二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

家路

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 

 夜もとっぷり更けた銀座。帝都の中心であるこの街が眠ることはない。明るく照らされた石畳に、ふたりとひとつの影が落ちる。
「かえで〜、かえで〜」
「ん〜……」
 その仕草はマリアからは見えないが、緩慢にかぶりを振っていやいやをしているのが背中越しにわかる。逃れるようにぐりぐりと頭が押し付けられる。
 おおよそあやめは、朱に染まった熱い頬をつついているか、肩で揃えられた髪を弄んでいるかといった辺りだろう。顔色ひとつ変えずにまっすぐ歩く影もまた、少し酔っているのかもしれない。
「起きちゃいますよ」
「平気よ、起きないわ。それに、もし起きたら自分で歩いてもらいましょう」

「妹がいるって、そんな感じなんですね」
「マリア?」
「私には、妹……いえ、家族もありませんから」
 マリアの悲しい事情は、あやめとてよく知っている。自分には想像もつかない痛みであること、簡単に消えるものではないこと、そして、容易くわかるなどとは言えないこと。しかし、長い付き合いの中で、マリアが傷を舐めてもらうことを求めているわけではないということだけはわかっていた。だから……
「姉妹といっても、一緒に暮らしていたわけではないし、たまに会えた時も、この子はいつも背伸びしていて……私に、妹として扱わせてくれたことはないわ」
 ゆっくりと口を開き、深い呼吸を置いてから話の矛先を逸らしたあやめの横顔を、マリアはじっと見つめる。
「姉として、もっと甘えさせてあげてくれたって、いいじゃない」
 同意を求められているのか、自己完結しているのか。細かいところまではわからなかったが、それはマリアが味わったことのない感情。
「そう、ですね」
 想像も難しいが、きっとそういうことなのだろう。手に取ることはできないが、そういうものなんだと理解することはできた。
「この子と一緒に住めるようになったのも、この子を支えていられるのも、華撃団のおかげなの」
 そう言ってマリアに向けられたあやめの顔は、優しくゆがんでいた。

 ふうっと首筋に熱い息がかかる。刹那、マリアは自分の思慮の足りない気遣いを恥じ入た。背中に寄りかかる熱が、途端に質量を増して、存在を主張し始める。自分が背負うものの重さに気づかされる。
 自分は、意図せずあやめから、本人が嬉々として受け入れていた役目を奪ってしまったのかもしれない。
「あの、あやめさん……」
「だから、大帝国劇場は私の家。私に新しい家族を与えてくれた場所なのよ」
「あ……」
 謝罪を口にしようとしたマリアを止めたのは、予想だにしなかった言葉。

 この人はいつもそうだ。
「ねぇ、マリア。あなたはどうかしら?」
 なんてことない顔をして、そっと導いてくれる。
「私は……」
「うん」
「私にも……たくさんの妹たちが、いたんですね。あなたが私に家族をくれた。姉や妹だけじゃない。父親も、母親も、います」
「母親? 私としては、あなたも妹のつもりなんだけど」
「言葉のあやですよ」
「あなた、日本語に覚え違いがあるんじゃなくて?」
 この子は何を教えていたのかしらと、“日本語の先生”のおでこをつつく。
作品名:家路 作家名:みやこ