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瑕 16 太古の森

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 大トカゲを観察してると、カグツチに放った東風が戻ってきた。同時に大トカゲの背後には無数の剣が現れる。
「ちゃんと伝わったみたいだな」
 俺に気づき、背後から追い立てられれば、こっちにおびき出されてくる。
「衛宮士郎、神使には伝えた。そろそろこちらに来る」
「うん、サンキュ」
 カグツチを見上げると、なんか青ざめてる。
「カグツチ?」
「神使……怒っていたぞ……」
「あ……」
 カグツチのその表情で、アーチャーの憤怒っぷりが想像できる。
「あ、あとで、怒られておきます……」
 俺もちょっと意気消沈してしまった。
(ああ、たぶん、お仕置きが……)
 筑前煮どころじゃなくなっちまった。
 明日、きっと立てないだろうな、と乾いた笑いが漏れる。
「ま、まあ、とにかく、今はあいつを叩くことに専念するぞ!」
 今、そのことは頭の中から消して、自分を奮い立たせ、カグツチに宣言する。カグツチも頷いた。
「カグツチは、どうやって炎を出す?」
 訊くと、一番大きな炎を作るには両手から放出する、ってことだった。
「そっか、んじゃ……」
 両腕を突き出すように伸ばしたカグツチのすぐ前に立ち、両腕の間に入ってその腕を肩に載せ、手首を両手で掴む。
「どのくらいの威力があるかわかんないから、火傷とかしたら、ごめんな」
「え、衛宮士郎、これ、では、お前が、火を……」
 頭の上にあるカグツチを見上げる。心なしか顔が赤いように思うのは気のせいか?
 肌が赤黒いから、よくわからないけど。
「風が防いでくれると思うから俺は大丈夫だ」
「う……、まあ、お前が、そう言うのなら……」
 カグツチは、なんだか居心地悪そうな顔で答えた。
 俺たちがスタンバってるところに、アーチャーの剣に追い立てられ、俺というエサに誘われた不浄の大トカゲが地響きを立てつつ、走ってくる。
「来るぞ、しっかり引き付けてからな。タイミング合わせろよ?」
「わかっている」
 早すぎても逃げられる、遅すぎれば巻き込まれる。
 ギリギリを見極めなきゃいけない。
「三、二、一、」
 足元から旋風が巻き起こる。
「行っけぇー!」
 ゴウッ!
 目の前で炎が壁のように広がり、それを螺旋の風が包んで、巨大な炎の柱が大トカゲの顔全体を飲みこんだ。
「カグツチ、ゆるめんな!」
「おう!」
 さらに火力は増し、風が炎を煽る。俺の前には風の盾がある。まるで壁のように炎も不浄も漏れてくることはない。
(すごいな……、風の神様……)
 最大出力ってやつなんだろうか?
 今までこんな全開でやったことがないから知らなかった。
 もしかすると俺は、とんでもなくすごい神様に守られているのかもしれない。
 ぎぃぃ、ぐぅぅぅぅっ……!
 炎に包まれた大トカゲがのたうち回って叫ぶ。個体を保てず靄となる不浄も聖火に焼かれていく。やがて動かなくなり、カグツチの聖火ですべてが浄化されていった。
「は……、成功、だな」
 ほっと息をついて、カグツチを見上げる。
「お疲れさん」
「う、ああ。うん」
 やけに子供っぽい表情をするカグツチは、なんだか照れているようにも見える。
「どうした? こんなことできると思わなかったか?」
 すごい力だな、と褒めると、ますます目を泳がせる。
「いや……、衛宮士郎、その……」
 肩に載ってたカグツチの腕が曲げられてきた。
「カグツチ?」
「ヒッ!」
 俺を包むような格好の腕。その手が俺に触れる寸前でピタリと止まった。
「何をしている、カグツチ」
 その声を聞いて、カグツチ越しに顔を出す。
「アーチャー、おつか……」
 カグツチの項に莫耶の切っ先ををあてがったアーチャーの姿に、言葉が途切れた。
(黒い……)
 不浄かってほど、黒いオーラを発してる……。
「いや、何も! 何も、していないぞ、神使!」
 両手を上げて、降参ポーズのカグツチが叫ぶ。
「何って、なんか、したっけ?」
 カグツチの焦りようがよくわからなくて疑問を浮かべる。
「士郎、さっさと離れろ」
 地を這うような声。
 正直、恐ろしい。これは、逆らっちゃいけない。
「は、はい、はい、はい」
 ささっとカグツチから離れると、アーチャーは剣を下ろした。
「カグツチ、ちょっと来い」
 珍しくアーチャーがカグツチを呼び寄せる。
(二人でなんの話だ? 次のお遊びの約束?)
