アーチャーに相談してみるよ」
 きっと交換条件を出すだろうからって、アーチャーは意地でも自力で行きそうだ……。
「カグツチ、森に下りてもいいのか?」
「やめておけ。迷い込むと出られなくなる」
「そっか……」
 ちょっと残念。
 確かに上から見るだけでも深そうな森だ。きっと地面には光が届いていないはず。
「じゃあ、行ってきていいよ」
 俺が呟くと、風が待ってました、とばかりに吹き抜けて森へ向かう。
「あれは、風の神か?」
「うん。ずっとウズウズしてたからさ、森を見てから」
 神聖な森を目の前にして、風の神様はそこを吹き抜けたくなったんだろう。ずっと俺の周りを渦巻いてた。
「離してしまっていいのか? お前の守りでもあるのだろう?」
「そりゃ、そうだけどさ。風の神様って漂流するんだろ? だったら、気まぐれでもいいじゃないか」
作品名:瑕 16 太古の森 作家名:さやけ