 でも、そんな雰囲気じゃない。カグツチの方がガタイは大きいのに、小さくなってる。
(俺を連れて来たって、怒られてんのかな? でも、これは、俺が頼んだことだし……)
 あとで、アーチャーにちゃんと説明しないとな、と思いつつ、風の神様に話す。
「ありがと、助かったよ。大丈夫だったか? 不浄に触れてないか?」
 くるり、と俺の周りを旋回する風の神様は、無事みたいだ。
「森、守れたな」
 風が旋回する。まるで、喜んでるみたいに。
 俺もだけど、風の神様もあの森は気に入っている。失わずにすんでよかった、ほんとに。
「士郎」
 呼ばれて振り向く。
「帰るぞ」
 あれ? 普通だ。
 カグツチはもういない。ちゃんとお礼も言えなかったけど、すぐに会えるか、とアーチャーに続く。
「ケガ、なかったか?」
「ああ。問題ない。オレよりも士郎は?」
「俺もないよ」
 きっとガミガミ怒られると思ってた俺の予想は外れ、すっかり安心しきっていた俺は、やっぱりあとで痛い目をみるのだ……。

 食事はアーチャーが俺の希望通り筑前煮を作ってくれた。疲れてるんじゃないのかと思ったけど、いたって普通。
 食器を片付け、干してあった布団をしまおうと持ち上げると、
「さて」
 とアーチャーに布団ごと抱えられる。
「ん? アーチャー?」
 部屋に連れ込まれ、そのまま下ろされる。
「なに? 布団――」
「どういうつもりだ、貴様」
 目の前に鋭く光る鈍色の瞳がある。
「あー、うー……」
 言葉が浮かばず、というか、いきなりすぎて、頭がついていかない。
「待っていると言ったな、士郎?」
「う、うん」
「迎えに来いと、オレは言ったか?」
「言ってません」
「すぐに戻ると、オレは言ったと思うが、勘違いだったか?」
「いいえ、あってます」
 即答、正答、敬語をフル活用しなきゃ、身の危険だ。
「それが、どう解釈すれば、あそこに出張ってくるようなことになる?」
「俺が、じっとしていられなかったからです」
「貴様、オレが負けるとでも思ったか」
「思ってません」
 じっと、アーチャーは俺を見据える。
「お前が黙って見ていられるとは、オレも思っていなかった」
「え?」
「だが、なぜ、カグツチだ?」
「はい?」
「なぜ、カグツチを選んだ」
 深く刻まれた眉間のシワ、不機嫌に吐かれる言葉。
(あ……、俺、やきもち、焼かれてるんだ……)
 そんなことに気づいて、鼓動が跳ねる。
「え、選んだんじゃなくて、不浄を消すには、清水か聖火だってスサノオが言うから、カグツチの火ならカタがつくと思ったんだ」
 正直に言う。アーチャーを不安にさせないように。
「だからと言って……っ、あああ、くそっ!」
 悔しげに視線を逸らしたアーチャーに腕を伸ばす。
「妬くなよ、うれしくなんだろ!」
「このっ……、オレの気も知らないで」
作品名:瑕 16 太古の森 作家名:さやけ